関所と市門、検問について
冒険小説を書いているため、関所と検問について知りたくなりました。今回はこのテーマで調べたことを書いていきたいと思います。
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場所と役割~関所と市門~
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<関所とは>
関所とは、交通の要所――軍事的、経済的に重要な場所――に設置された徴税・荷物検査(物流規制)・検問のための施設です。
例えば、東海道の箱根関所と中山道の碓氷関所は、江戸と京を結ぶ主要街道上の関東の入口に位置しています。江戸防衛の要――軍事的に大変重要な場所にあるのです。
ここで主に取り締まられたのは、『入鉄砲に出女』――①江戸に大量に鉄砲(武器)持ち込まれるのは、謀反の動きに他ならず、それを規制することで幕府に反旗を翻すのを阻止……と、②江戸から(人質にしている)地方大名の奥方が地方に逃げ帰らないよう見張る――です。
世界に目を向けますと、中国の洛陽八関(あの有名な函谷関もその一つ!)は軍事防衛拠点です――これらの関を突破しないと洛陽に攻め入ることができない。地方と地方を結ぶ山間部の狭隘路などにある――し、ヨーロッパでは例えばライン川の通行税を徴収するために川を見下ろす位置に城塞(ドイツ・プファルツ城など)が建てられたりします。
<市門とは>
対して、市門とは名前の通りヨーロッパなどにある城壁(市壁)で囲まれた都市への出入口です。
交通の要衝であるとは限りませんが、税関機能や外部からの旅行者を審査する検問機能がありました。乞食、浮浪者、ならず者、伝染病患者など、都市の治安維持に好ましくない来訪者は門前払いを受けたようです。
それから防衛面。こんな資料があるのです。
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「郊外に危険を認めた場合は、昼夜を問わずその場所を大声で告げ報せ」なければならない。〔ロットヴァイルの都市法、1546年(最終改訂)〕
「四人以上の騎士が市に接近した場合、見張りは角笛の吹奏でこれを報せる決まりがあった」〔ローテンブルク〕
参考文献/『経済学論集 57巻』より『市壁の文化史:試論』中島大輔著
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騎士は都市の安全を脅かす存在として、警戒されていたようです。
また、市門では物流の規制も行われていました。フランクフルト(ドイツ)では、穀物の輸出には特定の市門以外通ってはならなかった(物品の種類や量によって、通ってOKな門、徴収税額が細かく決められていた)ようで、関所と同じように流通規制が為されていたことがわかります。
こうして見ていくと、設置された目的や役割の重点に差こそあれ、関所も市門も共通点が多いですね。
<関所・市門共通の役割>
●防衛的役割(治安維持、防疫)
●経済的役割(関税徴収、流通規制)
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どうやったら通れるの?
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ここでは、ナーロッパ的世界観を前提に考えてみましょう。ただし、通信手段にメール等現代に匹敵する便利な技術はないものとします。相手先に確実に届く郵便制度もありません。離れた地点との情報のやりとりには、ときに大変な時差が出るわけです。
では、どんな人なら通過できて、どんな人が通れないのでしょう。
「ハイハーイ! 通行手形を持ってる人は入れて、持ってない人は入れない!」
ほほーう。
つまり、貴いも卑しきも人は旅に出るとき、どこぞに通行手形を発行してもらって、関所や市門を通るときに提示すると、そういうわけですね?
では、質問。
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①その通行手形は、信頼できるモノなのか?
②偽造の心配は? 本物と確認する方法は?
③あらゆる旅人に通行手形を発行&審査するのって膨大な手間がかからない?
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一つずつ考えていきます。
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①その通行手形は、信頼できるモノなのか?
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国内旅行なら、国の役人が発行した通行手形が効力を持つでしょう。書式が統一されているなり、ちゃんとそれが通行手形とわかればよいと思うのです。
けれど、群雄割拠の世界だったらどうでしょうか? もしくは海外旅行なら?
遠方から来た旅人が持っていた通行手形って、下手すれば、どこの馬の骨ともわからん奴が発行した通行手形にだって見えるわけです。それ以前に、異国語で書かれたソレが通行手形と見なされない場合だってありますよね?
こうしてみると、『国』なり『街』の発行した通行手形は、狭い範囲の旅なら使えそうですが、国を跨いだりする旅では弱そうです。
「じゃあギルドカード! ギルドカードが通行手形です!」
確かに。遠方への旅なら『国』や『街』より広いネットワークを持つ組織が発行した通行手形の方が役に立ちそうです。ギルドカード(冒険者ギルドだけでなく他の職業ギルド)だったり、宗教団体だったりが発行するものだったり。他にもあるでしょうか?
これに関して、面白い話をば。
〔宿屋の主人が発行した手形でも通れた?!~日本の関所~〕
江戸幕府が『入鉄砲に出女』を特に取り締まったことは前述の通りです。
箱根関所の資料を読むに、女性が旅する場合、彼女の通行証には①素性②旅の目的③行先④細かい見た目の特徴――それこそ髪型から顔かたち、手足の特徴に至るまで――が記載されていて、その内容と本人が一致しなければ関所を通れなかったとのこと。厳しいですね。
ですが、男性はなんと無手形でも通れたとのこと。なんちゅう格差や!
とはいえ、不審者認定されては堪らんと、通行手形を持つ男性が多かったようです。しかし、お役人が発行したものである必要はなく、大家さんや名主さん、さらには旅籠の主人の書いた手形でもOKだったそうで。「コイツはどこそこの〇太郎で特徴はどーたらこーたら……」を保証してくれる人さえいればよかったってことですかね。
蛇足ですが、箱根関所の通れる通れないは以下のようになっていました。
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〈正徳元年(1711)に幕府道中奉行が箱根関所に出した、五項目の取り調べ内容〉
一、関所を通る旅人は、笠・頭巾を取り、顔かたちを確認する。
ニ、乗物に乗った旅人は、乗物の扉を開き、中を確認する。
三、関より外へ出る女(江戸方面から関西方面へ向かう女性:出女)は詳細に証文と照合する検査を行う。
四、傷ついた人、死人、不審者は、証文を持っていなければ通さない。
五、公家の通行や、大名行列に際しては、事前に関所に通達があった場合は、通関の検査は行わない。ただし、一行の中に不審な者がまぎれていた場合は、検査を行う。
(資料)
よみがえった箱根関所
https://www.hakonesekisyo.jp/db/data_inc/inc_frame/fr_data_01.html
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②偽造の心配は? 本物と確認する方法は?
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通行手形がただの書付だと、偽造され放題だと思いませんか? 近距離の旅ならともかく、遠距離旅行では? 筆跡とか鑑定のしようがないと思うのです。
んじゃ、手紙に封をするときみたいに色付きの蝋にギュッと印璽を捺す? もしくは割印とか? うーん……でもやっぱり偽造されそう。
先ほど挙げたギルドカードにしたって、盗賊が弱い冒険者をやっつけて奪い取り、冒険者に成りすましたら……なんてこともあるでしょう。現代のように指紋認証も顔認証もないですし。私が読んだことのあるなろう作品では、魔力認証的なものはいくつか見つけました。こんなののアリ・ナシも考え所ですね。
偽造という事象そのものを、その世界の由々しき問題として物語に取りこむのも面白いと思います。
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③あらゆる旅人に通行手形を発行&審査するのって膨大な手間がかからない?
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ここでは、ちょいと史実から離れて、物語の世界観を作りながら考えていきます。
例えば、物語の中で国境を越えたり、城壁に囲まれた大きな街に入るとしましょう。
街なり国の管理者として、支配地域に入ってきてほしくないのはどういう人たちでしょう?
<招かれざる客リスト>
・武器を持ったヤツら
・伝染病感染者
・犯罪者
・敵国のスパイ&暗殺者
・貧乏人
・宗教指導者 etc.
【武器を持ったヤツら】は単独の冒険者、騎士、軍隊等々、領内の治安を脅かしそうな要素のある人間を指します。
だって、ねぇ? たった一人でも……例えばバトルアックス担いだ戦士や炎属性の魔法使いが街中で暴れたら大惨事になるじゃないですか。騎士にしろ統制の取れた軍隊でも、悪さをしない保障はありません。武器商人も遠慮したいですね。ヤバい武器をばら撒かれるのヤダヤダ。
ただし、魔物が跋扈する世界なら事情は変わるかもしれません。街中もしくはその近郊に人を襲う魔物が出ることが少なくないなら、武器携帯不可にしたら怪我人死人激増では? 治安にも影響しそうです。
【武器を持ったヤツら】の取り扱いは、この二点を考えると難しいですね。
例えば、ですが。領地の城壁を二重なり三重にして、庶民が住む外縁部には【武器を持ったヤツら】入場OK。貴族等支配者層の住む中心部では武器携行不可(武器持ったまま入場不可)もしくは警備人数増やして暴れられない雰囲気にするとか、折衷案を採用するのもアリかもしれません。
【伝染病感染者】にも入ってきて欲しくないですね。ペストみたいな致死率の高い病原菌を広めてくれたら、多くの領民が犠牲になりますし、人が減れば経済にも大打撃です。
でも、湯治場とかだとどうなんでしょう? 病人断ったら商売あがったりにならない? うーむ……迷うなぁ。
【犯罪者】は【武器を持ったヤツら】同様に、治安を脅かす可能性が高いです。【敵国のスパイ&暗殺者】も怖い。
【貧乏人】は状況にもよるでしょうか。領地を訪れたとしても、治安を悪化させる恐れこそあれ経済を潤す可能性は低い貧乏人。でも、宗教的には『善行の対象』として需要があったりするのです。(乞食は職業なのです!)
【宗教指導者】も厄介です。世界に宗教が一種しかないなら、【宗教指導者】の訪れは歓迎すべきものかもしれません。ですが、世界に複数の宗教が存在し、かつ訪れた【宗教指導者】が他の宗教に寛容でない場合、逆に領内が余所の宗教認めんぞ状態の時、【宗教指導者】の来訪は火種になり得ます。
はい。長くなりましたが、これらの<招かれざる客>を入れたくないがために、あらゆる旅人に身分証明書なり通行許可証を発行して、厳正に審査する――どえらい手間だと思いませんか?
【武器を持ったヤツら】も【伝染病感染者】かどうかもはっきりしない病人、【貧乏人】……めっちゃいっぱいいますよ。どうしよう?!
少し前に取りあげた、日本の関所のやり方(宿屋の主人の書いた通行手形で通過OK)がとても合理的に見えてきませんか?
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物語上の設定をどうするか
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これらのことを踏まえて、実際、異世界なりファンタジーな世界をどう設定するかという話ですね。思いついたことから書いていきます。
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①入門料(入場料)を取る
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貧乏人対策です。街の規模や地域の抱える事情によって、金額を弄った方がいいかも。
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②身体検査をさせる
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伝染病感染者、犯罪者、武器を持ったヤツら対策。痘痕の有無とか、異様に痩せていないかとか。
あと箱根関所の資料でもあったように疵(疵痕)の有無。武器を振りまわす職業なら、身体に傷の一つや二つはつくでしょうし。
それから入れ墨の有無。江戸時代の入れ墨刑のように、やらかした人間に簡単には消せないマークをつける方法を取り入れれば、判別が容易です。
話はズレますが、入れ墨刑って追放者にも使えそうですね。絶対戻ってこさせないどころか他の街にすら入れない――何が出るかもわからない街道を彷徨い続けるハメになるのですから。
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③城壁(検問)を多重にする
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街の構造を、例えば中心部からドーナツ状に壁で囲って区分けする。外縁部に各種ギルドや宿屋を含む庶民街を、支配者層や富裕層の住む区域は中心部に配置します。
中心部へ入るためには、より厳しいセキュリティ基準をクリアしなければならないようにします。こうすれば、武器を持ったヤツらの大半は外縁部までしか入れません。魔物討伐等で程よく利用し、宿代食事代等で金を落とさせつつ、街の中枢部を守れますよね。
狭いエリアだけなら、兵士など警備要員を密に配置しても、街全域に配置するよりはたぶん安上がりです。
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④程よいチェック&排斥体制をつくる
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領主だけで、すべての旅人を管理するのは大変です。なので、一部委託しましょう、という話。
商人や武器を持ったヤツら、巡礼者や職人――さまざまな旅人がいます。なので、職業によって入る門を分けます。で、ギルドならギルドの人間が、巡礼者なら教会が、学生なら学校が旅人を審査。入ってOKなら招き入れ、NGなら門まで送ってサヨナウラ。
余談ですが、中世ドイツの石工さんには「身分証明ステップ(?)」というものがあったのです。とても複雑なステップとお作法を間違いなくこなせるかで、門下の職人かどうか見極めるんですって。なんでも、身分証明書を持たせても、チェックする側の親方たちが文字を読めなかったから考案されたのだとか。
〔資料『中世を旅する人々~ヨーロッパ庶民生活点描~』阿部謹也著 平凡社 p197〕
また、身分証明をクリアしても、訪れた街で働き口がないと三日以内にその街を出て、他の街に行かねばならない制度もあったそうです。(同資料p195)
遍歴職人さんの逸話は、調べてみると面白いことがたくさんです。
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⑤身分証明書発行基準を厳しくする
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手間がかかるなら、大量に作らなきゃいいのです。発行手数料を高くして、なおかつ旅に出てOKの基準を厳しくします。
街なり領地なり、人(労働者、生産者、納税者)が流出することは経済的にも軍事的(防衛面)にも脅威だと思うのです。
史実においても、例えばとある都市が遍歴職人をたくさん抱えた背景には、同業者組合(〇〇同盟)として戦争をやっていたりするのです。職人さんが戦闘員と化しているわけですよ。
あ。逆に、都市の職人人口が頭打ちになって職人さんを養いきれなくなり、生活に不満を抱えた職人集団(要は不穏分子、ね)を抱える事態を避けたくて、遍歴強制制度が作られたっちゅう逸話もあるのですけどね。
とりあえず思いついたのはこれくらいですかね。また何か思いついたら書き足そうと思います。