黒い影 完結
山道を後にした僕たちは一旦長内君の家でシャワーを浴びることにした。
なにしろ僕と氷室君は自分の血で、他の人が見たら警察に通報されてしまうような状況だった。
順番にシャワーを浴びていると家の人が夕飯を彼の部屋に用意してくれていた。
彼の服を借り、4人で夕飯をご馳走になった。
食事が終わると、僕は猛烈な睡魔に襲われた。
氷室君もかなり辛そうだった。
あの時なぜあれほどの疲労感に襲われたのか?
勿論あの時程ではないが今もひどい疲労感だ。
そしてなぜ血を流すことになったのか?
これらを聞こうと思っていたのだが、僕は睡魔に勝てなかった。
長内君と目黒君に僕は起こされた。
既に朝日が昇っている。
あのまま寝てしまったようだった。
氷室君も今起こされている。
まだかなり辛そうだ。
いきなり押しかけた長内君の家の方には申し訳なかったが、
今朝も朝食を用意されていて、ますます恐縮してしまった。
家を出ると目の前には昨夜のことが嘘ではない証拠が庭先に置いてあった。
かなり悲惨な状況で、車の後方の角がかなり潰れバンパーも半分落ちかかっている。
ご両親になんと言って良いのか全員で悩んだ。
「これは勲章だよ!
それに元はといえば俺のせいだし~気にしないで~!!」
と長内君は言うが、
「みんなで行ったのだから!」
と、少し揉めたが、車の修理代は4人で折半することで落ち着いた。
長内君のご両親に話し、修理工場へ入れてもらう話を取り付けた。
僕は家に電話を入れると、4人で予備校に向かった。
いよいよ明日は女子寮の裏庭のお清めだ。
勿論このお清めが一応メイン (?)になる訳で、昨夜の事は成り行きというか
乗りかかった舟というか、そういった感じだった。
しかし想像のはるか上を行く展開で氷室君を除く3人にとっては人生で初の体験となった。
予備校のある駅に差し掛かると僕は長内君と目黒君に、弥生さんに現状を聞いておいて貰うようにお願いした。
時間は氷室君が
「早い時間がいいね。
出来れば夜明け前に作業を開始して、日の出とともにお清めする・・・っていう感じかな?」
と言うので朝5時に予備校のロビーに集合はどうか?ということになった。
僕は氷室君と明日の打ち合わせをすると言って、氷室君と別館の校舎の方へ向かった。
僕には氷室君に聞きたい事が山ほどあったからだ。
氷室君と僕は別館の校舎の屋上にいた。
そこで氷室君に昨夜の話を聞いた。
「物凄く沢山聞きたいことがあるんだけど・・・」
そう言うと彼はいつもの無垢な笑顔で笑った。
「僕もまさかあれ程とは思わなかったし、
依り代どころか本体が犬だとも思わなかったよ。
僕はまだまだ・・・だなあ・・・」
そう言って再び笑った。
そして少し真顔になって、
「僕にとってもあれほどの浄化は生まれて初めてだ。
君が居てくれて本当に助かったよ。
僕一人では逃げ帰っていたかもしれないし、僕が取り憑かれていたかもしれない。」
そう言うと彼は遠くの景色を眺める様な目つきで空を見上げた。
その表情には苦悩?の様な色が見え隠れする。
しばらく沈黙が続き、僕がまた質問しようとしたときに、彼は空を見上げたまま話し出した。
「うん。分かってる。
あの浄化は『言霊』といって、言葉に『気』を持たせる業なんだ。
その言葉は『真言』といって、この言葉自体にも『力』がある。
それに更に自分の『気』を乗せて浄化をする訳だ。
でもあそこまで込めないとならないとは思わなかった。
ある程度は予想していたけどね。
だから君に一緒に行ってもらいたかったんだ。
僕の最初の予想では、その時点で僕の『気』だけでは足りない・・・
と感じてた。
昨夜の業は、個人の『気』では浄化が不可能な相手に対しての苦肉の策なんだけど、
これがなかなか厄介でね・・・
父さんとの修行で、複数の能力者の『気』を操る行をしていたけど、
厄介な理由は・・・
これが非常にデリケートな業で、
ちょっとでもミスすると相手の『気』を根こそぎ持っていきかねないんだ。
だから僕は君に謝らなくちゃならない・・・」
そう言うと彼は僕の方を振り返り、頭を下げると、
「ごめん・・・
最初にきちんと話しておかないとならない事だった・・・」
顔を上げ、僕の顔を見ると、
「そして本当のことを言う・・・
これは・・・僕の嫉妬心から来るものなんだ・・・
本当は最後の『言霊』を使うとき、
あそこまでの『気』は必要なかったんだ・・・
君の『気』とリンクしたとき・・・
なにも修行をしてないのに君はこんなに『気』を持っているなんて・・・
って僕は・・・正直嫉妬してしまった・・・
そしてそれを確かめてみたかった・・・
でも僕の予想以上だった。
僕が『操気』に苦戦してるうちに、
本体が依り代から抜ける隙を与えてしまった。
それであの二人にあのような思いをさせてしまった・・・
そして君が修行をしていないにもかかわらず『操気』をしてしまった・・・
しかも肉体の限界を超えて・・・僕だけじゃなく君にまでダメージを与えてしまった・・・
本当に・・・下手をすると本当に命取りになるかもしれなかったんだ・・・
なのに僕は自分の感情を抑えることが出来なかった・・・
これは・・・僕の嫉妬心から生まれた僕の致命的なミスだ・・・」
僕はなんと返事をして良いのか分からなかった。
決してこの事で、昨夜の事で彼を恨んでも憎んでもいない。
むしろ感謝しているぐらいだ。
僕が返答に困っていると、
「・・・やっぱり・・・怒ってるよね?
怒って当然のことを・・・僕はしたんだから・・・」
僕は反射的に首を振った。
「そんなことないよ!
僕は君の事を信じているし、尊敬してるもの!
逆に感謝してるよ!」
「そんな!
僕は・・・君を実際の浄化の最中に試したんだよ!?
もしかしたら君の命が危なかったかも知れないんだよ!?
現に吐血までしてるだろ!!」
彼がこんなに必死になるさまをみたことがなかったので驚いたが、
これはこれで嬉しかった。
それでも僕は彼に対する気持ちは変わらなかった。
「血を吐いたのは僕だけじゃなくて君もでしょ!
それに僕自身も自分の『気』を見れたし、『言霊』も体験出来た。
何よりも君の力になれたことが嬉しいよ。」
僕は思いの内をありたけ述べた。
こんな僕でも人の役に立てたことが嬉しかった。
そしてその人が他でもない氷室君だったことが何よりも嬉しかった。
そういうと彼はうな垂れてしまった・・・
そして、か細い声で
「・・・・・・・
ありがとう・・・
ごめんね・・・謝ってすむことじゃないけれど・・・
心から謝るよ・・・」
「全然気にしないで!
でもさ、漫画とかで『力』を使い過ぎて血を吐いたりする場面とかあるけど、
本当に血が出るんだね!
びっくりだよ!
でも・・・どこから血が出てくるんだろ?
どこかの毛細血管が切れるのかな?
不思議だよね!?」
僕は氷室君のこのような姿をいつまでも見ていたくなくて、率直に思ったことを口に出した。
それでも氷室君はしばらくそのままだった・・・
「ねえ・・・氷室君。
僕は本当に君に感謝してるんだ。
だって・・・君に会うまで僕は殆ど一人だった。
嫌われることはあっても、感謝されることなんて殆どなかった。
君に会ってから、僕だけじゃないって言うことが分かったし、
生まれて初めて、この『力』が人の役に立つことも教えてもらった。
だから心から感謝してる。
恨むだとか怒るなんていうようなことは考えたこともないよ。
・・・でも、話してくれてありがとうね!
話してくれた事が、何倍も何倍も嬉しいよ!
本当にありがとう!」
そう言って僕は彼に深々と頭を下げた。
どれぐらい経っただろうか。
しばらくの間沈黙が続いた。
「君は・・・
本当に変わってるな・・・」
彼が突然話し出した。
「普通なら僕を罵倒したり大変なことになってるはずだもん。
だって命が掛かってた事だったんだよ?」
僕は彼の方を向きながら、
「氷室君がそういうならそうだったのかも。
でもさ、それなら氷室君も命がけの事を、
誰かの為に・・・
という訳でなく、やろうって言い出したんだよね?」
「そりゃ僕は修行してたし、そういう家庭に育ったからね。」
「でもそれが嫌で家を出て来たんじゃないの?」
「そりゃそうだけど・・・」
「じゃあどうして?」
「・・・なんでだろう。
今言われるまで考えたことなかった。」
「考える前に行動してたからじゃない?
それに、あの『犬』にだってそうだよ。」
「あの『犬』のこと?」
「そうそう!
浄化が済んだ時点で終わって帰ってきても良かった・・・
というか普通ならそこで帰ってると思うし、帰っても誰も何も言わないと思う。
でも氷室君はあの『犬』を弔おうって言ったよね?
あれ、感動しちゃった!!
『ああ・・・この人は心の痛みを分かってる人だ・・・』
って思った!!
そんな人が嫉妬心だけで突っ走って全てを壊してしまう訳ないもの。
だからいろんな理由があっての行動だったって思うよ。
でもその理由なんて僕は知らなくても良い。
氷室君をただ信じれば良いってね!」
するとまたしばらく彼は黙ってしまった。
そして・・・
「そうだった・・・
君も、僕と同じような境遇だったんだよね・・・
・・・・・・
ありがとうナナイ君。
君に会えて心から嬉しく思うよ。」
「それは僕もです!」
お互いにちょっと照れくさそうに笑うと、
「お腹空かない?」
「うん!僕もそう言おうと思ってたところだったんだ!」
「何食べる?」
「そうだね~※*%#・・・…」
「@¥*・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・
僕らは屋上を後にした。
彼が明日用の御札などを用意して持ってくるとこと、
そして朝5時に僕の方の予備校のロビー前で待ち合わせることに決まった。
もし彼女たちがNGでも、開始するまでのんびりと待てばいい訳だし。
僕はここで氷室君と別れ、自分の教室へと戻った。
長内君から朝5時集合でOKという返事を貰った。
男子はノコギリや草刈の道具を持参することにした。
いよいよ明日は女子寮の裏庭のお清めだ。
僕は始発で来ないとならないので、準備も含め一足先に帰路に着いた。




