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  これは学園に入学する一年前のことだ。

  私は十四歳になっており、前世の記憶を思い出してからは七年経過していることになる。


「私は魔術学園に通いたくありませんわ!」


  家族揃っての朝食タイム。引っ込み思案な私にしては珍しく、はっきりと物申していた。

  まず父が反応した。

「何を言っているんだ! 魔力がある貴族子女は大体あそこに通っているだろう!」

  当然の反論である。

「生徒同士のお付き合いなど怖いだけです……。嫌です……。仲間外れにされて灰色の青春を送るなんて不毛ですわ」

「いやいやいやいや! 妄想が過ぎる! そもそもあの学園を卒業することは、今後のお前にも役立つことが……」

「つい先日、卒業資格を取りました! 通信課程ですけれど」

  その証拠の書類を出した瞬間、父の顔色が変わった。

「はあ!? いつの間に!? 確かに、うちの娘は地頭が良いとは思っていたが……まさか。いやいや、卒業資格云々は置いておいてだ! 学園では人と人との繋がりというものがあってだな。通信では学びえない──」

  なんだか長くなりそうなので、耳を塞いだ。

  何か言っているのを無視した。


  そう。前世の記憶を思い出して七年。こっそりと私は動き始め、おおよそ四年程前から通信課程をひっそりと受講し始めていたのだ。

  実際に入学する十五歳までに間に合うように。

  必要な社交以外は引きこもっていた。

「とにかくだ! 通信だろう? 実技については学べていないだろう!?」

「試験では実技もありました!」

「いつ通った!? そんなの聞いていないぞ!……まさか」

  父の目が私の隣で優雅に朝食をしている兄に移った。

「ははは、父上。レイラは天才ですから。十分問題ないですよ」

「協力者はお前か! メルヴィン!」

「レイラは学校に行きたくない。僕はレイラの傍に居たい。これは自然の成り行きだったのですよ」

  最初から何もかも知っていたメルヴィン兄様は私の共犯者だった。

  将来は兄妹で領地経営などを頑張っていくと決めているのだ。

「駄目だ! 反対だ! いくら卒業資格があるとはいえ、それはそれ! 認めないぞ!」

  どうやら父は私に学園生活を送らせたいらしい。

「……私、引きこもりですが、穀潰しにはなりませんわ。人とは違うやり方ですが、頑張ってみただけですのに……」

  そこまで怒らなくても良いのに……と言わんばかりに涙目で父を見上げる。

  我ながらわざとらしい。

「社交もこなしておりますわ……」

  攻略対象が居ない夜会だけだが。

「ただ学園が怖いだけなのに……。私は分かっているのです……。自分が学園に向いていないと」

  失礼します、と朝食を終わらせた後、その場をゆっくりと離れた。



  そして、侍女を下がらせ、中庭に一人きりになる。

  私は俯いたまま、ぼやいた。


「同調圧力が過ぎますわ」


  父のいうことは間違ってはいないと分かっている。

  それでも周りと同じような経歴でなくてはならないと囚われているのではないかと感じてしまう。

  どんな方法でも道は道なのに……。

  前世の自分が顔を出し始めたのを首を振って払った。

  今は今。昔は昔なんだから。

  前世の記憶を取り戻してから、時間は無駄に出来ないと言わんばかりに勉強に精を出したというのに。

  だって。死にたくはない。

  誰にも言えないけれど。


  はあっと溜息を零した私はふと、視線を上げる。

  何かに見られてる気がしたからだ。


  そしてすぐ傍に、黒い毛に覆われた獣がお座りしているのを見た。


  もふもふとした黒の毛は艶やかで、耳はピンと立っている。瞳は金色の、狼である。

  目があった瞬間、その理知的な瞳に気付くことがあった。

「貴方、ただの狼じゃないわね」

  確信があった。獣なのに、獣ではないオーラに、感じるものがあった。


  窺うような狼の視線が向けられ、お互いに見つめ合った後、頭の中に直接かけられるような声があった。


『正解だ。中身と外見がチグハグな子どもが居たものだから面白くて、七年前から観察していた』

  それは大人の男性のような低い声。

「精霊なの? もっと早く出てきてくれたら、研究課題に出来たのに」

『闇の精霊を捕まえて面白いことを言う』

「なんで、今、出てきたの?」

『何故って、そなたこの家から出奔しようなどと考えているだろう? それならば、ついて行こうと思ったまで。気に入った人間を観察するのは楽しい』

  いつ精霊に気に入られたのだろうか?

  それにしても。

「よく分かったわね。私が家出しようなんて」

『それくらい分かる。本気の目をした人間の目くらい判別出来る』

  狼の前足が足の上にぽすりと置かれる。

  あ。もふもふしてそう。柔らかそうだなあと、眺めていれば、狼の触れた手から何か魔力のようなものがものが流れ込んできた。

『娘。名前を私にくれないか』

「名前って……え!?」

  それは精霊の契約の儀だ。

『一度くらい人間と契約をしてみたかったのだ。そなたと旅立つのも面白そうだと常々思っていた』

  これは好機だ。ゲームの中のレイラは精霊と契約などしていない。

  少しでもゲームとは違う自分でありたかったから、私は躊躇うこともしなかった。

「じゃあ、その金の瞳にちなんで、(ルナ)。ルナにするわ」

『契約成立だ』


  闇色の魔力がふんわりと身を包んだと思ったら、ルナの姿はどこかに消えていた。

「あら?」


  白昼夢でも見たのかと思っていたら、慌てたような声。

「レイラ!」

「お兄様」

  突然抱き竦められ、呆然としていれば、メルヴィン兄様はフルフルと震えていた。


「父上を説得したよ……」

「え? 納得してくれたのですか?」

「完全な説得ではないけれど、マシな状況になったと思う。僕は不本意だけど……」

  あの父の頑なな様子に半ば諦めていたこちらとしては意外だった。

  ふいに兄様が涙を啜った。

  え? お兄様?

「今、レイラが家出する気配を感じた。そしてそれを後押しする何かをレイラが得たことも……。僕はそんな予感がしてならない! レイラが家出してしまうよりはマシなんだ!」

「え? どういう状況ですの? それに何故……」

  というか、何故、家出しようとしたことがバレているの?

  今、考えたばかりだというのに。

  私の疑問は顔に出ていたらしく、兄様はにっこりと微笑んだ。

「何故、家出するかもと考えたかって? それは奇跡なのかもしれないし、勘なのかもしれないし、そうでもないかもしれない……。つまり僕は、レイラの全てを把握してなければ済まない男なんだ。レイラの趣味趣向、思想、思考傾向。その全てを研究してきた僕に出来ないことはない」

  ちょっと何を言っているのか分からない。

  愛が重い。

  目が死にそうになる私に気付かないまま、彼は抱き締めながら震えている。

「ああ……絶対に、家出などは許さない。僕からこの家から逃げてしまうくらいなら……それなら母上の案も……」

  ブツブツと何やら呟き出した兄様にどうしたものかと困りかけていれば、天の助けのような声がかけられる。

「メルヴィン。レイラが驚いていますよ。少しは自重しなさい」

「お母様?」

「貴女のお父様に妥協案を提示したわ」

  どうやら静かに様子を窺っていたらしいお母様がお父様を宥めてくれていたらしい。

「それから、メルヴィン。話が出来ないから離れなさい」

  お母様の鋭い視線に、兄様は離れがたそうにしながらも、私を解放した。

  お母様は私を静かな瞳で見ている。

「数年前からの企み……ということは、貴女の中では、あの学園に通うことがそれ程苦痛なのね。そんな貴女に無理強いするのは、お互いにとって良くない結果になると思うわ」

  お母様は小さく笑うと指を一つ立てた。

「お互いに譲歩しましょう? お互いがお互いの欲求を通そうとしたところで不毛なだけ。ようはレイラは、生徒になりたくないのでしょう。お父様は人の営みについて学ばせたい……それなら一つ提案があります」


  その提案は予想外のもので。

  それならばゲームとは全く違う展開だということで、私は了承した。


  そして、乙女ゲームのシナリオから大いに外れた形で私は学園に行くことになったのだ。



  そして居なくなったと思いきや、私の影に潜んでいたルナが一言。

『私は、あの兄から離れられるならば何でも良いと思うぞ』


  それはちょっと思った。

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