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『ご主人。ずっと言おうと思っていたのだが、それは職権乱用というものではないのか?』
「うん。知ってる」
魔術学園第一遠征隊の最後尾を歩きながら、時折、薬草を採取して、ぽいぽいと採取ポーチへと放り込んでいく。
可愛い兎の刺繍がしてあるポーチだが、驚くことなかれ。叔父様が空間魔術を施し拡張したため、たくさんの荷物を詰め込めるようになった魔法アイテムである。
容量は、大体平民の一般家庭のリビングがすっぽり入るくらいのスペースだと思う。
ポーチを開けて物を入れると空間が歪み、入れた物は上から見るとミニチュア化する仕組み。
最後尾を置いていかれない程度についていき、植物を丁寧に摘んでいた。
「せっかく来たなら採取しなくちゃ、時間が勿体無いし、そもそも私が来る必要もなかった気がするなあ」
どう見ても人が足りてるもの。
医療系の魔術が使える者の同伴が必須だったのだが、私以外に教師も二人居るし、医療魔術が使える者もさらに二人居る。
生徒は二十人くらいで、その中にはお馴染みのメンバー、フェリクス殿下を始めとした五人が居る。ユーリ殿下は生徒じゃないけれど、リーリエ様の護衛として採用されているらしい。
ユーリ殿下は水属性の魔力の持ち主で水を利用した幻術などが得意だったり、どの属性の魔力の持ち主でも扱えるという変身魔術が得意で、本当に間諜向きの能力の持ち主だ。
罠などを見破るのは得意らしいし、その人選なんだろうなあ。
変身魔術などのように、どの属性でも使える魔術のことを無属性魔術というのだけど、属性よりもそちらを極める人はあまり居ない。
私もどちらかといえば、身体強化系の無属性魔術の方を使うことが多いので少し親近感を覚える。
無属性といえど、属性の影響が皆無ではないので、例えばユーリ殿下が変身魔術を使う時は、まず身体を一時的には水へと変換させてから変質させる……。
彼の場合は、精度がもの凄いので、見破れる人が少なく、城を抜け出すことも多いとか。
これもシナリオ補正なのか、そういう理由でユーリ殿下も駆り出され、私ですら駆り出されている。
『ご主人、顔が暗いようだが』
「嫌なことを思い出したのよ」
ルナは影の中から今日も今日とて鼻だけ出しながら、心配してくれる。
シナリオ通りで行くなら、今日、私は運悪く一番最初に襲撃される役だ。
休憩中、魔獣の群れに遭遇し、それをヒロインやヒーローたちが退ける……という王道シナリオなのだが、レイラはいつも通り、ヒロインに貴族の何たるかを説教している折に攻撃されて倒され気絶するのである。
それを見て私はまず思った。この世界、レイラへの当たりが強くない? 可哀想すぎない?
世界が私をいびってるようにしか思えない。
フェリクス殿下の婚約者であるレイラは、後日皆からお見舞いをされるのだが、その際に攻略対象たちと会話をする。
魔獣は政敵に差し向けられたものなのか、それともこの世界に異変が起こっているのか云々。
そのやり取りがまた貴族特有の大人な会話に聞こえてしまい、疎外感を覚えたヒロインは、貴族社会を知ることを決意する……という流れ。
疎外感を覚え落ち込んだヒロインを慰める各攻略キャラとの会話も必見。
仲良くしようとしても気を許してくれないレイラを相手に笑顔で接しながら、「色々と教えてください」と頼み込むヒロインは健気だ。
「私って貧乏くじ体質なのかしら」
『私と契約出来ているのだから、運は良いはずだ。帰ったら毛を撫でさせてやっても良いぞ』
「頑張る」
即答だった。
だってルナは狼なのに、もっふもふなのだ。
私もすぐに虜になったのだけれど、ルナはあまり触られたくないようだ。
どうやらそれ程までに、私は憂鬱そうな顔をしているらしい。
貴族の仮面を被り直しつつ、前方のリーリエ様御一行の近くへと不自然にならないように移動していく。
情報を引き出したい。この世界にゲームのルートがそのまま適用されているのか、疑問点は色々とあるけれど、私は死にたくない。
「あ、レイラさん!」
すぐ近くの女子生徒に声をかけられる。
「こんにちは。今日はよろしくお願いしますね!」
彼女は医務室に来たことのある生徒で、見覚えがある。
「もう、一班で良かったですわ。レイラさんと一緒なんですもの。レイラさんの戦う姿が見られるかもと期待している者も多いのですよ」
「そ、そうなんですか。き、期待ですか」
あの時の戦闘訓練以降、何やら歴戦の猛者か何かと勘違いされている節がある。
他の男子生徒と女子生徒が何やら期待の目でこちらを見ているのが、何とも言えない。
「レイラさんのあの時の戦いぶり、まるで戦場の女神のようで、凛々しくて! 凄い術式を使うだけが戦いだと思っていたのですが、そうではないことを学びました! それを教えてくださるためだったのですね」
どうしよう。あの時はただ必死だっただけで、そこまで崇高なことを考えていた訳ではない。
純粋な褒め言葉にどうしたら良いのか分からない。
お褒めいただき、ありがとうございます、と伝えようとする前に、私の左隣に気配。
本当に彼は昨日からどうしたのか。
「そうだろう。そうだろう。単純な術だと舐めてかからないで極めた結果が、あの戦果なのだ。戦いを極めていくと、結局のところ、効率と純粋な努力がものをいうのだと気付く。ただ一つを極めるのも一つの手だからな」
私よりも得意げに話すハロルド様に、女子生徒は唖然としている。
ハロルド様、護衛は良いの?
純粋な疑問が飛び出す前に、彼もその自覚はあったらしい。
「失敬。気になる会話だったため、つい割り込んでしまった。俺は護衛に戻る。レイラ君、今度手合わせしよう」
早口で言いたいことを言ってすぐに仕事に戻ろうとするのが何か面白くて、私は思わず笑った。
「ハロルド様は面白い方ですね。ふふ、護衛お疲れ様です」
生徒兼護衛という立場も大変だろう。課外授業をしながらも敵に備えるのだから。
ハロルド様は一瞬だけ目を見張ると、珍しく小さな笑みを浮かべて、さっさと仕事に戻ってしまった。
ハロルド様が笑うのってレアかも。
『ご主人。あまり笑顔の安売りは控えてくれ。先程からこちらを凝視している男が居るからな。ちなみに前を向くと目が合うから気をつけろ』
どうやらこちらを見ている男子生徒が居るらしい。
私のことを凝視するなんて、物好きもいるのだなあと思いつつ、ルナの指示に従い、隣の女子生徒に目を向ける。
「ハロルド様お墨付きなのですね。確かに、レイラさんなら男性相手でも引けを取らない可能性が……」
「それをやった瞬間、完全に嫁の貰い手を失いますね、私」
「あら。レイラさんの戦いは凛々しくて、男性でも女性でも見蕩れていましたよ?それに、ハロルド様なら貰ってくれそうですし。」
「ふふ、ご冗談を」
「でも仲が良さそうでしたわ。もしその気がおありでしたら私、全力で応援させていただきます!」
恋バナの時特有の女子の目だなあ。
ちなみに昨日、全くときめかない求婚をされたので、冗談とも言えないのがアレな感じである。
和やかに笑いあっていたら、ルナが声を潜めて忠告してくれる。
『ご主人。その会話もマズイ。嫁云々の会話は止めた方が良い。面倒なことになるぞ。実は先程から魔術で聞き耳を立てているのだ……。よっぽど気になっているらしい……。それも王太子が』
だんだん声が小さくなっていくので、誰がのところが上手く聞き取れなかったが、とりあえず話を逸らして、巷で話題の図書とかファッションの話をしておく。
実習中のお喋りというのも、なんだか青春っぽくて良いよね。私は生徒じゃないけども。
採取ポイントでは教師たちが細かく解説し、メモを取る真面目な生徒や、それを聴きながら植物をつつく者も居たりする。
ちなみにノエル様はノートを取らずに聞き流しているが、メモを取らずに暗記出来る要領の良さを持つのだろう。天才タイプだ。
フェリクス殿下は、普通にメモを取っている。
私の見る限り、殿下は元々の才能や地頭の良さに甘んじることなく、油断せず、真面目に確実に積み重ねていくタイプだ。
リーリエ様はメモを取りつつも、細かいことが気になると頭に入らなくなるらしく、その都度隣に居るフェリクス殿下に聞いている。
ちなみに私はその間、採取をしていた。
『私はそなたのそういうところ嫌いじゃないぞ』
「褒められている気がしないのだけど」
だってその解説、数年前に勉強したし、この実習について行く前にも復習して、メモにまとめておいたし。
もし質問された時に答えられなかったら恥ずかしいので、その辺りは抜かりない。
でも特に何も質問されないし、それなら採取しても良いじゃない?
この間から切らしていた薬草をただで手に入れる機会なのだから。
なので、解説の間、せっせと摘んでいたら、男性教師に呼ばれた。
「今、摘んでいた植物を一度貸してくれないか?」
「え?今、この場にあったもので良いですか?」
「おお。全部、揃っているな。さすがヴィヴィアンヌ嬢。抜かりない」
解説に使うのだろうと一種類ずつ、手渡した。
「注目!実際の植物がこれです。助手のヴィヴィアンヌ嬢が一通り皆さんのために集めてくれていました。大体、この辺りの植物で使えるものがこれらのものだ。教科書の一覧にも載っているので確認をしておいてください」
私はいつの間に助手になったのか。
「彼女の手腕により、特徴が分かりやすいものが揃っております。よく見て覚えてください」
すみません。たまたまです。効能優先で集めただけです。
生徒さん方も、おおー!とか歓声をあげないで欲しい。
注目されるのは嫌なので、後退しつつ、木の洞の中を探って、今度は薬効成分のある虫を採取していたら、また呼ばれて、虫を提供して先程と似たような流れになって、また助手と呼ばれる。
「いやあ! 虫!」
「うへえ……」
近くで薬効成分のある虫を確認している生徒たちは、ほとんどが貴族なので皆顔を顰めていた。
平気そうにしているのは、ハロルド様とノエル様くらいだ。
「お前、虫が平気なら手が足りない時に虫の解剖を手伝え。器用そうだしな」
「待て。その時間があったら俺と手合わせをする予定なんだ」
虫の解剖と、手合わせ。
淑女らしくない勧誘を受けつつ、ハロルド様とノエル様はそれぞれの目的のために火花を散らしている。
なんだろう。私のために争わないで!的な展開のはずだが、今回もトキメキというよりも疲労を感じる。
実習どころじゃなくなるので、「ノエル様。この大きさでしたら、丸々一匹使うだけでそれなりの効果が出る薬が一ダース作れますよ。それか育てて卵を産ませて増やしても良いですし」と貴重な薬の元となる珍しい幼虫を渡して置いた。
珍しいので私が貰いたかったが、この場で争い続けられても困るので、彼にそれを渡したらそれに夢中になったノエル様は無言になった。
ノエル様の貴重な微笑みが、虫に向けられている……。
二人から解放された後、虫を直接手掴みしてしまったので魔術で手を清め、手製のハンドクリームを塗っていると、「レイラ」と後ろから声をかけられた。
「お疲れ様です、殿下」
フェリクス殿下。彼の登場に心臓が跳ねた心地がした。




