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  フェリクス殿下の麗しいお顔は、憂いを帯びていた。

  どうしてこうなったんだと言わんばかりに悩ましげな彼の様子。


「私は、運命の出会いをしたと言ったよね」

「ええ、そうですね?」

  運命の出会いというより、不審者との出会いではないだろうか。

「あの夜は、そう。月だけが湖を照らしていたんだ。そこで女神に出会った。銀色の髪は月に照らされて、紫の瞳は水晶のように澄んでいて、まるで湖のように透き通っていた」

  どうしよう。殿下の口から語られると幻想的に聞こえる。

  フェリクス殿下は、恍惚としたようにほうっと息を吐いた。

「静謐な空間で、湖が風に吹かれた微かな水の音以外には誰も私たちを邪魔する者などいなかったんだ。彼女はかそけき声で言うんだ。見てはいけない、と。人ならざる彼女は、私のような愚かな人間が目にしたら消えてしまうのだと思う」

『これは酷い』

  そんなの言われなくても分かっている。美化されまくっていて怖いくらいだ。

「彼女は生まれたままの姿で、白く透き通るような白く滑らかな肌を晒していた。恥じらうように狼に身を寄せた彼女は、その狼と話をしているようだった。きっと人間には理解出来ない言語なのだろうね」

『こやつ、ご主人の裸をどこまで見ているのだ。がんみ……というやつではないだろうか』

  頭を机にガンガンと打ち付けたくなった。

「それは一昨日のことで、私は一目惚れをしてしまったんだ。あれから彼女を探している。……だから、正直に言うと今の状況は不本意で」

「何かおありで?」

  先程までの語り口調には口を挟めなかったが、ようやく具体的な話が出来る。

「私が女っ気が全くないことを貴女は知っているだろうか?」

「ごめんなさい。私、あまり必要最低限しか夜会に顔を出さなかったものでして、実は殿下とお話するのも入学してからなのです。貴方様の噂もあまり知らずにいまして……」

「なるほど、珍しい。……実は、女性とあまり私的な交流をして来なかったからか、噂になることもなくてね。自分から声をかけることもなかったし」

「リーリエ様にお声がけなさったのは珍しいことだったのですね。それは、申し訳ないことをしました」

  あの時、空気を察して不本意そうな殿下に配慮していれば良かったのかもしれない。

「私から話しかけたということで、変な話題になってしまっているんだ。婚約者だとか一目惚れ同士だとか。そういうのは困る。私には好きな人が居るのに。いつか政略結婚はしなくてはならないけれど、せめて学園に居る間は猶予期間であって欲しかった」

  彼にとっては今だからこそ、噂になって欲しくなかったのかもしれない。

「周りにとやかく言われるのは確かに嫌ですね……。尚更悪いことをしました」

「レイラ嬢は悪くないよ。……元々、父上からは光属性の魔力の持ち主である光の巫女を気にかけて支えるようにと言い含められていたから、遅かれ早かれこうなったんだと思う」

  ふと、原作の彼らを思い浮かべる。

  ゲームの中のリーリエは周りに貴公子たちを侍らす形になっては居たけれど、最初の頃は誰と誰が恋人関係だなどという噂は立っていない。フラグを立てる前は少なくとも、皆と仲が良く、攻略対象たちに守られていた。

  ちなみに兄も臨時教師として、学園に顔を出す予定ではあったが、叔父様からストップがかかった。

  あまりのシスコン暴走気味に「貴方は来なくて良い」とはっきり言われたので、入学式の時点でフェードアウト。

  領地に送られて、書類の日々だとか。

  まさかシスコンの影響がここまでとは。

  何故、ゲーム序章では恋愛関係の邪推がされていなかったのか?

  ふと、顎に手を当てて考えて、思い当たる。

  そういえば、彼らはリーリエを特別な力を持つ存在だから気にかけているのだと最初から表立って口にしていた。

「最初から公表?」

  思わず口に出してしまって慌てて口を押さえる。

  殿下は唖然とした顔でこちらを見つめている。

  と思いきや、みるみるうちに目が輝いていく。

「確かに、その情報を秘匿しろとは言われていないし、もし機密事項なら予め言われているはず……。そうか! 最初から公表してしまえば、腹を探られることもない!」

「確かに、やっかまれて命の危機に晒されるよりはマシかと思いますが」

  シナリオ上ではそれで問題はなかったけれど、この世界は現実だ。

  大丈夫なの?

「ありがとう! 気が楽になったよ。それで何人かにも協力を頼めば良いかもしれない」

  もしや、他の攻略対象だろうか?

  この世界は現実のようで居て、奇妙な布石が存在しているような気がする。

  乙女ゲームの序盤に至るまでに、もしかしたらこの案を出したのは婚約者のレイラだったのかもしれないし、そうでないかもしれない。

  私が言わなくても、他の誰かが提案していたかもしれない。

  これは、シナリオ補正?

  奇妙な感覚になる私に、殿下は頭を下げる。

「殿下!? そんなことなさってはいけません!」

「話を聞いてくれてありがとう。気持ちを吐き出したら楽になっただけではなく、今後の方針も決まった。何より、初恋の話が出来るのは貴女だけだから」

「は、はあ……」

  私にされてもすごく困る。

  それでも彼がさっぱりとした顔で出ていったのだから、良しとしよう。

  話を聞いているだけだが、それで少しでも気持ちが晴れてくれるなら、こちらとしても嬉しい。うん。それで良いや。

『こうして、ご主人は王太子とその騎士を手懐けたのであった。次回へ続く』

「その文芸雑誌の次回予告みたいなの止めてくれない?」


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