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「今日のノルマは終わり、と」

  魔法回復薬。つまりは、医務官助手として、ひたすら調合をしていた入学式が明けて次の日の放課後。

  よく効くと噂の叔父様の薬だが、最近では調合方法を直々に教えて貰っている。

  まずは基本的なものを作っているが、それを覚えた瞬間、叔父様は医務室から続く研究室へと篭った。

  研究をしたいが為に使われているような気がするが、まあ学園生活をしないでいるので、それよりはマシ。

  医務室に人は来る。純粋に切り傷や軽傷、気分が悪くなった生徒はよく来る。

  たまに雑談しに来る人は、はよ帰れと言いたい。

「さて、実技試験対策をしないと……」

  戦闘訓練なんて何故あるのだろうか。別に私は生まれ変わって最強になるつもりはない。

  とりあえず、防御膜(プロテクション)の方法を勉強しておく。

  前に一度だけ張ったことがあるので問題はないのだけれど。

『ご主人。その魔術に応用を効かせるとだな、防御面だけではなく防音効果や偽装も出来るのだ』

「ふむふむ」

  応用としてのやり方をルナに細かく教えてもらっている最中だった。

「匿ってくれ!」

「は?」

  不躾だったので思わず低い声で威圧してしまった。

  突然ドアを開け放たれ、慌てたように駆け込んでくるのは、ある意味見慣れた人物。

「王太子殿下。昨日ぶりですね?」

  彼との婚約者フラグは早々に叩き折ったはずなのに、顔を合わせることが多いのが不思議だ。

「私を上手く隠すことは出来ない?」

  全力疾走して来たらしい彼は、どうやら私に助けを求めて来たらしい。

  保健室的な役割を求められているなら、吝かではない。

  保健室の先生は生徒に寄り添うべきだと私は思う。

  あくまでも医務官助手なのだが、まあ似たようなものだと思う。

  引きこもってはいたが、前世よりは社交も人並みに出来るので問題はない。

  好きではないけど。

「じゃあ、実験も兼ねて。殿下はソファの後ろ辺りにお立ちください」

  人工魔石結晶のペンダントに力を込めて、一番扱いやすそうな風のエレメントに変換し、防御膜を魔術で形成する。

  闇属性っていうのはあまり知られたくないし。

  闇属性も珍しいといえば珍しいので。

  人工魔石結晶。六つの属性ごとの石があり、術者の魔力を別の属性に変換する代物だ。

  赤い魔石結晶は火属性。青い魔石結晶は水属性といったように色によって属性が異なる。

  赤の魔石結晶を使えば、私のような闇属性持ちも火属性魔法が使える。

  もともと魔石結晶にそのような性質があったのだが、叔父様が人工的なそれを造り出してから、魔術界は震撼した。

  もちろん元来の属性持ちには敵わないけれど、そこは術者の技術と修行でカバー出来る。

  そのため属性による差別もなくなったという。

  叔父様を学園が手放したくないのはそれが理由だ。

  ソファの横に立った彼の周りに空気の膜のようなプロテクションを張り巡らせ、先程の応用を施す。

  音の遮断と、偽装ならば、空気の揺らぎを増幅させれば付与しやすいだろう。

『おお。実技としては完璧ではないか?そなたは筋が良い』

  ルナの教え方が上手い。なんというか、イメージが浮かびやすいように指南してくれるのだ。

  そして褒めて伸ばすなんて。

「そのままで居てくださいね」

  見えたらごめんなさい。たぶん大丈夫だと思うけど、先に謝っておきます。


  そして、くるりと振り返ってドアの方へと歩いて行くと、目の前で突然ドアが開かれた。

「きゃああああ!」

「うわああああ!!」

  ドアを開けた人物も驚いているが、どちらかと言えば私の方が驚いているのだけど!?

  ふと、入室してきた人物を眺める。

  え? 何でここに?


  癖のある紺色の髪にレモン色の瞳。真新しい制服に身を包んだ青年。


  ハロルド=ダイアー。

  伯爵家次男。高名な騎士を輩出しているという名門貴族。


  攻略対象その二。

  堅物騎士という王道なキャラクター。

  殿下の傍に昔からお仕えしている幼なじみでもある。


  もしかして殿下はこの人から逃げていたの?


「とりあえずお茶でも飲みますか?落ち着くので」

「た、頼む……」

  女子とどう話して良いのか分からず、目が合わないし、挙動不審だったが、まあ良いとしよう。

  とりあえず殿下の方を向くと、首を振っていたので、とりあえずこのまま観察させていただくことにする。

「どうぞ。冷たいお茶です。疲れの取れる魔法がかかっているそうですよ」

  言外に私は作っていないと強調しておく。

「ありがとう。いただく」

  お茶を飲んでいる彼を横目に出しっぱなしだった書類をファイルに閉じている。

  彼が落ち着いた頃を見計らって声をかけた。

「何かご用でしたか?」

「殿下を、探していて……」

  ちなみにハロルド様は普通に問いかけただけでも、目を逸らしてしまうという純情少年である。

  案の定、先程から目が合わない。

「……話をしても良いだろうか?」

「どうぞ?」

  とりあえずハロルド様が座っている向かい側のソファに座ると、彼は愚痴を零すように話し始める。

「今日はある噂で持ち切りだった……」

「ああ。フェリクス殿下がリーリエ様を気にかけているという噂ですよね。ここに居ると生徒さん方がたくさん話して行かれますね」

「どう思う?」

  やけに真剣そうに問いかけられるが何を聞こうとしているのか分からない。

「どう思うというのは、二人の仲を傍から見るとどう思うかということですか?」

「そうだ……。これは婚約などを前提にされているのだろうか? もしそうならば、護衛対象が本格的に増えることになるが……時期尚早なのだろうか?」

「ちらりと私も目にしましたが、リーリエ様はともかくとして、殿下の方は特に深い思いはなさそうだったと思います」

  ちらりと近くにいる殿下を見やると、こくこくと頷いていた。

  どれだけ否定したいの。このお方は。

「随分と焦っておられたのは何故ですか?」

「何故? 何故なのだろう? ……その噂を耳にして、それが本当なら殿下は苦労されると思ったのだ。元平民が相手となると色々と大変だろう? 殿下のお相手ならば、不審なものかどうかも確認しなければならない。殿下にはそのような噂が全くなかったので、その噂を聞いたら目の前がカッとなって……」

「貴方は殿下のことを心配なさっておいでだったのですね。顔が随分と引き攣っておいでですが、その顔ですと殿下も驚かれますよ」

  そして今は顔が怖い。普通にしていれば普通のイケメンなのだけど、余裕がなくなると顔が怖くなるという彼の悪癖。

 その勢いでいきなり迫られたら本能で逃げ出したくなるのも仕方ない。

  そういえば、殿下とハロルド様のエピソードで剣の稽古をするシーンがあった。

  昔から鬼気迫る顔で殿下を追いかけ回して、過酷な修行へ連れて行こうとするものだから、殿下は軽くトラウマみたいになっているというほのぼのしたエピソードだ。

 フェリクス殿下は必死に逃げるし、追いかけるハロルド様も途中から余裕がなくなるので、彼の顔は時間が経つにつれて恐ろしいことになる。

 特典小冊子に限定スチルと共に掲載していた。

「顔が、怖い? もしや、だから聞き込みをしても上手く行かなかったのだろうか?」

  ハロルド様は時折顔が怖いイケメンだが、根は優しく純情で、そのギャップが良いと前世では人気だった。

  この世界のご令嬢でも、近寄り難いが精悍な男前だと令嬢たちに騒がれている。

  ただ、余裕がなくなったり焦ったり緊張すればする程、顔が強ばるので怖い。口下手なので、改まって何か質問しようとする話しかけようとする時も怖い。緊張状態なのだろう。

「とりあえず、これでも被って声をかければ怖くないのではないかしら?」

  昨日掃除していて見つけた謎の仮面。

  ひょっとこみたいな仮面だ。

  ひょっとこなんて、この世界にはないはずだけど、ひょっとこ仮面と呼ぼう。


  強面イケメン騎士様に、ひょっとこ仮面を進呈するという混沌さに我ながら何をやっているのだろうと思う。

「とりあえず今、誰かにお声がけするなら落ち着いて、この仮面を着用なされば話を聞いてくれるでしょう」

  腹が捩れそうになるけども。

「恩に着る!」

  ぱあぁっと明るくなったハロルド様の笑顔は眩しい。

「今は自然に笑えていますよ」

「そ、そうか……。君が怖がらないからかもしれない」

  一応、転生した身だ。彼の事情は少しは知っている。

「それで、本当にリーリエ嬢とは何もないのだな」

「何もないと思いますよ。昨日の今日で恋が育つなんて、そんな訳ないですよ」

「そ、そうだな。常識的に考えてそれはないだろう。すまない。少し焦ってしまったせいかもしれない。迷惑をかけてしまった」

「いえいえ。ご武運を?」

  満足げに去っていった彼を見送った後、プロテクションを解いた。

「という訳ですから、殿下。あの仮面を付けている時は話を聞いてあげてくださいね」

「あの状態のハロルドと普通に会話が出来るなんて、貴女は猛獣使いか何かなの?」

「いえ、医務官助手です。早く彼のところへ行って話をしてきて下さい」

  早く出ていってくれと言外に告げれば、何故か肩をガシッと掴まれる。

「え?」

「私の話も聞いてくれない?」


  私は一体何に巻き込まれているのだろう。



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