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  三日間寝ていた私の居ない間、特筆することはなかったらしい。

  あの叔父様は相変わらず接客などは出来ず、あのベルに頼りきりだったそうな。


  私はというと。

『ご主人、大丈夫か?』

  裏庭の花壇の付近で、頭を抱えていた。

  この数日、色々とありすぎたせいで受け止められない。

  フェリクス殿下と顔を合わせる度に自分の罪の大きさを自覚する。

  私はなんて不誠実で最低な女なのだろう。

  殿下は申し訳なさにうち震える私を心配してくださって、あまつさえ慰めてくださったのだ。

  あんなに優しい人の想いを私は……。

  確かに関係が変わってしまえば、私はきっと潰れてしまうのは確実だ。

  結局、昔のことを忘れられていないのだ。

  今は今。昔は昔。そして、どんな道を辿ろうとも、それは私の歴史。誰が何と言おうと、過去の私は一歩踏み出したのだ。

  色々と理解はしているはずなのに、それでも私はまだ、もがいてる。

  罪悪感、申し訳なさ、自分自身の不甲斐なさ、得体の知れない恐怖。そして、甘くて苦いこの感情は切なさだろうか?

「ええ。問題ないわ。ここに居るのは、事情があってのことだもの」

  乙女ゲームのシナリオは、どんなルートで進んでいるのか。

  兄ルートだけは潰れてしまっているけれど。

  確かこの時間、リーリエ様たちは一緒に時間を過ごすと聞いたもの。

  チラリと姿が見られたら、大体分かる。

  食事を取る際に、リーリエ様が誰の隣に座るかで、誰と上手く行っているのか、確認したい気持ちだった。

  フェリクス殿下と仲良くなっていたら、良いのにな。

  彼の幸せ。それ以外に思いつかなかった。

  本当に好きになってくれる人に愛されること。それが幸せなのではないだろうか。

  自分自身がしてしまったこと。人の想いに干渉し、踏みにじった。

  そんな私と違い、リーリエ様は純粋無垢で素直で一途だと思う。

  私ではなく、本来はあの子を好きになるべきだった。

  私ではきっと無理だ。それに、私が耐えられない。

  罪悪感が渦巻き、苛むけれど、私にはこの程度の痛みじゃ足りなかった。

  私は最低な人間だわ。

  とりあえず昼食にしようと、近くのベンチに座り、膝の上にお弁当を置く。

「……っとその前に」

  大きめのポーチを肩から下げており、そこから一つだけ小瓶を取り出した。

  いつも持ち歩いている薬瓶には、魔法薬がいつものように満たされており、揺らす度にチャポンと揺れる。

  部屋で見ても良いのだが、外で見た方が魔力粒子が確認しやすいので、作りたてを確認する時、私は外に出ることが多い。

  調合の仕方を変えたり、普段と違う薬を作った時、私は外の新鮮な空気を吸いながらじっくりと観察するのだ。

  今回の魔法薬は、魔力の流れに敏感な人用のもので、少しの刺激で過剰な反応を起こして頭痛などを起こしてしまう人用に調合した。

  魔力の流れに敏感ということで、そういった人たちは有能だったり天才なことが多かったりする。

  少し先、遠くにリーリエ様ご一行が優雅に昼食を準備している。

  簡易的なテーブルに清潔な布を被せ、あの辺りはティーパーティーのようである。

  きっとお抱え料理人に作らせたのだろう。

  ちょうどいい配置で並べられる美味しそうなサラダやフルーツ、メインの品々。

  私みたいに、膝の上に弁当とかいう適当さではない。

  リーリエ様の隣に居るのはフェリクス殿下だ。

  なんだかんだ言いつつも仲良くしているじゃないか。

  問題、なさそう。

  ふっと目を逸らし、空を仰いでいれば、ふと誰かが私の視界へと入り、影が差した。


「お前か。最近入ってきたっていう医務室の女は」

「え?」


  私は一瞬固まって、向こう側──リーリエ様たちの方向へと見やった。

  あれ?

  もう一度、目の前の彼を見て、もう一度向こうを見やる。

「何、挙動不審になったんだ?お前」

「だって……」


  驚くのも無理はないと思う。


  呆れた目で私を見下ろしている男の子は、三人目の攻略者だったのだから。


  ノエル=フレイ。子爵家令息。


  天才魔術師と言われている男の子。魔術師団団長の息子で、将来を約束されている名門の出。

  濡れ羽色をした艶やかな黒髪は美しいが、はっきりとした意思が滲む緋色の瞳は、情熱的で。

  間近で見て、その鮮明な赤に吸い込まれそうになった。

  本当はここで現実に帰るべきだったが、ふと私は別のところへと思考が飛んで行った。

「ルビーみたい……。それに綺麗。ここまで綺麗な赤色ってことは、色素による生まれつきのものというよりも、魔力の色かしら? 魔力に色があるなら、赤以外に光る瞳もあるとか。それはないか……魔眼ならともかく聞いたことないわね……」

  ぼんやりとしながら馬鹿みたいに呟いた時には、意外そうにこちらを見ているノエルが居た。

「ふーん。僕の目に怖がらないばかりか、仕組みについて気になっているとは、お前もしかしなくても研究馬鹿か」

「なっ! 失礼な! 叔父様とは違います」

  とここまで口にしたところで、はっとする。

  これは相手に対して失礼なのではないだろうか?不躾に見つめてしまっただけでなく、確かノエルはゲームで自らの目について悩んでいた描写が……。

「すみません! 突然、不躾なことを……。ぼんやり考え事をしていたもので……」

「僕は気にしない。それより、良い着眼点だ。褒めてやっても良いぞ。……赤く光る瞳は高魔力の証って聞いたことあるだろう?」

「……そうですね」

  この国で赤目に生まれた子は、不幸の子だとして忌み嫌われている。

  悪魔の目を持った赤目の者は総じて魔力が高く、災いを起こす存在らしい。

  過去に赤目の者が問題を起こしていたせいで、後の世の者が被害を被っている。

「だが、魔力量が豊潤な者など、この世界にはそれなりに居るのに、おかしいとは思わないか?」

「確かに、それだと、この世には赤目の者が多くなりますよね。恐ろしい魔力量の知り合いが居ますけど、赤目になったりしたのは見たことがないですから」

  叔父様の紫色の瞳が光ったことはあるけど、赤くなったりはしていなかった。

  それにしても、この人は何故、自らの目について語り始めたのだろう。

  少し気になるのは。

  ゲームでは、具体的に能力については掘り下げてなかったし、悪魔の子として虐げられる描写しかなかったが、赤目に意味があるとしたら?

「もしかして、赤目に何か能力的なものがあるのですか?」

  実際、赤目の者は魔力が多いのが参考文献にも記述されているのが事実。

  とはいえ、何故、赤目の者が罪を犯すことが多いのかが気になった。

  どうして一部の者だけが悪魔と呼ばれなければならないのかと。そこに理由がなければ理不尽すぎる。

  それなら赤目であることに意味があるとしたら、それは能力なのでは?

「魔力が多い……。赤目の者が優秀……。これは私の勘ですが、恐らく魔力のコントロールに関わる力をお持ちなのでは? あれ? となると、やはり魔眼?」

「正解。お前、怖がるどころか、そこまで考察するなんて、やはり研究馬鹿の類だろう」

「違います」

  もう一度出てきた叔父様の笑顔を慌てて打ち消す。

「これは常時発動している魔眼だ。意識的に使えば、あるものが見える」

「あるもの?」

  そわそわしている私を見て、彼は苦笑する。

  あれ? ノエル=フレイってこんな簡単に笑うキャラだっけ?

  魔術的なことに関しては話をしてくれる人だったとは記憶しているが。

  彼はツンデレ、仏頂面、人付き合いに価値を見出さないタイプ。

  だが、魔術の話なら、割と語ってくれるし、まるで教師のように丁寧に解説してくれるので、気が短い人間ではない。

「魔力の粒子が見えるんだ」

「その能力、叔父様が聞いたら欲しがるのだろうなと思いました」

「はっ、それを聞いたお前の感想が平和すぎて驚きだ」

  脳内お花畑と言われた気がしてむっとしていたが、ノエル=フレイは何故かほっとした表情をしていた。

  実は自らの目について話すのに躊躇いがあったのだろうか?

  この事実はゲームでも明かされていないのだから、つまりはヒロインにも言っていない。

  誰にも言わずに秘密にしていたということだろうか?

  ゲームと現実は違うと、改めて思ったと同時に、青ざめる。

  もしかして私は人の秘密に無遠慮に立ち入ってしまった?

  あまりこの話を続けるのも悪いと思った私は話を転換することにする。

「そう。叔父様で思い出したのですが、私にまた大量の仕事を押し付けて来たのですよ。あんな穏やかそうな顔をしているけど、叔父様は私の体の状態が万全だと一目で見抜いたそうなのです」

「ああ。あの手の研究者は有能だからな。人の出来ること出来ないことを把握している。で、その分こき使って来る。お前、倒れたんだろう? 三日前くらいに。医務室勤務なら、体調管理くらいしておけ」

「ごもっともです……。何の申し開きもありません」

「ああ。殿下がお前のことを心配してたからな」

  それを聞いてまた罪悪感が首をもたげる。

「恐れ多いことです」

「……そうでもない。あの人はお前のこと、気にかけているようだな。僕にはどうでも良いことだけど。今も、こっちに気付いてる」

「あっ」


  遠くに居るはずのフェリクス殿下と、今、確実に目が合った気がした。


  まさか、中庭で私たちが会話しているなんて、誰も思う訳がない。

  こちらにチラチラと視線を向ける殿下に、何故だか少し嫌な予感がした。


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