21
私はやり切った。
衆目の中、生き恥を晒しながらも、なんとか魔獣を倒し、最後には足が震えてしまって、その場に崩れ落ちた。
お、終わった!
「ん?」
ちょうど、膝をついた時に、人工魔獣の痕跡がキラキラとした粒子のように消えていく中、たまたま足元にあった宝石のような赤い粒を拾う。
「これは……?」
もしや、核だろうか。叔父様、わざわざこんなのも再現したのね。
私が倒した後、フィールド中に歓声が広がっていく。
んん? 無様に逃げ惑っていただけなんだけど、こんなのでも良かったの?
三十代くらいの女性教師が声を張り上げた。
「皆さん、最後にヴィヴィアンヌ嬢が拾い上げたのが核です。核を回収することを忘れないこと! 今回の彼女は限られた制限の中、健闘してくれました。単純な魔力強化でも極めれば、このように脅威的な火力になりうるという良いお手本でした!」
うん。それ以外、あまり使ったことがないから自信がなかっただけなんですとか言えない雰囲気だ。
次に若い男性の先生が声を張り上げる。
「ヴィヴィアンヌ嬢は、攻撃を無闇矢鱈にしなかった。その理由は分かるか!?」
すみません。逃げるのに必死なだけでした。
大剣を抱えながら、とりあえず端っこの方へと移動していると、生徒の一人が手を上げた。
「大剣の攻撃は隙を生みます。彼女程の使い手ならば連撃も可能だとは思いますが、一般的には攻撃態勢に入ってしまえば、僅かな隙を狙われますので、彼女はそれを避けるために攻撃を一撃のみにしたと思われます。本来の彼女の攻撃スタイルは俊敏性を生かしたものでしょうが、先程の話で彼女は自分に最も向かない大剣を武器にするというハンデを背負ったことが明らかになりました」
ハロルド様が無表情で訥々と語っている考察。
ごめんなさい! 何も考えてませんでした!
そこまでの理由もないし、大剣を武器にしたのは、叔父様が適当に渡したからです!
彼にしては珍しく瞳がキラキラと輝いているから、本当に申し訳ない!
「そうだ! 不利な条件をたくさん押し付けたが、やり方次第ではこのような鮮やかな勝利を得られる! 自らの持ち札から、臨機応変に対応することは最も大切なことだ。いつも万全とは限らない! ヴィヴィアンヌ嬢のように不利な条件下の中、戦うことがあるかもしれない! そして、基礎は繰り返せ!」
「はい!」
生徒たちの声が揃った立派な返事が響き渡る。
りんきおうへん。
臨機応変ね。うん。
やばい。何か私の思いもよらぬところで、話が展開して、過剰な評価を得ている!?
居た堪れない。
隅で顔を覆っていれば、ポンっと肩を叩かれる。
「お疲れ様。レイラちゃん」
「……!? あ、先程ぶりですね。ユーリ殿下……」
生徒たちの中に混じっていたユーリ殿下が労いに来てくれたようだ。
「まさかレイラちゃんが肉弾戦で仕留めるとは思ってなかったよ。女の子だからてっきり遠距離攻撃を駆使するのかと思っていたけど、まさかの近接攻撃。しかもけっこう手練だね。最後の一撃の魔力集中とかすごかったし」
「あ、あはは……。まあ……実用的なので……」
最後の一撃とか、半ばやけだったとか言えない。
目が泳ぐ。
「そこまで謙遜しなくても良いのに。あのハロルド君が目の色を変えるくらいだもの。立派な少女騎士がここに居るなんてね」
先程の全身で楽しそうなオーラ全開のハロルド様を思い出して頭を抱えたくなった。
誤解だ。私は騎士じゃない。
「買い被りすぎです。あまりスマートに戦えなかったですし、少しばかり運が良かっただけです。私よりも素晴らしい人はたくさん居るので……」
「俺はあの戦い、これ以上ないくらいだと思うよ?魔術の熟練度もだけど、何よりここに居る生徒たちは勇気づけられたんだ。不利な中、あそこまでの戦いを見せてくれたのもそうだし、保護魔術を使わないで戦った君の後なら、皆戦いやすいでしょ?保護魔術がある分、レイラちゃんの状況よりはマシだと皆思ったはず」
それは、運営側の適当な采配のせいです。
何か尊敬の目で見られている気がするのは気のせいか。
こちらを笑顔で見つめるユーリ殿下は、何か面白いものを見つけた子どものようで。
「レイラちゃんて、強い女性だね。同年代なのにあの空気の中、戦えて。皆の不安を一蹴しちゃって」
「あの本当に偶然なんです」
謙遜でも何でもなく。
とりあえず、叔父様秘蔵の高級菓子は私がいただく。そう決めた。
「ほら! 他の生徒さん方の番ですよ! 皆さん、あそこまでたくさんの魔術を使いこなしてて凄いです」
「俺的には、レイラちゃんの洗練された魔術の方が好きかも。……あと、ハロルド君の目が本気だったから覚悟しておいた方が良いかも」
「……? それは一体?」
ユーリ殿下は何も語らずに、誤魔化すように「まあ、色々と……」とか言いながら笑っている。
「あっ! 見てください! ノエル様の魔術、凄いですよ!魔獣が自傷行為を! あれって、電磁波か何かで魔獣の脳みそを弄ってますよね!」
ノエル様の魔力の属性は確か、土と風だ。
属性の二つ持ちは珍しく、確かフェリクス殿下も火と水を持っていた。
二人が揃えばほとんど完璧である。
「うわあ……。飢餓状態になって、自分の腕を……うわぁ……。えげつない……」
「闇の魔力持ちではなくても、やり方によっては洗脳も出来るのですね……。あ、でも、風属性は空間を満たすものでもありますから、光属性や闇属性のように目には見えない何かを司っていてもおかしくない……。うーん、やはり術者の捉え方によっては応用が効く? 魔術は意志や精神も作用しますし……うーん」
「なんかここにもハロルド君みたいな熱心な人が居る……」
たくさんの生徒たちが、魔獣に挑む中、今のところ魔獣を倒せたのは百人中、五人くらいだ。
もちろん、ノエル様もその一人。
「あっ、兄上!」
フェリクス殿下の番になった時は、ブラコンらしくユーリ殿下は顔を分かりやすく輝かせた。
「水と火の魔術を使うのでしょうか?」
ちなみに水と火という、相反する魔力を同時に持つ彼は少し珍しい。
フェリクス殿下はといえば、魔獣を一瞥すると、何やら追従型のキラキラした小さめの水球を発生させ、人工魔獣の体の中へと浸透させた。
体の中──細胞の隙間へと無理やり捩じ込んだようにも見える。
「あれは、何を……」
されるのでしょうか?と傍らのユーリ殿下に問いかけようとした瞬間だった。
本当に一瞬の出来事。
フェリクス殿下が指をパチンと鳴らした刹那、人工魔獣の体が弾けて木っ端微塵になり、跡形もなくなった。
チリチリと散るのは火の粉か。
「体内破裂!?」
内臓、細胞、器官、それを体内から破裂。つまりは内側から破壊させ、肉片は炎で焼き尽くしたということなのだろう。
水分は蒸発し、血すらも空気中に溶けた。
「は、早くないですか!? こんなに一瞬で倒す人、見たことないです!」
さすが殿下。チートすぎる。
これが人相手だったらと考えると怖くて仕方ない。
それと何がすごいって、一瞬で倒した割には魔力の消費が最小限なこと。
「あの、えげつなさ。やはり兄上は最高すぎる。これってどう考えても歴代新記録だよね!?」
ユーリ殿下のテンションはハイだ。さすがブラコン。
「魔術も剣も極めていらっしゃると聞きましたが、まさかこれ程とは……。核を取り出すのも、あの方法なら簡単ですよね。これは訓練ですから核を取りだすのも容易ですが、実際は色々と探らないといけないですし」
このシュミレーションみたいに、魔力の粒子となって消えていく訳ではないのだ。
というか、殿下はこの学園で学ぶことは有るのだろうか?
どう考えても卒業資格を取りに来ただけとしか思えないくらいだ。
「そうそう。兄上のやることには無駄がないんだよ」
「普段の殿下は、自らの能力をひけらかすことのない謙虚なお方ですから、ここまでの力をお持ちだとは思っていませんでした」
「ね。凄いよね。兄上は努力を怠らないし、驕り高ぶったりしないからね。あっ、こっち見た!」
フェリクス殿下はユーリ殿下に気付くと、軽く手を振った。
嬉しそうに大きく手を振り返すユーリ殿下。
そして、横に居た私と目が合うと、嬉しそうに微笑んだ。
「……!?」
ばっ!と思わず顔を伏せてしまった。
何で、あんなに無防備に笑うの!?
あんなことがあってから顔を合わせていないので、未だにどうしたら良いのか分からない。
「どうしたの? レイラちゃん」
ユーリ殿下に不思議そうに問いかけられる。
「いえ。何でもないのです。雲の上のような方の笑顔って凄い破壊力だな……と。眩しくて目が潰れそうというか……その」
「そんなに畏まらなくても良いと思うよ。俺に話すくらいだから、兄上もレイラちゃんのこと気にかけてるんだと思うし」
「いいえ! いくら殿下がお優しいからといって、甘えてはなりません! ……そう、私は忠誠を誓って──」
少し前に私がフェリクス殿下にしてしまった不敬なことを思い出し、それを頭から追い出そうとすればする程、発言がおかしくなる。
忠誠云々って。
「っふ。ははははは! これは兄上も苦労するなあ。……ねえ、レイラちゃん。君にこうやって構ってる時点で、俺は君を認めてる。つまり君には一つの可能性が浮上してるんだよ。身分的にも問題ないし、レイラちゃんみたいな面白い子なら俺は歓迎するけど」
「はい?」
「だから、兄上の婚約者──って、何で遠い目してるの?」
「あっ、いえ、なんでもありません。なんでも」
この兄弟は似たようなことを言う。
私に彼の婚約者なんて、荷が重いというのに。
それに、破滅したくない。死にたくない。
前みたいに途中で人生が終わるなんて嫌だった。
「あ、出てきた」
周囲のざわめきにより、私の思考は中断する。
「リーリエ様……」
先程、戦いたくないと言っていた彼女が、胸の前で祈るみたいに手を組んで、何かを決心したように顔を上げているところだった。




