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何があったとしても月日は過ぎる。
事故チュー事件の後、必死に仕事をこなし、ノルマ達成してしまえば、すぐにやってくる。
ついに模擬戦闘当日。
「レイラ。念の為、これを持って行きなさい。僕はここに居て来客対応をするから、模擬戦闘を見に行ってはどうですか? 先生方も居るし、医務官としての仕事は少ない。少し手伝うだけですし、気楽なものですよ」
「良いのですか?」
思えば、叔父様の言葉を信じた私が馬鹿だったのかもしれない。
持って行きなさいと渡されたのが、黒の大剣。 私が持つには過ぎた代物だった。
その時点で疑ってかかるべきだったのだ。
模擬戦闘──一年生が授業で習ったことを駆使して戦闘訓練を行う行事だ。
模擬戦闘というだけあって、人工魔獣というものが使われる。安全装置付きの訓練用ダミーである。
訓練者が倒れたり、魔力が切れたりしたら自動で動きが止まる優れもので、このエネミーも叔父様が発明したらしい。
修羅場と本人が言っていただけあって、薬を調合する以外にもそういった人工魔獣の調整などを行っていたらしい。
そりゃあ必死になるよね。
模擬戦闘は、学園内の演習場で行われる。体育祭の時にも使われる大きなフィールドで観客席も設けられ、至る所に魔石が配置され、中継映像が各地に送られるようになっている。
前世のスポーツ観戦みたいな雰囲気だが、いかんせん広い。
入口が分からなくて迷ってしまったりもしたが、なんとか辿り着く。
生徒が集まっておらず、教師陣のみが何か作業をしている。
そんな折、重い大剣を持っていた私に話しかける人物が居た。
「あれ? 君が、兄上の言ってたレイラちゃん? その年で働いてるんだー。しかも可愛い。眼鏡取ったら美少女っていう感じ?骨格とかパーツの配置からして、確実に美少女だよね、君」
親しげに声をかけられ、不躾な視線ではないけれど、じっと観察された。
「……ごきげんよう」
意外な人物に話しかけられ、内心私は驚いていた。
まさか私に声をかけるとは。それにしても、何故ここに?
「何故、ここに?って思った? 俺はまだ本格的に学園入学はしていないからね。だからどこでも入り込める」
ユーリ=オルコット=クレアシオン。
金髪碧眼の長髪姿に甘いマスク。人懐っこそうに細められた猫のような瞳。
目の前に居たのは攻略対象の一人だった。第二王子でフェリクス殿下より一つ年下。
本当は来年学園に入学する予定だが、ヒロインリーリエの入学時期に合わせて、学園預かりとして一年早く滞在することになったらしい。
リーリエ様の護衛扱いとのことだが、王族を護衛にするとは一体……?
大方、王家と光の魔力の持ち主の関係を深めておきたいという政治的な理由なのだろう。
フェリクス殿下たちも護衛に加わり、リーリエ様の周りは完璧な防御力を誇っていると言っても過言ではない。
彼の特技は情報収集。チャラい……ではなく、その人懐っこさを武器にして様々なところから話を聞き出す情報屋。独自の情報源をも持っている。
友好的で人に警戒心を抱かせない彼は、様々なパイプを持ち、一見すると危なさそうな女好きのチャラ男に見える。
「兄上の活躍を見ておこうと思って、早めに待機してみた。どこからがよく見えるかなーって思って。それに不審者が居ないかも確認しておきたくて」
だがこの男の本質は真逆だ。
かなりのブラコンであり、本人はそうとは見せないがフェリクス殿下に忠誠を誓っている。
おまけに恋人いない歴=年齢というギャップの塊。
「なるほど。用心をされて下見にいらしたのですね。どこか不審な点はありました?」
「それが、全くないんだよね。さすが名門校。死角という死角が削られている」
「大掛かりな魔術で忍ぶとしても、魔力探知で警報も鳴るらしいですからね。殿下の仰る通り、物理的に安全ならきっと問題はなさそうですね」
「思う存分、戦闘に集中出来るよね。君も頑張ってね! 俺も端から応援してるから」
「は、はい?」
はて。私はここに医務官として来ているはずなのだけど?
情報屋のユーリにこう言われた時点で疑うべきだったのだ。
この大剣や、ユーリ殿下の台詞。これはつまりフラグで。
生徒たちが集まり、いざ模擬戦というところで問題が起こる。
私は教師陣の後ろに紛れるように座っていたのだけれど、その声はよく耳に響いた。
「私、怖いです……! どうして戦わなければならないの? 誰かを傷付けるための訓練なんてしたくない!」
リーリエ様の言葉も最もで、人工魔獣の荒々しさに怖気付いてしまっている者が数多く居た。
そう。全てはこの一言が原因で。
「ふむ。光の魔力の持ち主は、戦闘を好まぬ性質の者が多いのかもしれませんね。興味深い……」
叔父様みたいに研究しがいがあると言いたそうな顔をする教師。
リーリエ様は瞳を潤ませつつも、この場に居る者を代表するかのように言い募る。
胸元で手をぎゅっと組み、頼りなさげにしつつも、彼女は顔を上げている。
この子は頑固だ。
だけど……。皆じゃない。
実際のところ、戦闘意欲がありすぎて高揚している人もいるので、人それぞれといった感じだ。
「突然、戦えと言われても戦い方が分からない者は多いと思うんです。怖いと思う方も。大人の方々にやれと言われたら、皆やるしかないじゃないですか! 不本意に思っている人も居るだろうに……。皆言えなくて困っている人もいるし、適材適所ってあると思います。」
ああ。ただでさえ怖気付いた者たちが、どんどん戦意喪失していっている。
こういうのは口にしてしまったら負けだ。
人という生き物は逃げ道が出来れば、往生際が悪くなる。
人工魔獣に対する恐怖心が消えず、戸惑っている者は、リーリエ様の言葉を受けてますます諦めの境地に……。
あまり干渉はしたくなかったけれど、貴族社会でもあり、学園生活の足並みを揃えるのは大事だ。
「少しよろしいでしょうか?」
これ以上戦意喪失してしまい、授業が成り立たないのは問題なので、リーリエ様をこちらに呼び出し説得することにした。
大人より年の近い私が言った方が良いと思ったから。
「何故、呼ばれたか分かりますか?」
「レイラさんも戦えと言うんですか? 戦えない子に? それを良しとするのですか?」
「この戦闘訓練は必須授業です。戦えなかろうが、なんだろうが受ける義務があります。先程の適材適所というお言葉。それはその通りなのですが、魔術に関わる以上、戦闘は避けられないものです。確かに、矢面に立つ方も居れば、後方で勤務する方も居るでしょうけれど」
「だったら! こんなのおかしいです! 戦う以外にも方法はあるのですから!」
リーリエ様は私に食ってかかった。
どうやって宥めよう?
「魔術を極めれば、戦闘要員か非戦闘要員かは関わらず利用価値が発生し、それを利用したい者に狙われる確率も上がる……単純な話です。その際に、対抗する術を私たちは学んでいるのですから、これは戦える戦えないの話ではなく、生きるか死ぬかの話です」
ここまで言えば良いかな?
命に関わることだから、私は言い含めたつもりだった。
だけどリーリエ様は納得しなかった。
「利用価値だなんて……そんな。皆、生きている人間ですよ? そういう世の中の方を正すべきではないですか!? 戦いたくない人たちが戦わない世界に!」
リーリエ様が仰っていることは、ある意味では正しい。確かに、取り締まりが行き届いて居ないのは確かだけれど、魔術師が相手なら全てをカバーし切れる訳がないのだ。
魔術の応用力は無限大。それは便利なだけでなく、脅威でもある。学んでいるからこそ、分かる事実のはずなのに、リーリエ様はそれに気付かないのだろうか?
「……それがなかなか出来ないから、私たちの方が対抗するしかないのです。……分かりませんか? 特にリーリエ様の場合、珍しい魔力の持ち主ですし、戦闘を学ぶことに意義はあるはずです」
「……私は多くの人が守ってくれます。だから、私が余計なことをする方が迷惑なのは分かっているんです……。だから、私は皆を信じることに決めたの」
これ以上何を言っても無駄かもしれないと私は悟る。意固地になってしまえば、何を言っても受け入れられなくなるものだ。
「……貴女の考えは分かりました。ただ一つだけ言わせてください、リーリエ様。それをあの場で、他の者が居る中で仰るのは、おやめください。授業の進行が遅れてしまいますから」
それに、リーリエ様の考え方を正義だと思われるのは厄介だった。
彼女は華があるせいで、発言するとハッとさせられる独特の雰囲気があった。
もし、何かしら生徒に影響を与えたとしたら、その生徒たちの命にも関わるからだ。
彼女の場合は、その立場から影響力があってもおかしくないし、影響力のある人物は諸刃の剣だ。毒にも薬にもなってしまう。
確かに戦わないことは正しい。
争いなんて、私だって嫌いだもの。
だけど、立ち向かうことを拒否して死んだら元も子もないし、そんな思想の生徒は増えるべきでない。
だから私はリーリエ様を止めた。あれ以上何かを言う前に。
そういえば、ゲームだとこの時期のリーリエ様は戦うことに意欲的ではなかった気がする。
そしてゲームのレイラは、そんなヒロインに厳しく当たるのだ。
『貴女が戦いたくないというなら、好きになさい。勝手に野垂れ死んでいれば良いのだわ。だけど、その無知蒙昧さを垂れ流すのは止めてちょうだい。他の生徒に迷惑よ』
正論だが、キツイ。間違ったことは言ってないけど、確かに悪役令嬢っぽい。
そしてそれに対して彼女は何て返したっけ?
「そこまで言わなくても……。私はただ……これも一つの意見だと思って……」
そうそう。まさにこんな言葉で……。
は?
気付けば様子を見に来ていた教師二人と生徒二人。
目の前には泣き出してしまったリーリエ様。
あ。やばい。詰んだ。
目の前が真っ暗になった。




