黒い影 前編
7Fのエレベーターロビーで彼は降りた。
「じゃあ詳しいことが決まったら僕に連絡してね♪」
そう言ってまた片手でかっこよく挨拶して彼は自分の教室に戻った。
僕もいったん自分の教室に戻ることにした。
時計を見ながら時間調整をしながら軽く食事を採り、教室に戻るとお昼休みに入って少し経った後だった。
長内君の席に目黒君も来ていた。
「お帰り~ど~だった~ナナイちゃん!?」
どうやら機嫌は戻っているようだ。
僕は席に着きながら
「うん。女子寮のお清めのときには来てくれるって。」
そう言うとテキストを出した。
「おお!さっすがナナイちゃん!!」
「これで氷室って言う人とも会えるんですね。
楽しくなりそうだ!」
すると長内君がいきなり僕の腕を掴んで、
「ねねねねね!紹介してくれるんでしょ!?良いって言ってくれたんでしょ!?」
それを見て呆れたように
「お前全然変わってないなあ・・・。
いずれ、というか近いうちに会えるんだからさ、そんなにガッツかないの!」
僕の腕を掴んだまま振り向き、
「い~じゃんか~!こんなチャンスそうそうないんだから~!」
そのやり取りを見て僕がわざと・・・
「あのさ・・・長内君・・・
一応彼には話したんだけど・・・」
そう言いながら表情を暗くし、そして目線を静かに下げた・・・
すると長内君は
「うそだ!嘘だ!嘘だ!!嘘でしょ~~~!!
彼が僕に会いたくないなんて言うはずがないよ~!!!」
と僕の腕にすがりつく。
「お・・お前・・・その自信は一体どこから来るんだ?」
冷静に語る目黒君との対照的な差が僕の我慢の限界を超えた。
「ぷっっっ」
僕はこらえきれずに噴出してしまった。
「ごめんごめん。冗談だよ!会いたいってさ!」
それを聞いた長内君は
「ひど~~~~~~~~い!!!俺をからかったの~~~~~~!!!」
後ろで目黒君が腹を抱えて笑っている。
「どいつもこいつも人が悪いんだからっ!!!」
ひとしきり彼をなだめた後、
「・・・ここからちょっと真面目な話になるんだけど・・・」
二人は僕の態度を見て急に緊張し始めた。
「用件は2つ。
ひとつは女子寮のお清めの日時の件。
もうひとつはこの間長内君がポラロイドを撮った場所の件なんだ。
女子寮の方は今のところ比較的安全なんだけど、出来るだけ早くお清めをした方がいいということ。
そしてポラロイド写真を撮った方は、まだあの黒い影の本体があの場所にいるので、そこも早めに浄化したほうが良いという事なんだ。
女子寮のあの人・・・えと・・・」
「弥生さん?」
「そそ!その彼女に連絡してもらって、出来るだけ早いうちにお清めの日時を決めて欲しいんだ。
それと黒い影の場所は、長内君に案内してもらえないかな?
彼に会いに行くときには3人で行こう。」
「俺も行っていいの!?」
「勿論目黒君も紹介させてもらうよ!
ただ現場に行けるかどうかは彼に聞かないと分からないけれどね。」
目黒君はポケットにしまっていた手を出し、頭を掻きながら、
「分かった。まあ行けなくても彼に会えるだけでも良いし!」
「ナナイちゃん、弥生さんとこに行って聞いてくる。
あとあの場所だけど、予備校が終わったらいつでも行けるよ。
僕の家まで来れば車もあるし。」
そういうと席を立った。
「おおお!免許持ってるんだ!長内君!」
「こいつ合宿で取ったんだぜ!危なっかしくてしょうがないよ。」
「でも持ってるだけ凄いよ!
じゃあ僕は明日彼に伝えて来るよ。」
目黒君がそわそわと身体をゆすって
「なんかワクワクしてきたな!
長内の言う通り、なんか楽しいぞ!」
「でしょ~~!心霊スポットに行くことにはなったけど、今度は本職が2人もついてるし安心でしょ!」
そういうと長内君は
「じゃちょっと弥生さんのとこ行ってくるね!」
と言って教室を出て行った。
程なく長内君が戻り、裏庭のお清めは次の日曜に決まった。
あの黒い影のいる場所へは明後日の金曜、予備校が終わったらみんなで待ち合わせて長内君の家へ。
そしてそこから車で行くということにし、明日氷室君に伝えて調整し本決めすることにした。
ちょうどお昼休み終了のチャイムが鳴った。
話はこれで終わりにし、授業に集中することにした。
「じゃあまた明日ね!」
それぞれ明日に備えて帰路に着いた。
翌日僕はまっすぐ氷室君のところへ行った。
「OK!明日の金曜にそっちの校舎のある駅の入り口で待ってれば良いんだね?」
「うん。迎えに行くから先についても待っててね。
・・・それと」
「なあに?」
「実は、君を紹介して欲しいっていう人がもう一人いるんだ。」
「ポラロイドを撮った人以外に?」
「うん・・・あ!もちろんその二人には何も話してないよ!」
「うん。分かってる。
良いよ♪
だって君を理解してくれてるんだろ?
理解してくれる人は歓迎するさ。」
「ほんと!? 良かった!
金曜に来るって言ってるんだけど、
氷室君から見て、あの場所に一緒に行かない方が良いって判断したらちゃんとそう言ってね!
彼にはそう話してあるし彼もそれを納得してるから。」
「なるほど。
その彼は良い人みたいだね!
しかもちゃんと理解してくれてる。
今のでそう思ったよ。
あとは彼の『気』次第だね。」
「うん・・・」
僕は彼と初めて会った時の事を思い出しながら、ちょっと心配になった。
当日の金曜日、その日は朝からどんよりとした曇り空だった。
いっそのこと雨が降ったほうがすっきりしそうな天気だった。
僕は動きやすい服装と靴を選び、鞄の中も必要最低限にした。
予備校もいつもよりどんよりとしている。
このような天候は人の心まで重くする。
「おはよう!ナナイちゃん!いよいよ今夜だね!」
彼は天候には左右されないようだ・・・
もっとも彼のおかげでこのうっそうとした空気を気にしなくて済むのだから良しとするか・・・
昼休みも終わり、午後の授業を受けていた。
僕は少しだけ心配することがあった。
というのはこんな天候時、決まって数が増える。
これがその原因だった。
もしかしてこの天候で、あの黒い影も強くなっているかもしれない。
それに他のモノも出てきちゃっているかもしれない。
色々考えをめぐらせて見たが、堂々巡りで進展しない。
昼ごはん後ということもあり、考えに集中出来ない。
眠気も襲ってきた。
その眠気を紛らわそうと教室内を見渡すと
自分について周っている霊の他にも、
教室の出入り口で外に出ようと何度も扉を開けている(開けても閉まっている)霊もいれば、
授業中だというのに席を立っては外に出て、出るとまた席に着いていて、再び席を立って外へ・・・を繰り返ししている霊。
教室内をただただうろうろしている霊に、教室内を飛び交っている霊もいる・・・
僕はそれらを眺めながら、
「でも、なんでこういう天候のときって、多くなるのかな・・・?」
と窓の外を眺めながら一人耽っていた。
遠くで雷が光始めた。
ふと氷室君の言っていた言葉が頭を過ぎった。
あの彼が、僕に憑いた黒い影を格が違うといっていた。
しかもそれは本体の一部に過ぎないとも言っていた。
急に不安が大きくなってきた。
「僕がついていっても役に立てるのだろうか?」
「逆に足を引っ張っちゃったりしないだろうか?」
考えれば考えるほど不安は募ってきた。
「だけど『一緒に行こう。』って言ってくれた・・・」
今の僕に出来ることは、彼を信じ、彼の邪魔をしないこと・・・
これだけだ。
どれぐらい考えただろう。
いつしか外は雨が降り出していた。




