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「レイラが私を愛して……?」
勇気を振り絞って伝えてみたは良いものの、フェリクス殿下は何故か目を瞬かせて信じられないとでも言いたげな呆気に取られた顔をしていた。
「……あの?」
私はニュアンスを間違えたのだろうか?
ここで想いを返す場面ではないとか……?
恥ずかしさと満足感と戸惑いが入り交じり、間近に見えるフェリクス殿下の綺麗な蒼の瞳を眺めることしか出来なかった。
「まさか、レイラが私にそんな夢のような言葉を……」
私の『愛してる』を元々期待していなかったのかもしれない。
私はそう言うことをハッキリ言えるタイプじゃないからだ。『好き』は言えるが『愛してる』なんて私には難易度が高すぎる。
それを知っているからこそ、この反応なのかもしれないけど、思っていた反応と違う。
私に言われたことを実感を伴いながら理解すると、フェリクス殿下は、ほんのり頬を染めて夢見るような表情で淡く幸せそうに微笑んだ。
無意識なのか意識的なのかは分からないけれど、それから彼はこちらに流し目を送ってきた。
それは私をどこかへ誘うような妖しげな美しいものでもあって……。
ひえっ!? 男の子なのに、色気が噴出した!?
どこか無防備な微笑みだが、現実味のないくらい綺麗な笑顔でもあった。
年相応に見えるのに、酷く大人びて見えるような気もする。
ドキドキと胸を高鳴らせていたら、彼は私を胸元に引き寄せて、耳にわざと小さな音を立てて口付けた。
耳朶を彼の唇が触れるか触れないかの曖昧な触れ方を保ちながら這っていって、含めるように囁いた。
「……っふふ。本当に参った。ねえ、レイラ。今から私の音を聞いて。耳で」
耳をやわやわと軽く摘まれて、ピクンと体を震わせた後、本格的に抱き込まれた。
ああ。フェリクス殿下の鼓動が激しいのが分かる。
心臓の音が鳴り止まない。何度も何度も。
「レイラ、私もすごく昂ってる。どうしたら良いのか分からないくらいに」
私の頭を引き寄せて、腕の中で抱き締めると、熱い声で私の耳に吐息混じりの声を吹き込みながら、私の名前を呼んだ。
「レイラ……今のもう一回言って?」
「……はい。私、フェリクス殿下のこと……」
「うん」
『愛してる』と口にするのは慣れていない。先程は言えたのだからと、口篭りつつも、ようやく口にした。
「……愛、してます……」
その言葉を口にした途端、目の前の蒼の瞳には、その色とは真逆の熱い何かが宿った。
蒼い炎のようにも見える、その情動。
フェリクス殿下の様子はいつもとは違い、切なげに目を細めて、込み上げる何かを堪えているようにも見えた。
「キスしたい……」
フェリクス殿下はそう懇願した。
はあ……っと零れる吐息に、熱に浮かされ甘く掠れた美しい声音。
この場合のキスは、軽めのものではないのだろうと何となく思った。
「レイラ……っ。駄目?」
今にも唇同士が触れそうな距離で、フェリクス殿下はキスを再び所望した。
食らいつく寸前もいった雰囲気で、私の唇には微かに吐息がかかる。
こくりと軽く頷いて許可をした刹那、フェリクス殿下の様子が豹変した。
「──っ!?」
遠慮なく重なってきた唇の生々しい感触。
言葉通り、貪り食うみたいに私の唇を強引に食むと、角度を変えながら口付けを深めていく。
ちゅっ……くちゅ……と艶めかしい水音が部屋の中に響いていく。
「っはぁ……ん、はぁっ……」
フェリクス殿下はキスを仕掛けながらも荒々しい吐息を繰り返していてけれど、やがて後頭部を引き寄せられる。
「んっんぅっ……!?」
唇を強引に割り開かれ、くにゅりとした熱い舌が口腔に捩じ込められ、逃げようとした私の舌は絡め取られた。
ぎゅうっと目を瞑ってそれを受け止める。
「んっ……ん──っ!」
くちゅ……くちゅ……と水音を立てながら、執拗なキスがずっと続いている。
「っ……はぁ……、っ──は、レイラっ……」
舌が抜き出されて、お互いに肩を弾ませていたが、フェリクス殿下にいつもの余裕なんてなくなっていた。
再び引き寄せられて濡れた唇が私のそれを覆った。
息が苦しくても、私はキスの仕方をもう知っていた。
全部、この方に教えてもらった。
そんなフェリクス殿下の理性は、いつもより……、外れかかっている。
余すところなく口内の粘膜を舐め尽くされ、舌を擦り合わされ、時折じゅっと音を立てて吸われた。
「──んぅっ!」
「んっ……逃げるな、っレイラ」
思わず顔を逸らそうとしたのを咎められて、
体もおかしくなってきた。
フェリクス殿下は余裕がないのか、いつもよりも口調が雄々しく荒々しい。
お腹の奥が疼いてきて、太腿を思わず擦り合わせた。
捕食するような容赦のない口付けに、涙が一筋零れて、シーツに落ちていく。
それに気付いたフェリクス殿下はハッとした様子で、私の咥内から己の舌を抜き去ると、私を貪るのを止めた。
絡めていた舌と舌が外れて、ゆっくりと身を離して。
透明な糸が私たちを繋いでいて、それがプツリと途切れるのを私は呆然と見守っていた。
上気して火照った頬に、目は若干潤みつつも、フェリクス殿下の目には欲の残滓と、罪悪感のような色が見え隠れしている。
私が泣いたから、止めたんだ……。
濡れた私の唇に指が添えられ、ゆっくりと親指で拭われていく。
「んっ……」
「泣かせちゃった……ね」
目尻に浮かんでいた透明な雫に、フェリクス殿下の唇が寄せられ、さりげなく舐め取った。
宥めるように肩を抱かれ、背中を撫でる手は優しい。
先程まで暴走していたとは思えない所作。
「ごめん、すごく嬉しくて、暴走した。」
ただ、『愛してる』と伝えただけだったのに。
その一言で、どうやら理性が外れかかったらしい。
「明日、レイラが仕事じゃなければ良かったのに」
心から残念そうな声と、腰をゆるゆると撫でる手から、フェリクス殿下がナニをシたいのかは明白で、私は彼の胸元に顔を埋めた。
私との約束だからと堪えているようだ。
もし、私に体力があれば、このまま体を重ねたかもしれないのに。
そこでふとベッド下を見やった。
「……?」
ルナが居ない。そういえば連日、ルナを部屋から出していたから、もしかしたら今もフェリクス殿下とやり取りをしているうちに、ルナは部屋をこっそり抜け出したのかもしれない。
羞恥心に頬を赤らめる。
たぶん、今は準備万端という状況で、フェリクス殿下も私と……その……そういうことをシたいと思ってくださっている。
「明日が仕事のレイラに無理はさせたくないから。平日にするなら、もっとそういうことに慣れて、体に負担がかからなくなってから……だね」
「な、慣れる……」
何度したら、そういうことは慣れるのだろうか?
分からない……。
私は顔を再び埋めたまま、顔を上げられなかった。
「うん、また今度貴女が欲しい」
頭のてっぺんに柔らかくキスを落とされて。
「……はい」
私はコクリと、確かに頷いた。
「レイラ、顔を上げて」
「……は、はい」
顔をそっと上げると、顔を寄せられて、ドキリとしたが、彼は私の唇に軽いキスをしただけで、すぐに離してくれた。
先程とは違う労るような優しいキス。
ただ、私の頬を優しく撫でながら間近で微笑んでいた。
「怖がらせてごめんね……レイラ」
ふるふると首を振り、私は囁いた。
「フェリクス殿下にされて嫌なことなんて、一つもありません……」
「こら。そういう破壊力のあることは言わない。……またさっきみたいに食べたくなるから」
頬を赤く染めた私に、彼は苦笑すると。
「今日は寝ようか。眠くなるまで、今日の出来事でも語ってくれる?」
「は、はい!」
それから、そういう色めいた空気になることはなく、フェリクス殿下は私の話を楽しそうに聞いてくれるのだった。
眠くなるまで、ベッドの上で話を聞いてくれた。
二日の有給が終わる最後の夜のことだった。




