思い出語りは時々するとお互いの好きを再認識できるよね
対象に含まれていなかったので二次創作にチェック入れてませんがこれは神話の二次創作みたいなものです。ご了承ください
初めて会ったあの日から幾年が経過しただろう。久しぶりの再会に心躍らせ帰郷したら、会ったその日にいきなり旦那様扱いされ、そのまま爆速で入籍してしまった。未だに彼女が言う"器"とは何か分からないが、彼女から溢れる呪いの受け皿としての自分が存在するというのは間違いないらしい。
…なんて内容を日記に記入しているこの男、誠人は今日が結婚初日の新婚さん。そしてその妻は蛭子命。身体が不完全だったために棄てられ、いつしか怨みの積り先となり呪いの神になった、齢数千とも知らぬ乙女だ。今では怨みの力か神通力かはたまた成長か、未だ未完全で指が四本だったり身体の色素が薄かったりするものの生活に不便が無い程度の身体があり、しかも結構美人である。
「ねぇ旦那様」
「誠人で良いよ、ヒルコさん」
「ねぇ誠人くん、私達が初めて会ったときの事覚えてる?」
それはもう十数年前のことになる。当時子供だった誠人はとても活発で怖いもの知らずだった。山の中、植物が鬱蒼と茂る場所を奥へと進む誠人は小さな祠を発見した、それが蛭子命の祠だった。
なんだろう、コレ… そう思っていたら眼の前に、白い肌に白い髪の、まるで雪のようにキレイな女の子が現れた。今思えば子供の背丈に合わせた姿で顕現してくれていたのは、優しさ以外の何物でもない。
その子の魂は真っ暗で、見ているだけで吸い込まれそうだった。そうまさに底なしの器…私に注がれ積もり続ける呪いを飲み込み続けるに足る、無限の穴のような魂。忘れ去られ草木に覆われた祠で怨み辛みに永遠に身を焼かれる私に訪れた希望、まるで太陽のような存在。
「えっと…はじめまして。僕は誠人、君は?」
「私はヒルコ、よろしくね」
以降、二人はよく遊ぶようになった。誠人には山中の奥の方で遊んでくれる友達は彼女しかいなかったし、蛭子命には自分の祠まで来てくれる人間は彼しかいなかった。お互いに無二の友達だった。
蛭子命は誠人の無限に深い魂に心惹かれていた、誠人もまた蛭子命の不思議な雰囲気に心惹かれていた。
「誠人くんは大きくなっても変わらず会いに来てくれたよね」
「突然姿を消したりしたらヒルコさんが可哀想だし…(あと普通に好きだったし)」
地元の中学校に入学した誠人は、環境が変わってもなお蛭子命のもとに通い続けた。毎週日曜日、それは二人だけの時間だった。
あの時にはだいぶ大人しくなっていて、駆け回る事は少なくなっていた。確か、一緒に読書とかしてたような。でも山の中に入って険しい場所を進むんだからと思って身体は鍛えていた。ハッキリとは覚えてないけどツチノコ探しをしたこともあったかな。
来る機会は減ったけど来てくれるだけで嬉しかった。だからかな、彼の言葉にはどんな言葉でも従っていた記憶がある。あまり酷い事や激しい事を言われたりしたことはなかったけれど。あの頃にはもう、器としての魅力以上に、彼そのものに惹かれていたなぁ。
「僕が中3の時だっけ、ヒルコさんが自分の素性を明かしたのは」
「うん。誠人くんが進学して遠い所に行くって言ったときだよ」
そうだ、その時に知ったんだ、彼女が神である事を。正直、何となく察してはいた。彼女は普通の人間じゃないと思っていた。ただ、思っていたよりもずっと痛々しい話だった。
長いこと会えなくなるならと思って、吐き出せる限り吐き出した。後悔はしたくなかったから、会えなくなる前に言いたいこと…というより言えること全て言おうと思って。
「久々に会ったら、こーんなイケメンになっちゃってさ♪」
「だからっていきなり旦那様認定するかな?」
「前々から好きだったし、イケメンじゃなくても関係なかったけどね」
「いや、そういう事じゃ…はぁ、神々のそういう感覚はよく分からないなぁ」
進学してからも会おうとは思っていたけれど、なかなか目処が立たなかった。そして結局、今に至るまで会えていなかった
彼の意思は届いていた、だから私も諦めずに待ち続けた。こうしてまた会えて本当に良かった。
「不謹慎な話だけど、今回ばかりは両親がもう居ない事を嬉しく思うよ。どこの誰とも知らん女の子を急に連れてきて結婚するなんて言ってたら突然保護者ヅラしてやいのやいの言いそうだし」
「そういう事を真顔で語れるの、誠人くん狂ってる感じがする。そこも好きなポイントだけど…(じゃなかったら私は化け物扱いされてたかな)」
「本っ当に大嫌いだったから」
誠人には幾つか憂い事があった。住まいの事、資金の事、祠の事など…どれもパッと決着をつけられるような事ではないのだが、日記を書きながらずっとそんな事を考えていた。今の住まいは狭いアパートのワンルーム、二人で今後過ごしていくには明らかにスペース不足だ。だが貯金に余裕があるわけではない、すぐに二人で暮らす為の程よく広い家を…というのは無理がある。それに、あの山奥の祠。あれは放置で大丈夫なのか?そんな事を考えているうちに誠人は眠りに誘われる。それもその筈彼は帰郷して山に入ってその後日帰りで戻ってきて籍を入れたのだ、疲れが溜まるのも当たり前だろう。一方で、蛭子命は全く落ち着けなかった、眠気なんか一切なし。まだまだ語り足りない気分だった。
「ふぁぁ…今日はもう寝ちゃおうかな。考え事は明日に持ち越しで…」
「ええっ、寝るの?」
「疲れちゃってて」
嫌な気を起こさせないように精一杯の笑みを見せて、明日に備えて布団に潜り込んだ。数秒後、彼女が布団に入ってくる、目を爛々と輝かせていて眠そうには見えない、全く。
「私達は夫婦なんだから、これくらい良いよね?」
「良いに決まってる。それじゃあ、おやすみ」
彼女がぎゅっと強く身体を抱いてくる。未完全で、細くて、ちょっと力を入れてぎゅっとしたら壊れそうな腕で。見た目にそぐわず強く激しい呪いを吐き出し続けるその身体で。
誠人は改めて認識した。自分は蛭子命が好きである事、二人は契りを取り交わした夫婦である事を。蛭子命が妻であると改めてしっかりと感じ、興奮し、歓喜し、その一方で現実を疑いそうにもなった。
夢を見た、長い長い旅の夢。私は失敗作と言われ、船に載せられ、広い海を漂っていた。私の身体に心臓が出来た、それから血管が。臓器と骨が出来て、腕が出来て、脚が出来た。皮だけのふにゃふにゃな腕と脚がゆっくり、血と肉と骨で満たされていった。起き上がったら、遠くに船が見えた。物凄く豪華な船。私はそこに行ってみたくて、手で漕いで漕いでその船に向かう、やっと船が眼前に迫ったとき何処かから嘲るような笑い声が聞こえた。落ちた。何があったか分からないけれど、船から落ちた。私は海の底を見つめる、暗くて黒くて、何もない筈なのにぎゅうぎゅうに満ちた闇を見つめる。その奥に何かを感じた。それが何かわからないけれど呼ばれてる気がして、私はその先へ泳いで行った。目が覚めたら、私は彼の胸に抱かれていた。
夢を見た、最低で最高で懐かしい夢。両親がいた。中途半端で、醜く爛れた日々を無為に繰り返す、最低最悪の両親。あの頃僕は愛されて居なかった、奴らは僕を煩わしく見ていた。気づけば両親は獣になっていた、そして毛むくじゃらの身体で、互いの肉を喰らい合っていた。醜い、汚らわしい、嫌いだ、大嫌いだ。僕は散歩している、別に何があるわけでもない寂しい道を歩いている。ふと、視界の端に白くてふわふわした、小さな球体が見えた。それは鳴く、にゃあと鳴く。そうだ、その時に開いたんだ。淀み、妖怪、死霊、神霊の類いとつながる門を。森の中、小さな祠を見下ろす。そこには有る筈の真っ白い黒が見当たらない。どこだろうと周りを見回し、ふと手のひらを見ると、真っ白い黒は手のひらの上に有った。目が覚めると、僕は彼女を抱きしめていた。