ポラロイド写真
1週間後、僕は予備校のある駅に降り立った。
その駅からは予備校が見渡せる位置にあった。
僕はそこから予備校を眺めながら、
「あそこに『彼』が居るんだな・・・」
そう思いながらまとわり付いてくる霊を無視するかのように予備校へと足を向けた。
ロビーに到着すると受講するクラス分けの案内でごった返していた。
もちろんこの間のようなハレた空間ではない。
猥雑でいろんな気で充満していた。
ここに『彼』が居ないことは一目瞭然だった。
僕は自分のクラスの場所を教えてもらうとその教室に向かった。
「同じクラスだったら良いな。」
などと考えつつも、そうそう現実は甘くはない事を知った。
教室の黒板に席席順が書いてあり、僕の席は最前列の一番左側の席だった。
「右利きなのに一番左か・・・」
仕方なく席に着くと既に隣には男の人が座っていた。
軽く挨拶をすると、席に着いた。
程なく講師の挨拶と説明が始まり、
「ここから新しい1年が始まる・・・」
と、新しい環境に期待に胸が膨らんだ。
授業が始まると困ったことが発覚した。
僕は一番左端の席で右利き。
しかしその隣の彼は左利きなのだ。
当然ノートを取る腕がぶつかり合う。
講師に2人で話しに行ったが席は変えられないとの事で、なかなかにして先行きが思いやられる初日だった。
しかしこのことで隣の彼とは話すようになった。
彼は快活でよく喋る男だった。
彼の名は長内正(おさない ただし:仮名)。
しかも大のオカルトファンらしく初日から、ほぼ初対面であるにも関わらずそう宣言した。
彼が話す内容の殆どがその関係の話だった。
勿論僕は自分の事は話しはしなかった。
僕は彼の話を聞きながら
「うんうん、えー!そうなんだ・・・ふんふん・・・それで?」
と、相槌を打つ程度にとどめていた。
そうこうするうちに数ヶ月が経っていた。
休み時間に『彼』を探して予備校内を歩いたが、いまだに会えずにいた。
そんな折、長内君がとんでもない物を持ってきた。
僕がたまたま彼よりも先に席で準備を始めていると、突然重苦しく黒い影が近づいて来るのが分かった。
しかも冷んやりして禍々しい。
それは教室に近づきつつあった。
僕はその方向を見つめながらなぜか身構えていた。
そしてそれが教室内に入ってきたときに僕は目を疑った。
その主は長内君だったのだ。
「やあ~!ナナイちゃん!昨夜凄いところに行ってきたよ!!」
「お・・おはよう・・・長内君・・・」
「どしたの?難しい顔しちゃってさ~。ところでさ!昨日遂にあの心霊スポットに行ってきたよ!」
「ま・・・まぢで!?」(だからかよ!)
「そうそうこれ見て!!つ・い・に!!俺にも心霊写真が撮れたんだよ!!!!」
「!!!」
そういって彼はポラロイド写真を差し出した。
「うあぁ・・・・」
僕はこの重苦しくも禍々しい黒い影の正体がこのポラロイド写真であることが分かった。
しかもあたり一面に黒い憎しみを放っている。
「このままじゃ彼がやばい・・・」
そう思った僕は、生まれて初めて自分の意思で自分に憑くように念じた。
しばらくするとあたり一面に撒き散らしていた黒い憎しみの影が次第に僕に集中するようになった。
そしてポラロイド写真からゆっくりと黒い影が出てくるのが分かった。
生まれて初めて感じるこの狂気。
全身に鳥肌が立ち、悪寒どころの騒ぎじゃない。
どんどん身体から生命力が吸い取られるような感じだった。
そいつは背中に・・・正確には背骨(?)に入り込もうとする。
気を抜くと一気に入り込まれそうになる。
今まで取り憑いていた浮遊霊たちが可愛いとさえ思えるほど、この黒い影は強烈だった。
僕は冷静さをかろうじて装いながら
「ちょっとトイレに行ってくるね。」
そういって教室からヨロヨロと出て行った。
「ナナイちゃんどうしたの!?」
彼がそう言うほど、僕は隠せなかったのかも知れない。
確かに・・・気を失わんばかりの状態だったから・・・
僕はその足で予備校を出て、タクシーを拾った。
「このあたりで大きな神社かお寺へお願いします。」
そういうと自分の中のものを抑えるので精一杯になった。
僕は浄化するとか、御祓いをする方法なんて知らない。
ただこうしないと長内君がヤバい・・・というだけだった。
取り合えず神社仏閣のハレた場で清める事しか思い浮かばなかった。
程なくして某八幡宮に到着し、タクシーを降りた。
境内に入っても相変わらずだった。
一番ハレた『気』を発していたのが境内の隅にある御神木だった。
僕は気力を振り絞って駆け寄りその御神木に抱きついた。
今から思うとその御神木にとってははた迷惑な話だったと思う。
それにかなりびっくりさせてしまったことだろう。
僕は御神木の幹に耳をつけ、御神木の生命の音(水を吸い上げる音)を聞いていた。
僕の公算があたり、御神木の神気によって徐々に黒い影が清められていくのが分かった。
それでも僕が普通に歩けるようになるまでにはかなりの時間が掛かった。
黒い影はかなり薄くなり、これぐらいなら問題ないというところで僕は予備校に戻った。
鞄を置きっぱなしにしている上、机の上にテキストなどを出しっぱなしにしていたからだ。
予備校に戻ると、既に3時を過ぎていた。
鞄を取りに教室に戻ると、既にその日の講義が終わっていた。
彼はそこにいた。
「ナナイちゃん!!今までどこ行ってたの!?心配したよ!!」
僕は
「ごめんね、何か気分が悪くなっちゃって、保健室で休んでた・・・」
僕がバレないようにと気を回したのだが、
「うそだ!俺・・・ナナイちゃんの後を追っかけてったんだから!!!」
「!!」
「そしたら・・・タクシーに乗ってどこかへ行っちゃった・・・だから帰ってくるまで待ってようって・・・」
「・・・・・・」
「やっぱり・・・この・・・写真のせい!?」
「・・・・・・」
話したら、また同じことの繰り返しになると・・・僕はなんと言ってよいのか迷っていた。
だから出来れば彼が納得出来る他の事を考えていた。
彼はそのポラロイド写真を取り出し、写真に目を落としながら
「待ってる間、ずっとこの写真を見てた。
ナナイちゃんに見せたあと、昨夜から感じていた変な感じを受けなくなったんだ・・・」
そう言うと、おもむろに僕の方を見て、
「ナナイちゃん、絶対におかしいよ!
オカルトに興味があるようなないようなとか言っておきながら、やってることはオカルトそのものだもの!」
僕は心の中で
「ああ・・・これでお終いだ・・・」
そう思って覚悟を決めた。
覚悟を決めると、僕の表情は逆に和んだ。
少なくとも、彼の命は救えた。
それだけでも良かった・・・
そう思うと唇に自然と笑みがこぼれた。
「本当の事を話すよ。」
そう言うと僕は先ほどの話を包み隠さず話した。
彼は黙ってそれを聞いていた。
話が終わると沈黙が続いた。
その沈黙を壊さぬように静かに、出しっぱなしだったテキストやノートなどを鞄にしまった。
最後に、僕なりに彼への最後の言葉にと、
「まあいつもの事さ。大丈夫気にしないで。こうゆうのは慣れているから。」
そしてその場を後にした。
翌日彼は来なかった。
無理もない・・・
こんな僕の隣では安心して勉強なんて出来ないものな・・・
その翌日もそのまた翌日も彼は来なかった。
僕は彼と、彼の両親に本当に申し訳ないことをした・・・
と心の中で懺悔する毎日だった。
しかし4日目、彼はやってきた。
しかも大きな荷物を抱えて。
僕に気がつくと
「お~い!ナナイちゃん!!いい物もって来た!!!」
そういうとどっかりとその荷物を机に置いた。
「図書館には除霊に関する本がほんと少ないのな!!」
僕はきょとんとしてしまった。
「除霊???それより・・・大丈夫なの???」
「そそ!でも俺の仲間で詳しいのがいたから、そいつから全部借りてきた!」
僕の話をまったく聞いてくれない。
話し始めるとひと段落つくまで終わらない。
あの件が起こる前とまったく同じだった。
「ねねね!これなんかどお?結構詳しく書いてあるよ!あ!これも凄いんだ!」
彼は先日の事をまったく意に介していないのか動じてないのか、次々と本の内容を語りだす。
あのような件の後、彼のような行動を・・・僕を避けようともしないどころか、何事もなかったように接してくれる人は初めてだったので、僕の方が戸惑ってしまった。
「ちょっと聞いてる???」
「ああ・・・ごめん・・・」
「まあ~書いている人自身がどれだけの霊能者か分からないけれど、この中でナナイちゃんの力になれそうな本があったら持ってっていいよ。」
「えっ!?」
「大丈夫。ちゃんと言ってきてあるからさ・・・・・・・はい、これがこれらの本の書いてあることの要約。」
といって大学ノートを差し出した。
「えええっ!!!!!」
そのノートには各本の大まかな内容の他に、それぞれの霊に対する事や除霊に関する違いなどを事細かに記してあった。
ここにある本を全て読破していないと書けない内容だ。
しかも詳細に読み進めないとここまでは書けない。
「も・・・もしかしてこれを書く為に講義休んでたの!?」
僕がびっくりして聞き返すと、彼は1時間目の用意をしながら、
「僕にはこれぐらいのことしか出来ないしね。」
そういうと彼はニッコリ微笑んだ。
僕はそのノートを握り締めながら涙を流した。
「気にすんなよ!俺のほうがナナイちゃんにお礼言わなきゃならない立場なんだからさ!」
そういうと彼は自分の席に着いた。
そして
「もう心霊スポットには行かない。」
「ほんと?」
「うん!だってナナイちゃんの傍にいた方が、絶対に面白そうだもの!!」
彼はそういうと無邪気そうに笑った。