プロローグ:覚醒
「はあ……はあっ……」
「みかちゃんっ……はっ……ちょっとっ…どこに……」
「わかんないっ…とにかく隠れないと……」
手を繋いで駆ける少女が二人。しかしその状況は考えうる中でも最悪のものだろう。
「おい、あのガキどもどこ行った!」
「わかりませんが……遠くはねえはずです!」
「チッ…」
普段は人の声などほとんどない路地裏が今日は騒がしい。
見るからにならず物……少なくともロクな人間には見えない風貌の男達が二人の少女を全力で追っているからである。
「みかちゃんっ…どうしよう、どうするの!?」
男たちに聞こえないように声を落としながらも、その声は焦りと恐怖で震えている。いや、もしかしたらただ長距離を走ったからかもしれない。
「どうってっ……逃げるしか……」
そう言いながらあたりを見回す。あるものと言ったら何かのパイプにエアコンの室外機、それにゴミが溢れているゴミ箱。
路地裏を出ることも不可能ではないが……そんなことをしたらすぐに見つかる。これは論外だ。
(考えろ……どうする?どうすれば逃げれる?瑠美を逃がせる…!?)
しかし考えている時間などないだろう。追手は10人以上はいるのだ。すぐに捕まってしまう。もう逃げるだけの体力が残っているとも思えない。
(パイプ……ゴミ箱………ゴミ箱、か…)
ゴミ箱。やはりこれしかないだろう。幸いなことにこの路地裏にはゴミ箱など山ほどある。
「瑠美、いい?そこのゴミ箱に入って、臭いかもしれないけど我慢して。絶対出てこないで、わかった?」
「えっ、あっ……うん、でもみかちゃんは?」
「同じ場所には入れないから、ちょっと離れたところに行く。心配でも出てきちゃダメだからね!」
それだけ言うと瑠美をゴミ箱に押し込むようにして、ゴミを上から重ねて見えないように、蓋も閉める。
やはり臭いのか、かなり苦しそうだが、我慢してもらうしかない。
「さて……」
瑠美は大丈夫だろう。ここまで手を繋いで一緒に走っていたのだ。私の姿が見えたらあいつらも私と瑠美は一緒にいると勘違いするはず……
私は一人で逃げる。もちろん走って逃げ切れるわけもない。きっと捕まるだろう。その後のことは……考えたくない。
「いたか!?」
「いえ、いません!どっかに隠れたんじゃないっすか!?」
……あいつらも近づいてきている。きっと私は無事じゃ済まない。でも、だからと言って……
「このまま瑠美まで、捕まる訳には……」
怖い。声が、足音が、表通りの車の音が。
最近この辺りで私と同じ年齢の少女が何人も悲惨な姿で見つかっているらしい。私も……その中の一人になるのだろうか。
瑠美も……
「ッ……」
それだけはダメだ。絶対にダメだ。約束したじゃないか。
足が重い。どれだけ走ってきたのだろう。分からないけど……もう走れそうにない。今の状況で見つかったら……
「いました!こっちっす!!」
……最悪だ。もう逃げるだけの体力もない。
なんとか立ち上がって逃げようとする。しかし、追いつかれるのには十秒もかからなかった。
「うがっ……」
後ろから殴られる。頭が痛い。吹き飛ばされてそのまま地面にうつ伏せに倒れ込む。
「手間かけさせやがって……」
……多分私を殴ったやつが小悪党みたいなセリフを吐いて、そのまま背中を足で踏まれる。痛い。いたい。
「あっ……兄貴、やっと捕えました」
「……もう1人はどうした」
何か話している。けど、顔は見えない。瑠美は……
「おい、お前」
髪を引っ張り挙げられて、「兄貴」と言われていたやつの顔が見える。
ヤクザみたいな顔、腕には刺青。こういうのが好きって言ってる人がいたっけ。どうかしてる。
「おい、聞いてんのか?」
……私に御用のようだ。どうせ瑠美のことだろう。
「…………何?」
「てめぇ、態度わりいぞ!」
ガンッ、と思いっきり蹴られる。痛い。
体も少し吹き飛んで、壁に激突する。
「態度気をつけろ?死にたくなきゃ……わかるよな?」
死にたくなければ……さっきから思ってたがこんな状況なのに私の頭はいやに冷静だ。
死ぬのは……嫌だけど瑠美が巻き込まれるよりだったら自分だけが犠牲になる方がいい。
「……答えろ、もう1人はどうした」
ぶっきらぼうに訊いてくる。死んでも答える気は無いから無駄なのに。それにどうせ捕まった時点で死ぬのは決まってるようなものだ。どうせ私の体で好き勝手して満足したら殺すんだろう。そんなことに瑠美を巻き込む訳には行かない。
「……知るか馬鹿どもが」
一瞬辺りが沈黙に包まれる。しかしすぐに私に訊いてきた「兄貴」が私めがけて腕を振り下ろす。
「わかってねえようだな……!」
「ゴフッ……ゲホッ……」
本気で殴られ、蹴られ、口の中には血が溜まり、身体中アザだらけになるだろう。
はぁ……まだ目覚めてないから……こうなるんだ。
辺りには殴打音と車の音が響くのみ。助けなどあるはずもない。
その後も蹴られ続け、どれほどの時間が経ったのだろう。ふと「兄貴」が全員に止めるように指示を出した。
そして「兄貴」が私の眼前に来る。
「お前……言う気無さそうだし今日はお前でいいや」
その言葉の後、すぐに私の服は破かれた。
もっと抵抗とかすればいいんだろうが、そんな事は無意味。この人数相手に、丸腰で勝てるわけない。
【権能】でもあれば違うんだろうけど私は何故か目覚めない。
………そういえば前、占い師が
『危機が迫りし時、汝権能を手にせし。』
そんなことを言っていた。
今はめちゃくちゃ危機だと思うんだけど。やっぱ当てにならない。
くだらないことを思い出していると男たちが全員下卑た笑みを浮かべながら私を見ていることに気づいた。
……最近の少女の死体はこいつらのせいなんだろうな。今更だけど。自分勝手に振舞って、大した力もない弱者をいたぶって楽しむクソ野郎……
「ムカつく」
「兄貴」は私の下着を外そうとしている。他の奴らも見物に……カメラで撮影。悪趣味。
こいつらは死ぬべきだ。それもとびきり苦しんで。
なんだっけ?名前忘れたけど少しずつ刃物で身体中の肉を削ぎ落とすやつとか。
『死』
「裁き……処刑…………そっか……そうか、」
「……さっきからお前ブツブツ気持ちわr」
──────パーン
……何の音?それにこの生暖かい液体……赤?
「ああ……そうだ、あの占い師は……ホントのこと……」
地面とキスした男が一人。頭に穴が空いている。
赤い水たまりが私の座っているところまで来て白い下着が赤く染っていく。
私の手には……
「銃……」
これが私の……………………
「お前ら!こいつを殺せ!!!」
男たちの一人が冷静になったのか、逆に激情に支配されているのか、何かを叫ぶ。
「無駄……」
………………もう怖くない。黙って殴られる必要も無い。
不思議な安堵と全能感に支配される。
アイツらがどんな権能を持ってようが関係ない。
「全員処刑…………全員、例外なく」