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彷徨う道標 退魔師編  作者: sola
10/15

黒い影 後編

僕たちは負の『気』が充満するトンネルの入り口に立ち、これからどのように行動すればいいのかを聞いた。


「どうするの?」


僕が不安を隠しきれない表情で氷室君の方を向く。

すると氷室君もいつもの表情とは違って、かなり緊張した面持ちでトンネル内を見つめていた。

今まで見せたことのない『気』を放出している。

しばしの間沈黙が続いた。


その表情を見ていると、一瞬明らかに悲しみの表情になり、そして怯えの表情に変わった。

額から汗が流れ始めた。



氷室君はその怯えを払拭するかのように首を振り、そして僕の方を見た。

怯えはあるが、決して諦めの表情ではない。

しかし静かに、衝撃的な事を話し出した。


「僕の一人の手に負える相手じゃなさそうだ・・・」


僕は頭を何かで引っ叩かれたかのような衝撃を受けた。

一瞬頭が真っ白になって何も言い返せなかった。

それを見て氷室君は、


「・・・でも今は君が居てくれる。

二人で力を合わせれば、きっと上手くいくよ。

父さんのようにスマートにはいかないと思うけどね。」


そういうと腰のポーチから先日のとは違う独鈷杵を取り出した。

そして、


「君は僕の腰を両手でしっかり押さえていて欲しいんだ。

そして僕の『気』を意識してその『気』に君の『気』を接触させるだけでいい。

後は僕が何とかする。

とりあえず一度ここでやってみよう。」


僕は言われるまま彼の腰に手を当て、彼の『気』を意識した。

そしてその『気』に僕の『気』を重ねて放出・・・


僕は『気』の放出の仕方が分からなかった。

今まで『気』のコントロールなんてした事がない。


「そっか・・・

今までただ放出していただけだもんね・・・」


少しの間考えていたが、





「・・・分かった。

僕が君の『気』を捕まえる。」


そういうと彼の『気』が僕の身体を包み込んだ。

僕の気道に彼の『気』が流れ込もうとしている。


「楽にしていて♪」


正直なところ、自分の背骨(?)に他人の『気』を入れる・・・という行為は、決して気分の良いものではない。

自分でも意識せずに排除しようとする本能が働いてしまう。

以前黒い影が入り込もうとしていたのに較べればまったく比較にすらならないのだが、それでも無意識のうちに拒絶反応が起こる。


そうこうしているうちに突然僕の目の前が真っ白になった。

光り輝く光、でも眩しくはない。


何が起こったのか分からず、その真っ白な光り輝く中を見つめていると手が差し伸べられているのが分かった。

僕はその手を捕ろうと手を差し伸べる。

その手を握るとその手は僕を光の中に引っ張った。

その瞬間僕は物凄い勢いで光の中を進み、次の瞬間彼の背中が目に飛び込んできた。


「良かった!

上手くいったよ!」


彼が背中越しに僕に語りかける。


「しかし凄いな・・・

僕の思っていた以上だ。

これが天然※※の『気』か・・・」


初めて僕は自分の『気』を目の当たり(?)にした。

僕の『気』は様々な方向へうねを作って巻いていた。



逆に彼の『気』は非常に滑らかで澱みなく澄んでいて流れている。


やがて僕の『気』も彼によって流れ方が変わっていく。


「よし、このまま入ろう。」


彼が印を切る。

すると物凄い勢いで僕の『気』が流れ出る。

しかしそれもすぐに止まる。

それと引き換えに僕らは光に包まれる。


この感覚は僕がそう感じただけで、他の人ならまた別の感じ方をしたかもしれない。

もっともこの話自体を信じるも信じないも自由だ。

信じないと言っても、僕は一向に構わない。


今までもそうだったし、これからもそうだろう。

ごく一部の人間が理解してくれたらそれで良いと思っている。




話がずれた。

先を急ぐ。




僕たちはトンネル内に入っていった。


先程までの負の『気』で充満していたトンネルを、今はまったく意識せずにいられる。

しばらく歩くと、僕の『気』が再び流れ出した。

彼の深く身体の奥底に沈められている『気』が強く大きくなっていくのが分かった。


やがてトンネル内の照明がない場所に進み、更に進むと暗闇に包まれた。

後ろの方には照明が見える。




「ここだ。」


短くそう言うと彼はいきなり歩を止め、そしてある言葉を発し始めた。

勿論僕にはその言葉を解読することはおろか、何と言っているのかさえ聞き取ることが出来ない。

日本語であるのかさえ疑わしい。


その言葉一言一言には先ほどの『気』がたっぷりと乗っていた。

それだけは良く分かった。


後で彼に聞いたところによると『言霊』と言うもので、

言葉に『気』を乗せて、それで浄化をしていくのだそうだ。


その言葉に使われるのが『真言』というもので、相当な『気』を使うらしい。



僕らの目の前にそれは突然現れた。

まるで彼の『言霊』によって姿を現したかのようだった。


やはり黒い影の様だったが、それは「犬」だった。


その「犬」から強烈な負の『気』が放出されている。


その『気』は憎しみで満ち溢れていた。

彼を通して僕にも伝わってくる。

しかし、その『気』はどこか・・・悲しさにも似た憎しみだった。


彼が『言霊』に込める『気』を強くすると、その憎しみの『気』は一段と強く大きくなっていく。

もはや狂気の渦だ。


その「犬」が発する黒い狂気を、彼の『言霊』が浄化していく。

彼の思いが僕にも伝わってくる。

なぜか彼は、



「ごめんな・・・」


彼はそう念じながら言霊を発していた。

いつもそうなのかもしれないが・・・



最後に彼の放った裂ぱくの気合がその『犬』を浄化した。





すると彼が叫んだ。


「二人が危ない!!

依り代を捨てた!!」


彼はそういうと振り向き様に走り出した。

僕はそれに一瞬ついて行けなかった。

彼の腰から僕の手が離れる。


すると彼は何かに躓いたかのように転んだ。


僕自身も突然襲ってきた極度の疲労に目眩がして足がふらつく。

息苦しくて口で息をした。

最初に口で息を吸ったときにむせ返り、咳き込んだ。

思わず手を口に当てると手のひらに生暖かい液体がこぼれ落ちた。

目を凝らしてみると黒い。

いつのかにか僕は鼻、そして口から血を流していた。

それでも彼のところまで行き、彼を抱き上げた。


今まで僕は彼の後ろに立ち、彼の腰に手を当てていたので彼がどんな表情でいたのかまでは分からなかった。

今の転び方も顔から地面についたようには見えなかった。

足から崩れた様に見えた。



彼も両の鼻から血を流し、しかもそれが上着、ズボンにまで流れていた。

口からも出血している。

上着はまさに血だらけだった。



彼を抱き起こすと、彼は荒い息で僕に言った。


「このまま・・・

二人のいる車まで・・・

急いで・・・

連れて行ってくれるかい。」


二人は身体を引きずるように車に向かった。

今二人がいる場所はまだ照明がない場所だった。

遠くを見ると出口はかなり先に見える。


息も絶え絶えに彼は話す。


「僕の見込み違いだった・・・

あの程度の護符じゃ、『彼』には車は丸見えだ・・・

依り代を失ったら、長くは維持出来ない。

新たな寄り代を求めてなりふり構わずに襲ってくる!

・・・早く・・・『彼』を終わりにしてあげないと・・・」


僕は焦った。

しかし身体が思うように動かない。

気ばかりが焦って、前に進まない・・・


「『彼』とは一体誰だ?

先ほどの『犬』のことか?

それともあの黒い狂気の本人か?」


僕にはそれを聞くだけの余力は残されてはいなかった。




ようやく照明がある場所に到着したとき、思わず我が目を疑った。


なんと車がトンネルの中をバックしてくる。

まっすぐにバック出来なくて、時々トンネル内の内壁に後部バンパーを打ちつけ、擦っている。

擦れた場所から火花が散っているのが見える。

バンパーもひしゃげ、今にももげ落ちそうな勢いだ。


僕たちの傍まで来ると、車は止まり、しかもドアを開けて二人が飛び出してきた。


「大丈夫~~~ナナイちゃん!?氷室君!?」


「大丈夫かっ!!!ってうわーーーーー!!!!」


「ぎゃあ~~~~!!!二人とも死んじゃ嫌あ~~~~~!?!?!?!?」


僕たちは身構えたが、彼らからは邪な『気』は一切感じられなかった。



僕たちは二人に抱きかかえられるように車に乗せられて山道を降りた。


県道まで出たところで2人がコンビにで暖かい缶コーヒーとタオルを買ってきてくれた。

そのタオルで口と鼻を拭い、コーヒーでうがいをした。

身体が温まりようやく人心地がついた頃、

車で待っていた二人に、何があったのかを聞いてみた。

すると目黒君が、


「そっちで何があったか分からないけれど・・・

まあ・・・その様子をみたら想像絶することがあったとは思うけど・・・

でも・・・

俺たちもメチャクチャ怖かったんだぞ!!

まさか本当に来るなんて・・・

聞いていてもマジ殺されるかと思った!!」




コーヒーを一口飲み一息つくと話を続けた。


「車で待っていたら

ドーン!

っていう音がして、振り返ってみたら氷室君がトンネルから出てくるところだった。

車の横まで来ると

『もう済んだから帰ろう。』

って言うんだ。

確かにドーンっていう何か終わった様な音がしてたし、

実際終わったのかな?とも思ったよ。

でも氷室君一人しかいない。


まさかっ!?って思って、

『ナナイ君は?』

って聞いたんだ。

すると彼は、

『分からない』

って言うんだ。

そしてまたも

『早くドアを開けてくれ』

って・・・

もー心の中でヤバイ!ヤバイ!ヤバイ!って叫んでたよ・・・

それにさっきの合言葉にしても、その時はあまり信じてなかったんだけど、

どんどん氷室君が言っていた事が現実化して来た・・・

それで、恐る恐る・・・

『じゃ・・じゃあ・・・一応合言葉を言ってくれる?』

って聞いてみたんだ。

するとその氷室君は表情を変えずに

『もう大丈夫だからそんなのいらない。

必要ない。開けろよ。』

って言うんだ!

長内と二人で

『これって・・・マジ!?マジかよっ!?』

ってパニック寸前になった。



それでどうして良いか分からなくて

目を瞑って二人で手を握り合って二人でその合言葉を自分たちで言い合ってたさ。

そしたら車が

バンっ!

って音がして

ガリガリガリ!

って何かに引っかかれる様な音がして、

目を開けたら凄い形相で窓ガラスを引っ掻いているんだ!

怖くなっちゃって二人で大声で合言葉を叫んでたよ!!!」


すると長内君が、


「俺も見たよ!

なんか怒り狂った獣の様な凄い形相してて窓ガラスを必死に引っ掻いてた!!

で益々怖くなって、必死に合言葉を叫んでたら・・・

そしたら、だんだんガリガリする音が小さくなって・・・

そしたらたらどんどん薄くなっていくの!!

だから目黒君に合図して、もっと大きな声で合言葉を叫んでやったわ!!

見えなくなって音もしなくなってもしばらくは合言葉を言い合ってた・・・

で、ふと時計を見たら二人がトンネルに入ってから30分以上も経っていたことが分かって、慌てて二人を迎えに来たっていう訳よ。」


僕は依り代がいないと長くは持たないとは、こういうことだったのかと思った。

あの黒い影は自らの依り代を犠牲にして、彼ら二人に襲い掛かった。

しかし二人の気転で乗り移る事が出来ずに、消滅してしまったのだ。

しかし・・・

そこまでの執念をどのように持つまでに至ったのだろうか?

あのときに感じた悲しみがそうさせたのだろうか・・・


僕の思案をよそに会話が続いていく。


「あの合言葉を二人で言い合ったんだ!

なるほど、そうすれば確かに憑かれる可能性が低くなるな。

憑かれた瞬間もすぐ分かるしね♪」



すると二人が同時に、


「冗談じゃないよ!!」


と叫んだ。


「こっちは真剣だったんだから~~~!!」


「そーだよ!僕ら二人には霊感がないから、どーしていいのかまったく分からなかったんだから!」


安堵の為か、彼ら二人は喋りっぱなしだった。

ひとしきり話し終えたあと、車内に沈黙が訪れた。


コーヒーもそろそろなくなりそうになった頃、


「しかし・・・」


目黒君が再び口を開くと静かに話し出した。


「今まで俺は、あのようなモノを見たがってた・・・

いつか体験したいって・・・

どこかに自分だけは安全だって勝手に思い込んでいたな・・・

でも、実際に今回の様な目にあってみて、

初めて、自分はとんでもないことをやってたんだっていう事に気がついた。

前にナナイ君に祓ってもらってたっていうのに全然気付いてなかった。

霊感が強いヤツに憧れもしてたし嫉妬もしてた・・・

でも、実際体験すると・・・」


そこで一旦言葉を詰まらせ、そして、


「二人には悪いけど・・・

自分に霊感がなくて本当に良かったって思う・・・」




最後はうつむいて済まなさそうに話した。


「気にすることはないさ♪」


目黒君を気遣う様に氷室君が話し出す。


「僕だって同じ気持ちさ。

僕だってこんな『力』なんて無かった方が良かったって思ってる。

それはナナイ君も同じさ。

ただ、持ってるものは仕方がない。

生まれつき足が速い子もいれば、物覚えの早い子もいる。

そして中には霊感が強い子もいる。

ただそれだけさ。

駆けっこは足の速い子に任せておけばいいのさ。

無理をすることはないよ。

その人その人に合ったことをすれば良いだけだよ。」


そう言うと、彼は窓の外へと視線を移した。



運転席から身を乗り出しながら、


「ところでナナイちゃん!そっちはど~だったの!?」


すると目黒君が


「お前俺の話をきいてなかったのか?」


するとムキになって、


「それはそれ!これはこれよ!!

この話はも~すんだんだから~!!」


それを聞いていた氷室君が、ふと視線を車内に戻し、



「いや・・・

まだ終わってはいない。」


と僕ら3人をどこか、もの悲しい表情で見渡した。


「なになになに!?

まだ除霊終わってないの!?!?!?」


氷室君はちょっとの間を置いてから、


「あの犬を弔ってやらないと。」


小さい声で辛そうに話した。


あの「犬」とは、トンネル内で僕たちの前に現れたあの「犬」である。

氷室君が言うに、


「この一連の騒動の発端は、あの『犬』が無残に殺されてからスタートしている。」


という。


僕たちは再びあのトンネルに向かった。

つい先程まで感じていた、あの負の『気』は一切感じない。

いつしか雨は上がっていた。


懐中電灯を手に4人で先ほど「犬」が出た場所に戻った。

懐中電灯であたりを良く探してみると、トンネルの内壁と路面の境目辺りにいくつかの骨が見つかった。

更に探してみると、ほぼ全身の骨が見つかった。

しかも見つかったその骨は、殆どが折れている。

背骨は数箇所が折れ曲がり、頭蓋骨は何箇所も陥没していた。

脚と思われる骨は綺麗に切断されていた。

折れた痕をみると、それはどうやら生前に折られたものらしい。

轢かれたのとはまるで違っていた。



氷室君が静かに話し出す。


「この犬は、生前この場所で飼い主に生きたまま全身の骨が折れるまで叩かれ斬り刻まれ続け、

それで人間に対して恨みを持ったまま死んでいったのさ・・・

その飼い主がなんでここまでしたのかは分からない。

この犬自身にもその理由は分からなかっただろう。

あの黒い影の『犬』と対峙して『気』が触れ合ったときに、飼い主に叩かれ斬り続けられる様子がイメージで伝わって来ていた。

悪いのは人間だ。

飼い主がこの「犬」を殺してさえいなければ、ひどい目に遭わせていなければこんなことにはならなった・・・

この『犬』は・・・被害者なんだ・・・」


これを聞いて、誰もが押し黙った。

しばらく沈黙が続いた。


あの狂気の中で感じた悲しみの感情は、飼い主に裏切られた悲しさだったのだろう。


「どうして?なぜ?何か悪さでもしちゃった!?」


名前さえ分からないこの「犬」はきっとそう思っていたに違いない。


氷室君の感情の


『ごめんな』


というのには、こういう訳があったのか・・・



僕たちは出来る限りの骨を拾い、トンネル内では埋めることが出来なかった為、

トンネルの入り口の土の場所に穴を掘って埋葬した。


その「犬」が、今度こそ安らかに眠って欲しいと、僕らは祈った。



氷室君の唱えるお経が暗闇の中に静かに染みていった。







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