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  灰色のローブを纏った真紅色の髪は、横髪が長くはみ出していた。長い前髪から覗く金の瞳は、こちらを見透かすようだ。

  高い身長は威圧感すらある。

  ただ者とは思えない男が階段の手すりを支えにして、こちらを見下ろしている。


  隠し攻略キャラクター。

  クリムゾン(真紅色)=カタストロフィ(の破滅)


  もちろん偽名だ。彼は本来の名を捨て、自らが付けたその名を名乗っている。

  なんというセンスだ。


「どうやらお客様が2名程、居らっしゃるようですね。まさか気付かれるとは思いもしませんでした。そんなあなた方と仲良くお話をしてみたい」


  丁寧な言葉使いで、とても友好的な態度だが、クリムゾンの持つ威圧感はとてつもない。

  無邪気な声音は純粋そうに聞こえるというのに。

  だけど、にっこりと笑ったクリムゾンに悪意は見当たらない。


  私の前に立ち塞がり、守るようにしてノエルが1歩踏み出した。


「おっと。お姫様を守る騎士さんですか! 物語のようでけっこうです」

「……」

  やはり、こちらの工作などバレているらしい。

  隠形魔術を使っているのに……。


「うーん。上手い術式ですね。無駄のない魔力の編み上げ方は芸術的と言っても良い。それを破壊するのは勿体ないですが……」

  ローブの中からスラリと出したのは、私の身長程ある杖だ。


  その杖を床に思い切り叩きつけ、シャンと金属の飾りが揺れる音。


「え……!?」

「何!?」

  私とノエル様は思わず声をあげてしまっていた。


  隠形魔術が解除された?


  自らの体にかかっていた変化を根こそぎ取り除かれ、それも一瞬で行われたことに愕然とする。


「レイラ。早く伝えよう」

  早速、会場に居る先生方にこの状況を伝えようと術式を発動させようとするノエル様に向かって、ぶわりと大きな影が覆いかぶさろうとしていた。

  闇属性魔術の使い手。そう、確かクリムゾンはそうだった。それが何を意味するのかは知らないまま私は前世で死んだ。


  クリムゾンの攻撃をノエル様はそちらを確認することもなく防いだ。

  ぶつぶつと何かを言っているノエル様。念話魔術だ。手紙や連絡とか言っている場合じゃないと判断したのだろう。


「ふふ、俺の魔術を片手間でいなすなんて、さすがですね?なら、うちのアビスの攻撃は防げるのか興味が出て来ました」


  クリムゾンの目にあるのは面白い玩具を見つけたような素直すぎる程の純粋な興味。

  別に殺そうと思っている訳ではないらしい。

  そう。クリムゾンは人を殺すことはしないと豪語しているのだ。

  誰とも馴染むことなど出来ない日々の中、それでも、彼は同じ目線で話せる存在を、つまりは朋友を探している。


  でも、まずい。

  アビスを相手にするには、今の私たちでは力が及ばない。彼は私たちを買い被りすぎだ。


  アビスは、クリムゾンと契約している闇の精霊。

  序盤でまさか好戦的になるとは思わなかったのだ。

  そもそもここで会うのはリーリエだというのに。


  精霊を相手にするには、通常の魔術では手に負えないことは重々承知だ。


  精霊には精霊!


「ルナ!」


  ずるっと私の影から出てきた狼は、私の前に飛び出ると、唸り声をあげながらそれに噛み付いた。

  ふしゃああああ!

  それは猫科の鳴き声。こちらに振りかぶった凶暴な黒猫の姿をした精霊──アビスの爪をルナは受け止めていた。

  それを1つ振るうだけで周囲には恐ろしく巨大な爪跡が残る程の威力。

  それをルナは噛み付くことによって封じ込める。


  お互いにバッと距離を取り、威嚇体勢に入る。

  獣同士の喧嘩に過ぎないそれは、見るものが見れば恐ろしい程の殺気を放っていることに気がつくだろう。


  ぐるるるるる、という狼の低い唸り声。

  しゃああああ!という猫の威嚇。


  精霊たちは戦闘時に本能を剥き出しにしていた。

  ルナやアビスは特に獣的な本能が精霊の中でも強いらしい。


「なっ、精霊!?」


  酷く狼狽していたのは、クリムゾンだった。

  先程までの余裕な表情は剥がれ、呆気に取られた人間らしい表情を浮かべていた。


  アビスが先に膠着状態を破った。


  ルナを睨みつけると、アビスの足元から触手のようなものが現れる。

  それはルナへと巻きつこうと一気に襲いかかったのだ。

  迫り来る闇の触手に、ルナは体当たりをして力技で蹴散らすと、アビスへと飛びかかる。

  前足で押さえつけ、喉笛を食い破ろうとした瞬間、アビスは高く響き渡る威嚇の声をあげながら、長く伸びたしっぽでルナを叩きつけて追い払った。

  ルナは地面に叩きつけられる前に受け身を取り、再び唸り声をあげている。

  ルナが今度は複雑なサークルを床に刻むが、今度はアビスがそれをしっぽを使い、払うように蹴散らして霧散させる。


  獣が高く飛び上がり、空中で揉み合い、牙と爪で応戦している。もはや、魔法など使わずに肉弾戦でやり合っている。

  精霊の魔法は精霊でしか対応出来ない。もし、同じくらいの能力の持ち主がぶつかりあったら、お互いに打ち消し合う訳で。

  キリがない。

  ならば最後は肉弾戦、と精霊たちは判断したらしい。

「ルナ!」

  魔力を、契約している己の精霊に意識的に注ぎ込む。

  一見すると単なる爪と牙の応酬だが、人間には到底理解できない魔法のやり取りが行われていることがなんとなく分かった。


  先程から魔力の消費が著しいのだ。容赦なく吸われていく感覚から、相手がそれだけ強いということが分かる。

  でも、ルナがあのアビスと互角だとは知らなかった。

  少なくともそれだけで、私の命が脅かされる心配はない。


  私の魔力を思い切り消費したルナは体を1段階大きくさせる。

  牙もより鋭くなり、しなやかな筋肉が踊る様も逞しさを感じる。


  それに対抗したアビスは、爪に魔力を集中させて、それを振るおうとした。


  まずい! このままじゃ、廊下がめちゃくちゃになる!

  防御膜を貼る余裕などなくて、それを覚悟した瞬間だった。


「……?」


  え?

  建物は何も壊れていなかった。今の一撃をルナは避けたというのに。

  ばっと、横に居た人物を振り返る。


「くっ、なんだこの攻撃は」

  ノエル様は何かに耐えるように顔を顰めていた。

  魔術を行使しているのか、赤い眼の色は輝きを増している。

  建物ごと抉ろうとした爪の攻撃を、ノエル様が咄嗟に防御膜で守ったのだ。


「レイラ! 僕が建物を守る。お前は今やってるそれを続けろ!」


  精霊が見えていない彼も、人間の手に負えない何かが戦っていることに気がついたらしい。

  それに私やクリムゾンが関わっていることも。


  そうか。ノエル様は魔力の粒子が見える。

  精霊が見えなくても、行使された魔力は見えるのだ。


  それに精霊の攻撃に耐えうる防御膜を貼るということがどれだけすごいことか。

  頼れる存在に、私は頷いて応えた。

「お願いします、ノエル様」

「いつも言っているが、様はいらないぞ」


  ノエル様はふっと不敵に笑い、いつもの文句を口にする。


  私は、ポーチの中から魔力回復薬を出してこくりと飲み干した。

  これで少しでもルナに魔力をあげられれば。

  過熱する肉弾戦。ノエル様のおかげで周囲が削れることもなく、戦闘は続く。

  一瞬のことなのか、それともそれなり時間が過ぎているのか、時間の概念を忘失してしまいそうな心地だった。


  それ程までに精霊同士の戦いは異様だ。


  どうして戦闘になったのか、それは分からないけれど。

  少しでも時間稼ぎをすれば、助けが来るのは確かだ。


「ふふっ」


  呆然としていたはずのクリムゾンが笑う。


「あはははははは!」


  心から楽しそうに笑う。目を細めた彼からは、戦意は消えていて、ただこちらを興味深そうに見つめている。

「いいですね、あなた方」

  むしろ羨望に近い何かを感じる。

  彼のその視線の意味を私は知らないけれど、なんとなく悪感情から来るものではないことだけは分かった。


「アビス、戦闘を止めてください」


  ピタリと猫の姿をしている精霊は攻撃を止める。

『これからが楽しいところだというのに、我が主は止めると仰る。たまにはワタクシめにも戦闘を楽しませてくださいませんかね?』

  ついでに不平が聞こえてきた。それは慇懃無礼な男の声。

  うわあ。不満たらたらだ。

『ふん。自分の主の命令にも従えないなど、精霊としては随分と落ち目らしいな。私と違って、随分と落ち目らしいな』

「何故2回言った!? ルナ! 挑発しなくて良いから!」

『大事なことなので2回言いましたとご主人がよく言っているだろう』

  そんなの真似しなくて良いから。


  それをもちろんアビスは聞き逃すことはしない。

『ほう。犬っころがワタクシに無礼な口を聞くとは……。躾をしてあげなければいけませんかねぇ?』

  不穏な空気を醸し出すアビスに、その主が一喝した。

「止めろと言いました。そんな体たらくなら次回から戦闘は一切命令しませんが、それでよろしいですか?うーん。例えば書類仕事などを──」

『失礼致しました。我が主』

  即答である。


「申し訳ありません。うちの猫はまだ躾が十分ではないようです。大変ご迷惑をおかけしました。ご令嬢」

  物語の騎士のように綺麗な一礼をする彼に私は警戒を強める。

  何を考えているのか分からない。

「猫は躾をする動物ではありませんよ?猫は気ままな生き物ですから」

  ハッタリだが、こちらの弱気を悟られてはいけないと淑女の笑みを貼り付ける。

「警戒をしないでください。貴女のような美しい少女に警戒されるのは少し哀しい。心配しなくても、貴女に手出しはしませんし、貴女のことを他者に伝えることも仄めかすことも致しません」

  それは好意的な顔つきをしている。

  精霊持ちであることを隠してくれるらしい。

  精霊と契約していることを公にすれば、確かに煩わしいことがたくさん振りかかってくるけれども。

  ゲームでいくつかのルートではラスボスっぽい雰囲気で登場していたのだが、彼のルートを知らない私に彼の真意は分からない。

『この男、嘘はついていないようだぞ。ご主人。契約している精霊は気に食わないが』

  最後のわざわざ言う必要あった?


「ふふ、どうやら、貴女の精霊のお墨付きみたいですね?光栄です。同じ精霊使い同士、友人になれるなら、その方が良いではありませんか」

「……」

  ルナ曰く嘘は付いていないらしいけれど。

  精霊は人間の嘘など、見破ってしまう。確かに、彼は私の不利になるようなことはしないだろう。


「様子見をさせてください」

「おや、警戒されてしまいました」

  本当に残念そうに見えるのだけど、どういうつもりなの?


「ふん、当たり前だ。お前のように怪しい奴を見て警戒しない奴は居ない。学園に侵入した時点で不審者だ。それに僕たちを襲った」


  至極真っ当なノエル様の意見に内心、大きく頷いていた。

  だって、怪しすぎるもの。


「襲った……。ふふ、俺と対峙出来る方が居らっしゃるとは思わなくて、ちょっとした児戯です。友人候補を見つけられたのが嬉しくて」


  ふと、バタバタと廊下の先から足音が聞こえてきた。

  助けに来てくれた!?


「時間切れ、ですね」


  ふわりと微笑んだ彼は、私の手を最後に握ると、指先に口付けをした。


「はい!?」

「おまっ、何して!」

「ごきげんよう」

  私とノエル様の反応を見て、機嫌良さそうに笑うと、彼はローブを翻す。


  そして溶けるように闇へと消えていったのだった。


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