4
この世界には魔法というものがあり、属性は6つ。
火、水、風、土、光、闇。
その中でも光属性の魔力を持つものは非常に少ない。
闇属性の魔術師は、他の属性よりは少なめだが、まあ普通に居る。
光属性の持ち主は強力な治癒魔術を使うことが出来るらしいが、光属性魔力を持つ者自体少ないので、あまり知られていない。
闇属性は、その名の通り闇に纏わる魔術に秀でているので恐ろしい……と思われがちだが、光属性を除いた属性の中で唯一、治癒魔術を使えるのである。光属性程、劇的な効果をもたらす訳ではないので、回復には何日も要する。
まあ、治癒魔法薬を飲んで安静にしてという比較的普通の医療現場である。
医療従事者は闇属性魔力の持ち主が多く、前世の日本医療くらいの技術とそう変わりないように思える。
そのため、この世界では闇属性という魔力は厭われていないのだ。
まあ、叔父様の発明品のおかげで差別も何もかもなくなったようなものだけど。
それでも光属性魔力の持ち主は珍しいため、この世界のヒロインは、ヒロインたる資格を有している。
特別な力を持つ、可愛らしい女の子。
そんなリーリエは攻略対象と絆を深めていく。
まず最初のイベントでは王太子に手当してもらうというイベントがあり、それはそれは麗しいスチルと共に描かれたのだが。
湿布──これももちろん魔術により、回復効果がある──を貼りながら、まずいなあと思いつつ、笑顔を浮かべる。
「そろそろ入学式が始まるようだから、貴女は戻っていた方が良いよ」
「は、はい……」
ヒロインのリーリエは、チラチラとフェリクス殿下を眺めて、少し残念そうにしている。
イベント終了どころか、イベント未履修になるとは!
それに気付かないばかりか、あまり気にしていない素振りのフェリクス殿下は、リーリエが部屋を出るのを確認してから、私に話しかけた。
「確か、貴女は私と同い年だったよね。まさかその年からこうして仕事をしているなんて、珍しいね」
何やら興味を持たれたようだ。
深い青をした瞳には好奇心が宿っていて、何やら面白いものを見つけたとでも言わんばかりだ。
普通の令嬢は伴侶を見つけるために夜会へと赴き、学園に通う機会があるのならそれを大いに利用する。
飛び級や、通信制度を利用する人は少ない。
チャンスが減るから。
そんな中、悪目立ちしてしまうのは仕方ないが、興味を持たれるとは思わなかった。
だって、医務官の助手程度に目を止めるなんて想像だにしなかった!
医務官の助手程度に!
「私は昨日、運命の出会いをしたのだけど、少し貴女と似ているからか、なんとなく気になってしまって」
本人である。
ああああああああ。
顔に貼り付けた笑みが崩れ落ちそうだ。
「運命の出会い……。その頑張ってください。遠くから応援しています」
「うん。貴女には打算もなさそうだし、時折話でも聞いてもらおうかな」
待って。どうしてそうなった。
「全く知らない相手になら、逆に色々と話せるような気がするし」
「ええと、私などが殿下のお話相手になるかどうか……というのと、もっと私などよりも相応しい相手が……」
私の顔は引き攣っていて、どうやら本気で遠慮しているのが分かったのか彼は面白そうに微笑んだ。
「うん。打算のない相手ってなかなか見つからないから、見つけたら友達になることにしているんだよね」
王太子たる彼の危機察知能力だろう。自分を不当に利用されないための。
なるほど。彼は様々なところにコネを張り巡らせるタイプと見た。
「殿下。そろそろお時間だと思うので、そろそろ向かわれたらどうでしょうか。新入生代表ではありませんでしたか?」
「さすが、学校関係者。色々と知っているんだね」
前世の記憶なので、別に誰かから聞いた訳ではないが、言うことでもない。
「それじゃあ、またね」
医務室から出ていったのを見送って、床に崩れ落ちる。
『仲良くしてどうする』
気がつけば隣に居たルナ。
「どう見ても不可抗力だったわよね!?」
私に非はない。
『身元が知れるのも時間の問題かもしれぬな』
「どうしよう……本名を言ってしまった……。ルナ……貴方の姿を見られるのもまずいかも」
『問題ないぞ、ご主人。姿はいかようにも変えられるからな』
ぱっと振り向けば、雄々しく立派な狼ではなく、可愛らしいもふもふの黒い子犬が隣にお座りしていた。
無意識にその小さなもふもふを抱き上げて胸元に抱き締め、顔を埋めた。
なんて癒しなんだろうか。
こんな可愛いもふもふ。
『ご主人。乳がまた大きくなったか』
「……」
余計なことを言い出したりさえしなければ。
可愛い風貌の癖に乳とか言うの本気で止めて欲しい。
「とりあえず、そろそろこちら側も準備の段階だから……叔父様を呼ぶとしよう……」
入学式に学校関係者席に居なければならないので、そろそろ声をかけようと思ったのだが。
ふと顔を上げたら、いつからこの部屋に居たのか、熱意の篭った叔父様の視線が私──の腕の中に居る子犬に向けられていた。
あ。ペット厳禁よね。
さすがに怒られると思っていたのだが、叔父様の目に怒りの色はなかった。
この人は静かに激怒する人なのだが、どうやら怒りの気配はない。
「レイラ。その……その胸に抱いている子犬は……」
「ええと……」
拾いました? 連れてきました? なんと説明しようか。
「精霊……それも闇の精霊ですよね……。その闇の魔力は小さくとも隠すことなど出来ない」
『ほう。私の正体を見破るか。この男、出来る』
「なんと! 口を利けるとは……! ますます興味深いですね!」
「叔父様。声が聞こえるの? 確か、契約者以外と会話が出来ないのでは……」
うっすらとした知識しかないが、そんな話を聞いたような……?
『保有した魔力の属性が同じ場合は例外だ。魔力があり、魔術の才のある者は、姿を目にすることが出来、声を聞くことが出来る。先程の王太子は属性が違うがな』
そのような理屈があったらしい。初めて聞く情報なので興味深い。
「精霊の契約と意思の疎通にそのような意味合いがあったのですか!? これは研究をしなければ! レイラ! 何故ですか!! 何故、叔父様にそれを伝えてくれなかったのですか!? 精霊……しかも闇属性とは、やはりこれは神の采配としか思えないというのに! ああ……レイラ。ずっと……僕の傍に居てくださいね……」
「……」
面倒だったから言わなかったということを、叔父様は理解しているのだろうか。
今にも部屋から参考資料を取りに戻ろうとしている叔父様の腕を掴んで、ニコリと微笑んだ。
「叔父様。入学式よ。仕事の時間よ」
『ご主人の周りの男は変な奴しか居ないな』
「おお! やはり、精霊契約は主従の関係に近いのですね! それも術者の方が主で──」
叔父様はちなみに恋人いない歴=年齢である。歳は三十手前なのだが、大体の理由がこれだ。