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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【BL】いまも続くトラウマ

作者: 企画開発部


 なんだか自分のマンションに帰りたくない。そんな時がある。

 それもこれも、一方的に自分がキレておきながら、謝るのが苦手という性格もあるからかもしれない。

 いろんな家を転々としているアイツの事だから、もう俺のマンションからは出ていっているかもしれない。

 そう思いながらも、その現実を目の当たりにするのが怖くて、酒に逃げてしまった。

 仕事終わりに行きつけのバーで酒を飲んでいたら、日付が変わろうとしていた。

 いい加減に帰ろう。そう思い会計をすませて店の外に出た。最近、少し涼しくなってきたから、火照った体にちょうどいい風が吹いていた。

 ため息を付きながら、自分のマンションの扉の鍵を回す。

 扉を開けると、そこには玄関前にちょこんと体育座りをした金髪の男子がいた。

 俺が帰ってきた事がわかると顔だけをこちらに向けて微笑んだ。

「凪さん、おかえりなさい」

 まだ、マンションに居てくれたという喜びを顔に出すことなくドアの鍵を閉める。

「わ…っと、ずっと座ってたから腰が痛くなっちゃった……ててて」

 もしかして、俺が仕事に行って目覚めてから、ずっと玄関にいたのだろうか。

 壁を使って体を起こそうとした相手を俺は持ち上げた。

「わっ!凪さん?!」

 自分の左手に相手を抱えて歩きだすと、向こうが俺の首に腕を回すようにして寄りかかってきた。

「………飯は?」

 自分でも絞り出した言葉がこれかよ。と、呆れてしまう。

「あ、えと……その、食べるの忘れてました」

 それは昼からなのか、夕飯だけなのか、よくわからない回答をされる。

「冷蔵庫の中身も何もなくて」

 そういえば、冷蔵庫の中身は水しかなくなっていたかもしれない。

「冷凍庫にディッシュ入ってなかったか?」

 ディッシュは、1食分の主菜や副菜とご飯がつまったコレ1つあればご飯に困らない通販商品だ。

「あ……冷凍庫は確認するの忘れちゃってました」

 キッチンまでやってきたから、一度相手をおろした。ディッシュを1つ手に取り電子レンジへ入れるために背を向けると、相手が俺の服の端をつまんできた。

「あの…………ごめんなさい…」

 本当は謝らないといけないのは自分なのに、先に謝られてしまっては、こちらはどういう態度をとったらいいのか分からなくなってしまった。

ウィーンという電子音だけが沈黙の中に響いていた。

「俺の方こそ、感情的になってすまない」

 自分のほうが大人なくせに、その言葉を絞り出すのに時間がかかってしまった。

「ぼく…じゃなくて、私が」

「ずっと言いたかった事がある」

 俺は、話し始めたむこうの言葉をさえぎった。別れ話をされるんじゃないかと、相手は少し怯えた表情を見せる。

「俺にもお前にも触れられたくない過去があることだろう。…けど、俺の前であまり無理はしないでいい。さっきの一人称に対してもそうだ。ずっと無理をしてるんじゃないかと感じていたんだ」

 相手が、めずらしく床を見つめながらボソボソと話し始める。

「無理……は、してないです。ただ、僕を飼っていた人達が皆、『私』って言ったほうが女を抱いているような気分になるからって、いつも私を使っていて、な……凪さんもそのほうが喜ぶのかなって……思って」

 俺は、相手の頭を軽くポンっと撫でた。相手は、ビクッと驚いてから肩をすくめた。

「俺は、お前が僕でも俺でもなんでもいいし、女の代わりをさせるつもりもない。髪の毛も短い方が好きなら、そうするといい」

 俺の言葉を聞いて相手が顔を上げると、不安気に俺を見つめ返してきた。

「でも…………」

「そんな事くらいで嫌いにはならない」

 そう話しているうちに電子レンジが鳴り、1食分の夕飯が出来上がったことを知らせる。

「夕飯が出来たから席につけ」

「………はい」

 マンションのテーブルのいつも使っている場所に腰掛けたのを確認すると、自分もディッシュを取り出し、箸と共に席に着く。

 冷凍食品の蓋をあけると、美味しそうな匂いが辺りを包んだ。

 デミハンバーグとブロッコリーとじゃがいもとコーンが1つのプレートになっている。

 俺は、まずブロッコリーを箸で掴むと、相手の口元にそれを運んだ。

 相手もそれを無言で受け入れ、機械的に口をもぐもぐと動かしている。

「ただでさえ細いんだから、あまり無理はするな」

「凪さんは、夕飯は…?」

「俺は、外で少し食べてから帰ってきた」

「そうですか…」

 一緒に夕飯が食べたかったのか、不貞腐れたような顔をされる。

 俺は、元気のない雛鳥にエサを与えていくような感覚で、ハンバーグを一口サイズに切るとそれを相手の口元に運んでいく。

「…………。」

「明日は、二人で食べような」

「ぼ…僕はココにまだいても、いいんですか?」

 これが、最後の晩餐だとでも思っていたのか

、ビックリしたような顔をされる。

「いいよ。出てけとか言ってないだろ。俺は寝付きが悪いから、一緒に寝てくれたほうが助かるよ」

 その言葉に、相手が涙を流した。

「ありがとうございます」

「何故、泣く?」

「凪さんのことが、好きで…離れたくなかったから」

 相手が、俺を喜ばせるために言ったのだろうが、つくづく俺は人の言う言葉を信じることができない。俺は箸を動かす手が止まってしまった。

「…………。」

「…………?」

 また、イライラとしてきてしまった。相手を一方的に責めたことを反省して帰ってきたはずなのに…

「はぁ………それは、他の人よりも俺がお前を雑に扱わないから、か?」

 お前の中にある俺は、他人と比べた時に『人間』として扱ってくれるから「好き」なんであって、本当に俺自身を好きなんだろうか??

「え……?どうしたんですか?」

「俺は、見え透いた嘘が嫌いなんだ」

「………嘘なんかじゃない…です」

 また、相手の顔が青ざめてきてしまっている。

「だったら、簡単に好きって言うな」

「えっと…」

「本心じゃない言葉が一番クるんだよ」

 たぶん相手には、俺がいま何を言っているのか理解することはできないだろう。

 社交辞令とか、女が使う『カワイイ』とか、SNSの『イイネ』とか……そこに意味なんてない。のに…建前とか心にも無い発言で会話の隙間を埋めるためだけの言葉には飽き飽きなんだ。

「お前は、相手の顔をうかがいすぎだ。好きだって言ったら相手が喜ぶから。とか、ここで笑顔を作らなくちゃとか、相手に甘えたら捨てられないだろうとか……全部、お前の本心ではないなら、俺はいらない」

「そんなことないです!!本心でないわけない!」

 テーブルを叩きなから立ち上がると、相手がこちらまでやってきた。

「どうしたら……僕の想いを凪さんに伝えられるんですか??」

「そんなんは、こっちが聞きてぇよ」

 俺も立ち上がって、相手の前に立った。

「ずっと、心を閉ざしたままのお前に、俺は何ができる?お前は、俺がお前を抱かないって思っているのかもしれないが、俺に心を開いてない奴の体を無理矢理こじ開けようとは思わないだけだ」

「僕のせい…だったんですか?」

 身体のあちこちに傷や痕が残ってるお前を抱きしめたら、それはお前が嫌いな奴等と何も変わらないじゃないか。

 俺は、相手の顔の輪郭をなぞった。

「お前がちゃんと自分をさらけ出せるようになったら、その時はお前を抱く」

「え?」

「自分を壊される事に慣れたお前は抱きたくない」

 相手が静かに俺に抱きついてきた。

「……凪さんは優しすぎます」

 俺も細い相手の腰を抱き返した。

「僕が一生、本性ださなかったら、どうするんですか…」

「俺が、お前を体目的じゃないって証明にはなるだろ。それでも、一生傍にいろ」

「はい」

 俺は、相手の頭を撫でた。

「いい子だな」

「僕は、いい子なんかじゃないです……いい子になれたら、僕の本当の名前を呼んでくれますか?」

「うん」

 どうやら、相手はずっと俺が相手の名前を呼ばないことを気にしていたようだ。

 名前を呼んでしまったら、二人で生活しているような気持ちになってしまう気がして、あえて呼ばないようにしていたんだ。

 それは、もし相手がこの家を出ていくってなった時に自分が辛くならないための予防線だったんだが、どうやら俺も目の前の青年と本気で向き合わなくてはならないらしい。

 人として生きていると、それぞれに色んなトラウマができる。

「凪さん、ごめんなさい」

「ん?」

「『好き』って言葉が、そんなに凪さんを不安にさせる言葉だとは思っていなくて」

 俺の体から一歩下がった相手が、俺の顔を真っ直ぐ見つめてきた。

「それでも…僕は、凪さんが好きです。僕も凪さんから好きって言ってもらえるように頑張ります。だから、これからも傍に置いてください。こ、これは嘘じゃないですっ」

「嘘じゃないって言うなら、それが続く努力をかかさないことだな」

 俺は、キッチンからスプーンを持ってきた。

「やっぱり俺もコーン食っていいか?」

 そう言いながら、スプーンを相手に差し出した。

「はい!」

 もう一度、テーブルに座りなおして、俺は箸を掴んだ。残りのハンバーグを箸で相手の口に運ぶのと同時に、向こうがスプーンで俺にコーンを運んでくれる。

「ふふふ♪」

 ご機嫌を取り戻した相手が、今日も可愛いかった。

 恋愛は、もういらないとか思っているくせに、相手の笑顔を見ていると少しだけ幸せな気分になれるような気がするのは、恋愛の末期症状だな。と、苦笑してしまう。


どーでもいいけど、俺はお前の左手の親指の血豆が気になってたまらねーよ。お前の周りの奴等が何も気にかけないのも許せねぇ…(怒

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