表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彷徨う道標 退魔師編  作者: sola
15/15

『心霊相談事務所』 後編

その日、彼を送る為に初めて彼の部屋を訪れた。

ごく普通のアパートの一室にあった。


ただ部屋はがらんとして、タンスなどの家具はなかった。

部屋の隅に引きっぱなしの布団とテーブル。

それと何冊かの書物。

服関係は紙袋に入っていた。

あとは小さな祭壇?が置いてあるだけだった。


この部屋を異様にしているのは部屋中に貼り巡らされた護符。

そして部屋の真ん中にある方陣(?)だった。

方陣の前には小さな祭壇(?)がしつらえてあった。

恐らくお焼香をする際に使われるものだと思われた。

そこで何かを燃やしていたようだった。


「適当に座ってよ。」


彼は布団の上に座ると僕にそう言った。


「なんの構いも出来なくてごめんね。」


「そんなの気にしてるわけないでしょ!」


僕は方陣を避けて布団側に座った。

彼は僕が方陣を気にしているのを感じてこう言った。


「この方陣と護符は、結界を張るためさ。」



僕は、その方陣を見ながら彼がここで格闘(?)していたということに対して思いを巡らせていた。

何日間の間、彼はここで戦っていたのだろう・・・

僕たち仲間のことを、いや命を賭してまで守るべきものだったのか・・・

否、守られるべき様なことを僕は彼にしていたのだろうか・・・

でも逆に、これが氷室君ではなく、僕だったとしても同じ事をしていたに違いない。


しかし僕は彼に何が出来た?

彼がここまでして戦っていたというのに、その時僕は何をしていた?

次から次へと自責の念が湧き上がった。

しばらくの間僕はこの事で頭が一杯だった。



「そんなに気にすることはないよ。」


彼は、僕の考えに対してそれを打ち消すように、


「短い間だったけど、僕はすごく満足してる。


僕が家を継ぐことや、修行が嫌だったのは・・・

きっと目的が見えなかったからだと思う。

僕が小さかったのさ。

僕には家を継ぐことが目的で、その手段が修行だって思ってた。

だから最初に彼女がやってきたとき必死に抵抗してた。

僕がやっと手に入れられた『人』としての生活を奪おうとするな!ってね。


だけど君と出会い、君たちと行動を共にして、これは違うんだってこと分かった。

本当の目的は困っている人を手助けすること・・・そして修行はその力を得るためだったんだ。


だから今僕はすごく感謝してる。

家に帰る決心が付いたのも、こう思える様になったからなんだよ。

だから決して嫌々帰る訳じゃないんだ。」


そういうと彼は一息つき目を閉じた。


「それは僕もだよ。」


僕は彼に思いのたけを話した。


「前にも話したけれど、僕は君と出会わなかったら、僕はこの『力』を今でも疎んじていたと思う。

それにもしかしたら既に予備校もやめてしまってたかもしれない。

氷室君と出会って、みんなと出会って、いろいろなことがあって、

そしてこの『力』の方向を示してくれた。

僕には到底使いこなせないけれど、それでも道があることを教えてくれた。

これは僕にとって人生がひっくり返るほどの大事件だった。

まあ・・・そう頭の中では解っているつもりではいても、心がなかなかついて来れないけどね。」


そう言って笑って見せた。

氷室君もそれにつられて笑い出し、二人でしばらく笑った。




ひとしきり笑った後、彼は再び話し始めた。


「彼女に見つかったのは、ちょうど君と会った頃だそうだ。

あのとき僕が『気』を放ったろ?

それで気づかれちゃったみたい♪」


そういうと再び笑い出した。


「そんな前から?」


「うん。

それまでは極力『気』を隠していたからね♪」


「それ笑い事じゃないじゃん!!」


「いや、それで良かったんだ。

というより、そうしなくちゃいけなかったんだと思う。

そのおかげで、僕は真実を見失わずに済んだ。」


そういうと彼は真顔で僕の方に向き直り、


「僕が家を出てきたのも、

君と出会ったのも、

全て意味があることだったのさ。

だから僕らは、会うべくして会ったんだよ!」


彼はそう言うと再び笑顔になると、


「でも大変だったんだよ!

あの人はどういう人か?

ってさんざん聞かれたからな~♪」


「ええっ!?」


「大丈夫!

ちゃんと説明したよ。

生霊には嘘は通じないから、本当のことを話しておいた。

彼女は君に干渉してくることはないさ。

それに彼女も、ばれない限り僕の父さんには話さないって約束してくれたし♪」


「えええっ!?

なんか話が大きくなってる・・・」


「あはは!

大丈夫だよ!心配しないで♪

それとさ・・・」


「なに?」


「相談事務所を開くって長内君が言い始めたでしょ?」


「うん。」


「あの時、正直僕はナイスアイデア!だって本気で思ったよ。」


「どうして!?」


「だってさ、僕一人の場合、

霊を集めたり場所を回ったりして浄化しなくちゃならないけれど、

君と一緒だと、僕が何もしなくても君がいっぱい連れてきてくれる♪

僕は居ながらにしてそれをただ浄化すればいいわけだし♪」


「ああ・・・なるほど・・・

って、ええっ!!!」


「あはははっ♪

冗談だよ♪

でも、かなり良いパートナーになるって思ったよ。

あのトンネルのときみたいにさ。

だけど二人でやる分には良いけれど、

あの二人を巻き込むのは正直心苦しかった。

だからあの時、賛成したあと直ぐに意地悪な話をしたんだ。」


そういうと彼は少し悲しそうな表情を見せた。

しかし直ぐにその表情は消え、


「この辺りから僕は真実が見え始めたんだな・・・

君が『本末転倒じゃん!』って言っただろ?

そのときに僕は、『やっぱり血かな』って答えたけれど、

実はもっと前に君に

『誰かの為にという訳でなく、やろうって言い出したんだよね?』

って言ったよね?

その頃からというか相談所をやろうって話が出たときには、

僕はこの仲間の為なら『力』を使いたいって思ってた。

でも良く考えてみると、この『仲間』を『助けを求める人』って言い換えれば同じことなんだよね。」


そして彼は座りなおして話を続けた。


「そして相談事務所を始めてみて、

程度の差こそあるけれど、僕の家がやってることそのままなんだよね・・・

でも僕はやっているとき嫌な気持ちは全然なかった。

むしろ役に立って嬉しいとさえ思ったよ。

これを頭で理解するのに、少々時間が掛かっちゃたけど♪」


そして僕を見て


「だから彼らと会ったことも、全て意味があったのさ。

もしかしたら、この世に起こること全てにおいて意味があるんだろうな・・・

って今は思う。

縁って本当に不思議なものだよね。」


そして、


「僕は『家』に帰る為に『家』を出たんだって思った。

こんな事言うと

『当たり前じゃん!』

って言われるかもしれないけれど、

この意味を分かってくれるのは、同じ体験をした人だけなんだろうな。」


僕はなにも言えなかった。

でも彼が言うことには筋が通っていた。

同じように考えれば、僕もそうだろう。

僕がこの予備校を選んでいなければ?

入学手続きで氷室君に会ってからの僕の心情の変化は?

長内君や目黒君たちとの出会いは?

そう考えれば考えるほど彼の言うことに納得できた。

確かに短い期間だったのかもしれないが、

起こったこと、変化したことは非常に大きく、そして意味が深かった。

そして家に帰る為に家を出る・・・


僕は今まで家を出たことがあるのだろうか?

その前に家に居たことがあるのだろうか?

彼には、いつも教えられる。


僕が色々考えていると、


「そうだ!忘れてた♪

君に『気』の操り方の基本を教えておくね。」


そう言うと彼は本能と無意識の説明やいろいろな話をしてくれた。

意識と『気』のつなげ方や『気道』の説明など僕にはあまり理解できなかったが、

『気』の回し方や巡らし方などを、前にやったときと同じように実際に彼の『気』と繋げて教えてもらった。


「それと・・・

今の君になら・・・

多分罪にはならないだろう。」


「罪って?」


「これから教えるのは、本来はちゃんとしたしきたりみたいなのがあるんだ。

だから本当は軽々しくは教えてはいけないんだ。

それに僕はまだ『修行中の身』だしね♪」


そう言って必要な時が来てしまった場合の為と言って、早九字を教わった。


「もちろん早九字にはいくつかの手法がある。

これは表のものだから『力』なき者にはまったく意味がないけれど、

君ならこれで十分。

大抵のモノが祓えるはずだ。

ただしむやみやたらと使ったり、やり方を他の人に教えちゃダメだよ♪」


「表というと裏もあるの?」


「うん。

でもそれは僕には教える力量も位もないけどね。」


僕は教えを受けながら涙を堪えるので精一杯だった。

氷室君が自分の事を指して『修行中の身』と言った。

『必要なときが来てしまった場合』と言った。

それは彼は自ら進んで、あの飛び出してきた修行の世界へ戻って行く事を意味し、

そしてそれには決別の意味が込められていることを理解した。

僕はこの早九字を彼の忘れ形見として必死に覚えた。





気がつくと空は白々と明けていた。




「なんかお腹空いたね。」


彼はそう言うと


「駅前のコンビにで何か買ってきてくれる?

僕はまだ上手く歩けないからさ♪」


「うん。

何が食べたい?」


「そ~だな~・・・

ナナイ君が好きなの買って来てくれればいいよ♪」


「分かった。

何か適当に買ってくるね!」



僕はそう言って部屋を出た。





そしてこれが、僕が氷室君と交わした最後の言葉になった。




駅まではちょっと距離がある。

僕は早足でコンビにまで行くと適当に見繕い戻ってきた。

時間にして30分位だろうか。




部屋に戻ると氷室君の姿がなかった。

僕は必死に探し回ったが氷室君を見つけ出すことは出来なかった。



部屋に戻ると僕はしばらく泣いた。

こうなることは分かっていたつもりでも・・・だ・・・




そして部屋を片付けたあと、そのアパートの管理人さんのところに行き話しをすると、

既に話は聞いていると言われた。






いきなり僕の目の前に現れ、そして風のように消えていった氷室君。


この日記を読んで・・・いるとは思えないけれど、

心から感謝しています。





僕は生涯、君の事を忘れません。

本当にありがとう御座いました。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ