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入学式は恙無く行われた……はずだと思いたい。
フェリクス殿下のお言葉は立派だったし、国内有数の音楽家たちのオーケストラは見事だったし、先輩方の魔術披露も素敵だった。
魔力で造られた花びらが舞う様子は素敵だった。
学園のホールだけあって、大勢の新入生が入っても余裕のある広く絢爛な空間。
美味しそうなケーキ。後で絶対に食べよう。
そんな学校関係者挨拶で、私も挨拶をすることになった。
舐められたらどうしようだとか、虐められたらどうしようだとか、変な目で見られてガン見されるのも嫌だなあとかグルグル悩んでいたら、ルナが緊張しないための精神安定魔法をかけてくれた。
精霊万歳!
とりあえず引きこもりボッチ歴が長い私としては頑張った。魔法をかけてもらわなかったら、きっと倒れていたに違いない。
「医務官助手のレイラ=ヴィヴィアンヌと申します。この年齢ですが、既に卒業資格を得、医療関係者としての資格を保持しておりますので、生徒の皆様方に置かれましては、どうか遠慮なくご相談をなさっていただければと思います。皆様が有意義な学園生活を送れるように尽力させていただきますので、今後ともよろしくお願いします」
言い切ってホッとした後、割と好意的な拍手でもって迎えられた後、叔父様の番になった。
「セオドア=ヴィヴィアンヌ医務官です。医務室長でも先生でも好きに呼んでください。よろしくお願いします」
適当すぎる自己紹介に、冷たい目を向けそうになるがグッと堪える。
私は挨拶を頑張って考えて来たというのに、隣の叔父様はこんな適当で良いなんて許されるのだろうかとか色々と言いたいことはあるが、私の立場からは何も言うことはない。
こうして入学式は恙無く終わったのだが、満面の笑みのセオドア叔父様は、私をパシリとして使う。
医務室に戻った側から、図書館の論文資料を持ってこいとのことだ。
「叔父様が取りに行けば良いのに」
「嫌です」
どうやら部屋から極力出たくないらしい。
私よりも酷い引きこもりを見た。
「本当にレイラを助手に出来て良かった。とても都合の良──とても信用の出来る人材ですよね」
今、この人都合の良いとか言った?
「……」
有能でイケメンだから許されているが、なんて酷い上司だ。
とりあえず、逆らっても無意味な気がしたので、大人しく図書室に向かうことにする。
『ご主人。面白いから少し聞いてみろ。今、音声魔法で周囲の声を集めてみる』
「……?」
周囲の声?
何をするつもりかと思いつつ、白衣のまま廊下を歩いていれば、周りの皆がじっとこちらを見つめているのが分かった。
そして、周囲の声が鮮明に聞こえてきたのである。
『レイラ嬢。美人だなあ。しかも飛び級で頭も良いと来た』
『この年で働いているなんて、特別な方なのね』
『ヴィヴィアンヌ家は変わっているが、優秀な人材ばかりだからな。納得と言えば納得』
『足が細いなあ!胸も大きいし』
『お前、どこ見てるんだよ』
『眼鏡の似合う美人に踏まれたい。柔らかいところに指を差し込みたい』
「……」
声を拾うのは良いけれど、取捨選択して欲しかった。酷い会話を聞いた。
死んだ目のまま、図書館へ向かう。
とりあえず廊下を歩くだけでも図書館に入るだけでも当たり前だが注目を浴びる。
『論文資料を確認しているぞ。さすが才女』
『貴族令嬢なのに、勿体ないわね。あんなにお綺麗なのに。眼鏡を外してうちのドレスを着せ替えしてみたいわね』
中身はともかく、レイラの見た目は極上なのである。
『憂いを帯びた表情ね。きっと私たちには考えの及ばない崇高なことをお考えなのよ』
現在、認識齟齬に頭を抱えたくなっているだけとは誰も思わないだろう。
一番上の棚にある資料を取ろうと四苦八苦しながら、私の目は死んだ魚のようになっていたと思う。
『ご主人、面白いだろう? 認識の齟齬とは、劇的だ。ご主人が飛び級というのも──』
話途中で彼は影の中に鼻を引っ込めた。
何かと思いきや、身長が足りなくて届かなかった資料に他の手が触れた。
何か既視感があるような?
「レイラ嬢、先程ぶりだね。はい。これ」
届かなかった資料を渡される。
「ありがとうございます、殿下。……此度の新入生代表の挨拶、とても見事でしたわ。身が引き締まる思いでした」
何故、彼がここにいるのか。
この既視感。
嫌な予感がして堪らなかったが、どうやらその予想は当たったらしい。
「きゃあ!」
近くで可愛らしい声が上がった。
ヒロインのリーリエが高いところにある本を取ろうとしてすっ転んだらしい。
イベントをまたもや潰してしまった?
私としては、あまり殿下とは関わりたくないので、婚約者に据えられる前に、殿下とヒロインにフラグが立ってしまえばと思っていたのだ。
倒れ込み、周りを見渡すリーリエは、フェリクス殿下を見つけると期待するような瞳を向けた。
受け身ではあるが、乙女ゲームヒロインの資質として、どうやら王子様に憧れる乙女であるらしい。
「殿下。……差し出がましい意見ではありますが、お声をおかけになっては? 何か期待されているようですし」
「ええと、他の者も周りにいるし……」
本を取ってくれる者も助け起こしてくれる者も他に居るだろうと彼は思っているのか、あまり介入しようとしない。
貴方、メインヒーローなのではなくて!?
あまりにも期待の篭った瞳に耐えきれなくなったのだろう。
殿下は、仕方なしと言わんばかりにリーリエの方へと向かって行く。
どうやら根が素直らしい。
だが、この時、私は知らなかった。
珍しい光属性の魔力の持ち主が、どんな形であれ王太子に気にかけてもらったという事実が周りにどう思われるかを。
ここは現実で、ゲームではないことを知ってはいた私ではあるが、深く物事を考えてはいなかったのだ。