黒い影 中編
雨はかなり強くなっていた。
授業の終わりを告げるベルが鳴り、僕の居る教室へ目黒君がやってきた。
「どうするの?凄い雨になってきたよ!!」
「ナナイちゃんどうしうよっか・・・」
二人の心配をよそに、僕は外の様子を見ていた。
「どうしたの?ナナイ君・・・
何か見えるの?」
僕は二人の声が耳に入らなかった。
なぜなら外は異様な光景が繰り広げられていたからだ。
しかも動きもいつもと違う。
何かよそよそしいといったらいいのだろうか?
「何か起こらなければいいけど・・・」
ただ黙って外を見ている僕に業を煮やしたのか、
長内君が僕の肩を叩いた。
「どうしたのナナイちゃん?
なんか変だよ?」
僕は肩を叩かれて我に返った。
「ああ・・・ごめん・・・
とりあえず彼を迎えに行こうか。」
僕は振り向きながら二人に言った。
「そうだね。とりあえず彼と初顔合わせをやっちゃおう。
その後のことはそれからでもいいしね。」
僕たちは駅に向かうためロビーから表に出た。
「すげー雨っ!!!」
「これじゃ傘なんて意味ないね!!」
まさにバケツの底が抜けたかのような土砂降りだった。
僕たちは商店街の軒伝いに駅へと向かった。
この土砂降りの中、浮遊霊はまるで意に介さないかのように普通にいる。
しかもその数はいつもの比ではない。
あっという間に膨大な数を引き連れることになった。
しかもいつもは見かけない類のモノも居て、時々ビクっとしてしまう。
水害でなくなられた方なのだろうか・・・
僕がビクっとするたびに二人が声を上げる。
「どこっ!こっち?どこどこ!?」
「見えねー!!」
いつもより僕の反応が多いため、怖がっているかと思えばその逆で、意外と楽しんでいる。
ふと駅の方を見るとハレた空間がこちらに近づいて来ている。
「あ!彼がこっちに向かって来てる!!」
僕がそう言うと、
「ええっ!?ほんと!?」
「何で分かるの!?」
程なく彼が僕たちのところへ到着した。
僕の周りについていた『気』の弱い霊は彼の『気』だけで消滅する。
4人は駅に続くアーケードの中に避難した。
「助かったよ氷室君。」
「今日はまた一段と凄いね!」
「なんでこんな天気の時って沢山湧くんだろうね・・・」
僕と氷室君の会話に入り込むように、
「誰か忘れてな~い?
ねえねえナナイちゃん!
俺達にも紹介してよ~!!!」
僕の袖を引っ張り、紹介の催促をしてきた。
「あ、ごめん!
忘れてたわけじゃないよ。
氷室君、紹介するね。」
僕は慌てて二人を引き合わせた。
「こちらがポラロイドを撮った長内君で、こちらが長内君の友達で目黒君。
二人にはいつもお世話になってるんだ。
で、この方が氷室君。
色々とお世話になってる人だよ。」
そういうと
「ナナイちゃんってみんなにお世話になってるんだね♪」
「そこでそー言わない!!」
速攻で目黒君に突っ込まれる長内君。
「ふふっ♪
聞いていたよりももっと良い人たちだね♪
僕は氷室聖、僕の方こそナナイ君にはお世話になってます♪」
そう言いながら二人に右手を差し出した。
「俺は長内正。予備校ではナナイちゃんの隣の席に座ってます♪
ナナイちゃんには助けてもらいました。」
「俺は目黒幸一。僕もナナイ君には助けられました。
同じ予備校です。
ってみんな同じ予備校か!」
それぞれ握手を交わすと、親交を暖めた。
「さて、どうしよっか?」
こう切り出したのは氷室君だ。
「僕は氷室君に任せるよ。」
そう言うと、アーケードから身を乗り出して空を見つめていた長内君が振り返り、
「この雨じゃね~ど~する?ナナイちゃん?」
目黒君は少し考え気味に、
「さっきナナイ君を見てて気付いたんだけどさ、
この雨のせいか、今日という『日』のせいかは分からないけれど、
いつもより沢山出てるんでしょ?
もしそうだとしたら今日はヤバくないですか?
まあ、一網打尽に出来るかもしれないけど・・・」
それを聞いて氷室君が、
「目黒君鋭いね!
下手するとヤバいけど、こんなチャンスはなかなかないんだ。
長内君が無理じゃなかったらお願いしてもいいかな?
遠いの?」
「ううん。家から車で1時間というところかな?
途中から山道みたいになるから、この雨だともうちょっと掛かるかもだけど。」
「そっか、無理はしないでね。
もし途中で無理だと思ったら、引き返そう。」
そういうと氷室君は
「じゃあみんなが無理じゃなかったら行ってみようか?
二人は全力で守るよ。」
この言葉で4人全員で行く事が決定した。
長内君の家までは電車で2駅のところにあった。
雨は先程よりかは幾分弱まったが、それでも大雨には違いない。
時計を見ると4時半だった。
長内君の家に到着すると、全員いそいそと車に乗り込んだ。
早くしないと到着した頃には遅くなってしまう。
一路あの現場へと向かった。
車の中では二人に氷室君が質問攻めにあっていた。
僕はドキドキしながらその会話を聞いていたが、氷室君はいつものように巧みな話術で二人をなんなく捌いていた。
国道から県道に入り、どんどん山へと向かっている。
ほどなく山道に差し掛かり、辺りがうっそうとしてきた。
いつもならまだ空は明るいのだが、この雨雲でかなり暗くなっている。
雨は次第に小降りになってきた。
やがて道は対面通行の細い道になり、一つ目のトンネルに差し掛かる。
すると突然氷室君が『気』を放った。
思わず僕が
「どうしたの?」
と聞くと、
「うん。どうやら感ずかれたらしい。」
と彼は僕に心の中に話しかけてきた。
「大丈夫?」
「うん。今はまだね。」
そういえば僕と氷室君は場所がどんなところかも、どの辺りかもまったく知らなかった。
僕は長内君に
「あとどれぐらい?」
と聞くと、
「も~ちょっとだよナナイちゃん!でもこの辺りから雰囲気、も~抜群でしょ!」
「確かに・・・ここは来るたびにそう思うよ。」
目黒君も何度か足を運んでいるらしい。
目黒君の話では、
現場は某県某郡のダム近くの山間部のトンネルだという。
そのトンネル内は途中までは明かりがついているが、途中から明かりがなく、入り口近くになると再び明かりがある。
昼間でもちょっと気味が悪い場所らしい。
実はこの山道は、以前はメインの道路だったのだが道幅が狭く、後年に広い道が直ぐ近くに開通した為に、今では通行量そのものが極端に少ないそうだ。
その為に道には木から落ちた枝や、崩れた土砂が散乱しているという有様で、
いわゆる忘れ去られてしまった道なのだそうだ。
いつの頃からかこのトンネルに出る・・・
という噂が広まり、年を追うごとに心霊現象を見たい人たちが訪れるようになった。
その為か、車やバイクで通行途中に道に落ちている大きな枝や土砂で横転したり転落してしまう事故が相次いだ。
更には何度か死者の出る不幸な大事故も起こっている。
これらが噂を呼び、さらにこの地を訪れる人が増え、同じことの繰り返しを起こしているそうだ。
こんなことになっても通行止めにならないのは、数軒ほどの民家がこの山道沿いにあるためなのだそうだ。
程なくあと1つトンネルを抜けると、次が現場のトンネル・・・というところまで来た。
「うわあ・・・負の『気』でいっぱいだあ・・・」
僕の率直な印象である。
すると氷室君が、
「このトンネルを出たら、一旦止めてくれる?」
そういうと持っていた腰のポーチをゴソゴソ漁っている。
するとなにやら御札のような物が出てきた。
それと細身のガムテープだった。
「これを車の前と後ろの4隅に貼るんだ。」
目黒君が
「お・・御札を!?
なんか・・・まぢでヤバい感じがしてきた・・・」
トンネルを抜けると長内君が車を端に寄せて止めた。
雨は小雨になっていた。
雨の音が車に当たって音を立てる。
雨音とエンジン音しかなく、辺りは薄暗い闇に支配されようとしていた。
この場所から数百メートルほど先に、件のトンネルの入り口が見える。
僕は卒倒しそうだった。
あからさまな悪意と手招きをしているような引っ張られる感じがひしひしと伝わってくる。
この間のポラロイド写真とは比較にならない。
氷室君は僕に車の外に出て御札が剥がれないようにしっかり止めて欲しいと手渡した。
ただし書いてある文字を隠さないようにと注意された。
さらに彼はポーチを漁り、2枚の別の御札を取り出した。
「これは長内君と目黒君にしっかり持っていて欲しいんだ。
長内君はハンドルを握ってるから、胸ポケットにしまっておいて。」
僕が4隅に貼り終えて戻って来ると、
「じゃ、ゆっくり行こうか♪」
氷室君が雰囲気に飲み込まれないようにとの思いからか、いつもの調子で明るく言った。
僕たちを乗せた車はゆっくりとトンネルを目指した。
僕は先程御札を貼りに行った時点で、おかしなことに気が付いていた。
それは・・・
まったくと言って良いほど、周囲に何も居ないのだ。
負の『気』が充満しているとはいえ、
いくら彼の『気』が放出されているといっても、何も居ないというのはおかしい。
まだ彼はいつもの『気』を放出しているに過ぎないのだ。
そのため僕はこの御札の威力かと考えることにした。
すると
「君も気付いたかい?」
氷室君の心の会話だった。
「この御札凄いですね!」
と僕が返事を返すと
「違うよ。」
「え?」
「この辺りのは、1匹残らずヤツに喰われた。
僕らの『気』を感じた辺りから急にヤツの『気』が大きくなってきたと思ったら、
自分の周囲にいるのを喰ってたんだ。」
「ええっ!?
そんなこと出来るの!?」
「うん。霊格が上がってくると、そうしないと自分が維持出来なくなってくる。
鬼って知ってる?
ヤツは鬼になろうとしてる。
何が何でも浄化しないとヤバい。」
「ええっ!?君がそういうほど・・・かなりヤバい状況なの!?」
「二人には言えないけれど、僕一人だったら無理だったかも・・・」
「ええっっ!!僕には何にも出来ないよ!!!」
「大丈夫!僕が浄化している間、君の『気』を借りるよ。
その間僕をしっかり支えていてくれれば良いんだ。」
「僕の『気』を借りる!?」
「うん。前にも言ったでしょ?
君のその『気』のキャパは僕の一族にもそうは居ないって♪
僕が君の『気』を操るから、君は『気』を出すことだけに集中してて!」
「良く分からないけれど・・・僕で役に立つなら・・・
今度教えてね!」
「うん♪」
一通り心の会話が終わると、氷室君は
「そのトンネルの手前で車を止めてくれる?
僕とナナイ君でトンネルの中に入ってくる。
二人は何があっても、どんな音がしても車から絶対に外に出ないでね。
もし、僕らが帰ってきて開けてくれと言っても、
合言葉をきちんと言えなければ絶対にドアを開けないこと。」
「合言葉!?」
「うん。合言葉さ。」
「どんな合言葉?」
「まず僕が
『※※※※※に※す』
というから、そしたら
『※※※※、※※※※※※』
って言って。
そしたら僕が
『※※※※※※に※わす』
って言うから、
『※※※※※※れ』
って言ってね♪」
「もう一回もう一回!!」
「ちょっと待って、ペンない?ペン?」
二人は氷室君が言う事を慌ててメモしていた。
「これって?」
と聞く二人に、
「これはね、
もし僕本人だったら大丈夫、何も起こらない。
でも、もし僕らに化けてやってきたとしたら、
この合言葉は絶対に言う事は出来ない。
なぜならこの合言葉には、浄化の効果があるんだ。
たいして強くはないけれど、霊が自らこの言葉を発することは出来ないから、
ニセモノだって直ぐに分かる。
だからもし、この合言葉を言わずに、
『そんな場合じゃない』とか『急いでるんだ!』
なんて言っても、言えない限り絶対にドアを開けてはダメ。」
「も・・・もし開けちゃったら・・・?」
二人は目に見えて怯えている・・・
「二人は取り憑かれちゃう♪」
「ぎゃーーーーーー!!」
「ぜったいに嫌だ~~~!!!!」
「そそ!
トンネル手前についたら、その場でUターンして、エンジンを掛けて待ってて。
そしてドアはきちんとロックしててね!」
そう言い終わる前にトンネルの前に着いた。
僕と氷室君が車から降りると、
「渡した御札はきちんと持っててね。
そして合言葉を忘れないこと!
じゃ行ってくるね♪」
僕たちの前に負の『気』が充満したトンネルの入り口が待っている。
このあと、短くも長い長い戦いが幕を開ける・・・




