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「それより、その魔法薬だけど、随分と質が良いな」
「あっ」
私から薬瓶をかっ攫うと、太陽に透かして見ている。
「薬は僕が作るのが一番だと思っていたけど、これなら妥協してやっても良いぞ」
「……」
ええ。あのフレイ子爵令息のお墨付き!?
魔術の家系だけあって、魔法薬を作るのもお手の物である彼に認められるのは、光栄なことだ。
彼に認められるということは、魔術界隈のお墨付きをもらうも同然だからだ。
少し誇らしく思いながらも、口にする。
「実は、私よりも叔父様……セオドア=ヴィヴィアンヌ医務官の作る薬の方がさらに質が良いのです。最近は私が作っておりますが、さらに良質の薬をお求めならば……」
「いや、良い。彼は研究者だからな。邪魔したくないし、お前の薬でも充分だろう。まあ、僕には及ばないがお前もなかなかだな」
尊大な物言いに苦笑していれば、何故かノエルは慌て出す。
「べ、別に悪口ではないからな。僕に及ばないのは普通であって、その中でもお前は僕の一歩後ろくらいを歩いているんだからな!それはとても光栄なことで……って! 別に、慰めるつもりでもなくて、単に事実を言っているだけだ! 何を笑っている!」
「ごめんなさい。フレイ様がお優しいので。私に言いすぎたと思ってくださったのでしょう?」
「なっ!」
急速に真っ赤になっていく様子は、普通の少年のように純朴だ。
そう。ノエル=フレイという人物は、ツンデレ担当。生まれつき魔術が得意で、おまけに緋色の瞳を持って生まれたということで、迫害を受けることが多かったらしく、家族以外に接する際、不器用になってしまうらしい。
差別もしない、人を見かけで判断しないという性質なのだが、尊大な物言いのせいで誤解されている。
ヒロインのリーリエは素直でない彼の心を、その純粋で優しい心で癒していくのだ。
……まあ、それは良いとして。
なので、この魔術師についても多くは知らない。だから魔眼の話も知らないのだが、そういう設定があるというのも聞いたことがない。
「貴方は人の悪口を言う方ではありませんから。……口は悪いですけど」
悪戯めいた笑みを浮かべてしまった。
何かからかいたくなるといったら、申し訳ないけれど、彼にはそういった親しみやすさがあると思う。
最後に付け足した一言に怒るかと思っていたけれど、彼は何故か固まっていた。
顔が真っ赤なまま。
怒ったまま硬直したのかと思いきや、別に目に怒りは見えない。
そして数秒後、フレイ様はムキになった。
「お、おおおお男を揶揄うのはやめろ!」
分かりやすく拗ねてしまったらしく、つーんとそっぽを向いている。
どうしたものかと苦笑しつつも、私が百パーセント悪いので、文句は言えない。
目を合わそうとしても体ごと逸らされ、視界に入る度にそれを繰り返すので、先程から私たちはグルグルと回転している。
傍目から見たらおかしな光景だと思っていたところ、やはりと言って良いのか、聞き覚えのある甘い声が耳に入った。
「ノエルが人とおしゃべりしているのって珍しいね。それにそういう顔をするのも初めて見たよ」
「殿下。御機嫌よう」
幼い頃から慣れ親しんだカーテシーを披露する。
殿下とはあれ以来、申し訳なくて普通に接することが出来ない。なるべく不自然にならないように距離を空けている。
つまり私の方が一方的に線を引いている形だったが、元々交流がなかったので幸いにもバレていない。
「殿下か……」
さすがに王族を無視するのもどうかと思ったのか、フレイ様は億劫そうにしつつもこちらに向き直った。
フレイ様は公式の場以外では、どうやら殿下に割と適当な対応をしているらしい。
不敬だと咎められないのかと私の方が不安になるが、フレイ様の場合、話すら出来なくなるのは困るのである程度は許容されているのかもしれない。
面倒だと思ったら黙り込むタイプなのだ。だからこそ、私と会話が成立したことは驚きと言っても良い。
殿下が気になってたのもそういうことかも。
先程から、こちらの様子をチラチラと窺っていたのは承知していたが、まさか特攻してくるとは思わなかった。
ええと、ヒロインを置いて来て良かったのかしら。
私の見た限り、どう見ても日常イベントシーンに見えるのだけど。
「君たち、仲良かったんだね」
「別に、そんなんじゃない。仲など良くない!」
「そうですね。フレイ様とは今、知り合ったばかりなので。あまり話す機会はないと思います」
フレイ様の場合、好きな子以外に馴れ馴れしくされるのは苦痛のはずだし、実際他人に近いだろうと思っていたので素直に肯定したら、何故かフレイ様は愕然としていた。
「そ、そういうことはあるかもしれないが! べ、別に僕は二度と話したくないとか思っている訳では」
何故、序盤でデレた?
彼は分かりやすいので、友だち相手にたまにデレる。他人扱いすると拗ねるし、かなり引きずるタイプ。
もしかして、魔術関係の話をしたから友だち認定されたとか?
殿下が驚いたように目を見開いている。
驚いた顔も彼の場合、様になっているので、さすが王子だ。
「お前。確かレイラと言ったな。僕のことはノエルと呼べ」
「はい?」
「疑問符はいらない!」
「はい!」
何、この問答無用なの。
「じゃあ、ノエル様……」
「様はなしだ」
「ええ……」
いくらなんでもそれはと思っていれば、先程から見守ってくれていた殿下が口を挟む。
「そういうのは強要するものじゃないよ。ノエル」
ん?
殿下の様子がおかしい。声が、いつもと違う。
くるりと振り返って納得していた。
同い年とは思えない程、大人びているせいで私よりも三つ程は年上に見える殿下だけれど、今の彼の表情は幼い。
男の子が拗ねたみたいな。
何やら不満が渦巻いているらしく、それを見ているだけで私が不安になってくる。
もしや、私が何かやらかしたとか?
表面に社交用の笑顔を貼り付けつつ、内心冷や汗をかいていたら、殿下は予想外のことを言い出した。
「前々から親しくしていた私ですら、名前で呼んでもらってないのに」
え? そこですか?