1
それを思い出したのは、物心がついた頃。
生まれてから七年経った頃。
ある朝、突然飛び起きた私は、前世の記憶を取り戻していた。
自分が前世、日本人だったことも、今の世界が乙女ゲームの世界であることも。
もともと乙女ゲームをプレイした記憶もあまりなく、私がプレイした唯一の乙女ゲームが『鏡合わせの精霊使い~祝福された聖女~』という作品で、つまりこの世界は、その唯一プレイした作品であった。
主人公のリーリエ=ジュエルムは、平民だったがある時、世にも珍しい光属性の魔力に目覚め、男爵家の養子となり、ソレイユ・ルヴァン魔術学園へと入学して、5人の攻略対象と絆を深めていく……という王道な物語だ。
魔力に目覚めた貴族子女たちの学園といえば、この学校が唯一であり、将来の選択肢の幅を広げるなら、この学園の卒業資格が必須と言われている。
まあ、ヒロインは良いとして、その物語にはいわゆる悪役令嬢と言われるキャラクターも登場する。
登場するのだが……。
うん。やっぱりこれはどう見ても悪役令嬢ではない気がする。
七歳の私は自分の姿を鏡で見つつ、改めてそう思った。
月のような銀色の髪はサラサラと真っ直ぐに波打ち、紫水晶のように澄んだ瞳は思慮深く美しい。
そして何より悪役顔ではない。少しつり目だが、幼い頃から意志の強さが垣間見える美貌だった。
レイラ=ヴィヴィアンヌは、伯爵令嬢。ヒロインのリーリエのライバル的存在として位置付けられているが、悪役らしい部分があまり見受けられないキャラクターだ。
前世のSNSでは、非公式で行われた真っ当なキャラクター部門第一位であった。あと、幸せになって欲しい部門でも一位である。
「シナリオが悪いような気が……」
ヒロインを虐めない。嫌味を言わない。まともな諌言を言うくらいである。
ヒロインと対として位置付け、ヒロインもレイラに劣等感を覚える描写をいれておきながら回収しないのはおかしいと思う。
美麗スチルと立ち絵、声優も豪華なのに、空気な悪役令嬢として名を馳せた。序盤に出るのに、後半は色々と理由があって全く登場しないという空気っぷり。
このキャラを作った意味!!
シナリオライターよ。もっと頑張って欲しかった……。
そして私がクソゲーだと思う所以は、一つ。
レイラは王太子の婚約者なのだが、婚約解消をする折に何故か投獄されるのである。脈絡なく、突然。
もう一度言う。
何もしていないのに、投獄されるのである。
ヒロインが婚約解消の原因になったのだが、やはり解消したと言っても、前の婚約者云々言う貴族が居たりするのだ。そこら辺は、貴族の力関係などが関係しているが割愛しておくとして。
その折に、レイラは何者かに犯罪歴を押し付けられる。
投獄され、レイラが発狂した頃に真実に気付いた王太子とヒロインは、自分たちが原因で起きる理不尽に気付き、二人して責任に苦しむ……とかいうシナリオが盛り込まれている。
そんな世界は間違っている……、犠牲になったレイラのことは忘れない……とかなんとか良い話風にまとめてハッピーエンド。
レイラはつまり死にキャラ要員である。
冗談じゃない。そんな未来があってたまるか。
呆然と鏡を見つめていた私だったのだけれど、そんな私に気付いたのは兄だった。
「どうしたんだい? レイラ。そんなに自分の姿を見つめて……。ふふ、鏡に写ったレイラと本物のレイラ……。可愛さが二倍だなあ……。分身したら、どうやってお世話しよう……。読み聞かせする時も、レイラ二人に囲まれる幸せと尊み」
にやにや顔をしているが、顔が超絶整っているため、それなりに様になっているが、どう考えてもシスコンまっしぐらな発言をしている兄──メルヴィン=ヴィヴィアンヌ十五歳。
銀髪と紫水晶の瞳は、レイラとお揃いの美形兄妹。
発言が大分アレだが、これでもサブ攻略対象である。
この瞬間から、私の作戦は始まった。
「お兄様! 私、お兄様と結婚したいです!」
「……レイラ!」
この満面の笑み。あからさまな上目遣いが我ながらあざといと思っていたのだが、兄は陥落した。
「なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう! 僕もレイラと結婚したい」
抱き上げてクルクルと回す兄の目は本気で、若干引いた。
レイラが悪役令嬢として扱われているのは、兄ルートの難易度が高いためだ。
シスコンだから。
「結婚は好きな人とすると聞きました! 私はお兄様が大好きなのです!」
「ふふ、法律を変えれば結婚出来るかもしれないから期待していて」
ヤバいぞ。この兄。
私の顔は若干青ざめていたのだが、それに兄は気付いているのだろうか。
「お兄様、お兄様! でも兄妹は結婚出来ないと聞きました!だから、私はお兄様の傍で執務のお手伝いをするのが将来の夢です!」
「ああ! 難しい言葉を覚えて……! うん! それはなんて幸せなのだろう! そうしたら、僕たちはずっと一緒だね!」
ぎゅうっと抱き締められ、体が痛い。
「はい、お兄様!」
なんだ、この兄妹。
内心ツッコミを入れるもう一人の私の声は冷たい。
なんだ、この茶番。
でもこれは必要なことだ。
私が気付いたこと。
王太子と婚約者にならなければ良いんじゃない?
引きこもりブラコン令嬢として、執務の手伝いが出来るくらいに英才教育を施せば完璧なのではないだろうか?
兄はこの通り甘々なので、多少不自然でも無理を押し通してくれる。
そう。兄のルートだけは死亡ルートがないのだ。
身近に救いはあった。
つまり、シスコン変態兄でも私にとっては、救いの神なのだ。