『心霊相談事務所』 後編
その日、彼を送る為に初めて彼の部屋を訪れた。
ごく普通のアパートの一室にあった。
ただ部屋はがらんとして、タンスなどの家具はなかった。
部屋の隅に引きっぱなしの布団とテーブル。
それと何冊かの書物。
服関係は紙袋に入っていた。
あとは小さな祭壇?が置いてあるだけだった。
この部屋を異様にしているのは部屋中に貼り巡らされた護符。
そして部屋の真ん中にある方陣(?)だった。
方陣の前には小さな祭壇(?)がしつらえてあった。
恐らくお焼香をする際に使われるものだと思われた。
そこで何かを燃やしていたようだった。
「適当に座ってよ。」
彼は布団の上に座ると僕にそう言った。
「なんの構いも出来なくてごめんね。」
「そんなの気にしてるわけないでしょ!」
僕は方陣を避けて布団側に座った。
彼は僕が方陣を気にしているのを感じてこう言った。
「この方陣と護符は、結界を張るためさ。」
僕は、その方陣を見ながら彼がここで格闘(?)していたということに対して思いを巡らせていた。
何日間の間、彼はここで戦っていたのだろう・・・
僕たち仲間のことを、いや命を賭してまで守るべきものだったのか・・・
否、守られるべき様なことを僕は彼にしていたのだろうか・・・
でも逆に、これが氷室君ではなく、僕だったとしても同じ事をしていたに違いない。
しかし僕は彼に何が出来た?
彼がここまでして戦っていたというのに、その時僕は何をしていた?
次から次へと自責の念が湧き上がった。
しばらくの間僕はこの事で頭が一杯だった。
「そんなに気にすることはないよ。」
彼は、僕の考えに対してそれを打ち消すように、
「短い間だったけど、僕はすごく満足してる。
僕が家を継ぐことや、修行が嫌だったのは・・・
きっと目的が見えなかったからだと思う。
僕が小さかったのさ。
僕には家を継ぐことが目的で、その手段が修行だって思ってた。
だから最初に彼女がやってきたとき必死に抵抗してた。
僕がやっと手に入れられた『人』としての生活を奪おうとするな!ってね。
だけど君と出会い、君たちと行動を共にして、これは違うんだってこと分かった。
本当の目的は困っている人を手助けすること・・・そして修行はその力を得るためだったんだ。
だから今僕はすごく感謝してる。
家に帰る決心が付いたのも、こう思える様になったからなんだよ。
だから決して嫌々帰る訳じゃないんだ。」
そういうと彼は一息つき目を閉じた。
「それは僕もだよ。」
僕は彼に思いのたけを話した。
「前にも話したけれど、僕は君と出会わなかったら、僕はこの『力』を今でも疎んじていたと思う。
それにもしかしたら既に予備校もやめてしまってたかもしれない。
氷室君と出会って、みんなと出会って、いろいろなことがあって、
そしてこの『力』の方向を示してくれた。
僕には到底使いこなせないけれど、それでも道があることを教えてくれた。
これは僕にとって人生がひっくり返るほどの大事件だった。
まあ・・・そう頭の中では解っているつもりではいても、心がなかなかついて来れないけどね。」
そう言って笑って見せた。
氷室君もそれにつられて笑い出し、二人でしばらく笑った。
ひとしきり笑った後、彼は再び話し始めた。
「彼女に見つかったのは、ちょうど君と会った頃だそうだ。
あのとき僕が『気』を放ったろ?
それで気づかれちゃったみたい♪」
そういうと再び笑い出した。
「そんな前から?」
「うん。
それまでは極力『気』を隠していたからね♪」
「それ笑い事じゃないじゃん!!」
「いや、それで良かったんだ。
というより、そうしなくちゃいけなかったんだと思う。
そのおかげで、僕は真実を見失わずに済んだ。」
そういうと彼は真顔で僕の方に向き直り、
「僕が家を出てきたのも、
君と出会ったのも、
全て意味があることだったのさ。
だから僕らは、会うべくして会ったんだよ!」
彼はそう言うと再び笑顔になると、
「でも大変だったんだよ!
あの人はどういう人か?
ってさんざん聞かれたからな~♪」
「ええっ!?」
「大丈夫!
ちゃんと説明したよ。
生霊には嘘は通じないから、本当のことを話しておいた。
彼女は君に干渉してくることはないさ。
それに彼女も、ばれない限り僕の父さんには話さないって約束してくれたし♪」
「えええっ!?
なんか話が大きくなってる・・・」
「あはは!
大丈夫だよ!心配しないで♪
それとさ・・・」
「なに?」
「相談事務所を開くって長内君が言い始めたでしょ?」
「うん。」
「あの時、正直僕はナイスアイデア!だって本気で思ったよ。」
「どうして!?」
「だってさ、僕一人の場合、
霊を集めたり場所を回ったりして浄化しなくちゃならないけれど、
君と一緒だと、僕が何もしなくても君がいっぱい連れてきてくれる♪
僕は居ながらにしてそれをただ浄化すればいいわけだし♪」
「ああ・・・なるほど・・・
って、ええっ!!!」
「あはははっ♪
冗談だよ♪
でも、かなり良いパートナーになるって思ったよ。
あのトンネルのときみたいにさ。
だけど二人でやる分には良いけれど、
あの二人を巻き込むのは正直心苦しかった。
だからあの時、賛成したあと直ぐに意地悪な話をしたんだ。」
そういうと彼は少し悲しそうな表情を見せた。
しかし直ぐにその表情は消え、
「この辺りから僕は真実が見え始めたんだな・・・
君が『本末転倒じゃん!』って言っただろ?
そのときに僕は、『やっぱり血かな』って答えたけれど、
実はもっと前に君に
『誰かの為にという訳でなく、やろうって言い出したんだよね?』
って言ったよね?
その頃からというか相談所をやろうって話が出たときには、
僕はこの仲間の為なら『力』を使いたいって思ってた。
でも良く考えてみると、この『仲間』を『助けを求める人』って言い換えれば同じことなんだよね。」
そして彼は座りなおして話を続けた。
「そして相談事務所を始めてみて、
程度の差こそあるけれど、僕の家がやってることそのままなんだよね・・・
でも僕はやっているとき嫌な気持ちは全然なかった。
むしろ役に立って嬉しいとさえ思ったよ。
これを頭で理解するのに、少々時間が掛かっちゃたけど♪」
そして僕を見て
「だから彼らと会ったことも、全て意味があったのさ。
もしかしたら、この世に起こること全てにおいて意味があるんだろうな・・・
って今は思う。
縁って本当に不思議なものだよね。」
そして、
「僕は『家』に帰る為に『家』を出たんだって思った。
こんな事言うと
『当たり前じゃん!』
って言われるかもしれないけれど、
この意味を分かってくれるのは、同じ体験をした人だけなんだろうな。」
僕はなにも言えなかった。
でも彼が言うことには筋が通っていた。
同じように考えれば、僕もそうだろう。
僕がこの予備校を選んでいなければ?
入学手続きで氷室君に会ってからの僕の心情の変化は?
長内君や目黒君たちとの出会いは?
そう考えれば考えるほど彼の言うことに納得できた。
確かに短い期間だったのかもしれないが、
起こったこと、変化したことは非常に大きく、そして意味が深かった。
そして家に帰る為に家を出る・・・
僕は今まで家を出たことがあるのだろうか?
その前に家に居たことがあるのだろうか?
彼には、いつも教えられる。
僕が色々考えていると、
「そうだ!忘れてた♪
君に『気』の操り方の基本を教えておくね。」
そう言うと彼は本能と無意識の説明やいろいろな話をしてくれた。
意識と『気』のつなげ方や『気道』の説明など僕にはあまり理解できなかったが、
『気』の回し方や巡らし方などを、前にやったときと同じように実際に彼の『気』と繋げて教えてもらった。
「それと・・・
今の君になら・・・
多分罪にはならないだろう。」
「罪って?」
「これから教えるのは、本来はちゃんとしたしきたりみたいなのがあるんだ。
だから本当は軽々しくは教えてはいけないんだ。
それに僕はまだ『修行中の身』だしね♪」
そう言って必要な時が来てしまった場合の為と言って、早九字を教わった。
「もちろん早九字にはいくつかの手法がある。
これは表のものだから『力』なき者にはまったく意味がないけれど、
君ならこれで十分。
大抵のモノが祓えるはずだ。
ただしむやみやたらと使ったり、やり方を他の人に教えちゃダメだよ♪」
「表というと裏もあるの?」
「うん。
でもそれは僕には教える力量も位もないけどね。」
僕は教えを受けながら涙を堪えるので精一杯だった。
氷室君が自分の事を指して『修行中の身』と言った。
『必要なときが来てしまった場合』と言った。
それは彼は自ら進んで、あの飛び出してきた修行の世界へ戻って行く事を意味し、
そしてそれには決別の意味が込められていることを理解した。
僕はこの早九字を彼の忘れ形見として必死に覚えた。
気がつくと空は白々と明けていた。
「なんかお腹空いたね。」
彼はそう言うと
「駅前のコンビにで何か買ってきてくれる?
僕はまだ上手く歩けないからさ♪」
「うん。
何が食べたい?」
「そ~だな~・・・
ナナイ君が好きなの買って来てくれればいいよ♪」
「分かった。
何か適当に買ってくるね!」
僕はそう言って部屋を出た。
そしてこれが、僕が氷室君と交わした最後の言葉になった。
駅まではちょっと距離がある。
僕は早足でコンビにまで行くと適当に見繕い戻ってきた。
時間にして30分位だろうか。
部屋に戻ると氷室君の姿がなかった。
僕は必死に探し回ったが氷室君を見つけ出すことは出来なかった。
部屋に戻ると僕はしばらく泣いた。
こうなることは分かっていたつもりでも・・・だ・・・
そして部屋を片付けたあと、そのアパートの管理人さんのところに行き話しをすると、
既に話は聞いていると言われた。
いきなり僕の目の前に現れ、そして風のように消えていった氷室君。
この日記を読んで・・・いるとは思えないけれど、
心から感謝しています。
僕は生涯、君の事を忘れません。
本当にありがとう御座いました。