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紅の魔術師の暗躍

クリムゾン目線です。

 レイラ=ヴィヴィアンヌは、人間不信のくせに人に寄り添うことを諦めていない少女だと思う。

 同時になんて、不器用なのかとも思う。

 日々、葛藤して研鑽するよりも、何も考えずに楽しいか楽しくないか、気に入るか気に食わないかとそれだけを行動理由にする方がよっぽど楽だというのに。

 それなのに彼女は茨の道を歩こうとしている。



 早朝、濃霧の中、汚物が散乱した道を慣れた足取りで進みながら、クリムゾンは己の最愛の存在へ想いを馳せていた。

 ──会いたい、な。

 何かある度にレイラのことが頭に浮かぶし、なんなら心の中には彼女が住み込みで暮らしている。

 そして、今回のように酷い場所へ赴く度、彼女を関わらせるまいと決意を新たにするのが習慣になった。

 何だかんだと巻き込んでしまっているのが辛い。上手く行かない。


 壊れかけた家屋に足を踏み入れて、損壊した窓ガラスと壁の瓦礫を避けながら進んでいく。

 元は応接室だったらしい手前の部屋を覗くと、人影が二つ。


「遅かったじゃん! クリムゾン。もうこんな約束反故にしてしまおうかと思ったんだけどー?」

 白金色の髪に、こちらも薄い空色をした瞳の小柄な少年が、黒のローブの隙間から睨めつけていた。

「いいえ、時刻はぴったりです。遅刻はしていませんよ、マリス=インパルス。……それと、約束を反故にして困るのは貴方ですよ。貴方、証拠隠滅なんて出来ないでしょう?」

「面倒だなあ。確かに捕まるのはヤだけどさあ」

 マリス=インパルス(悪意の衝動)という齢十四の少年は、理性のない獣。王都で指名手配されている賞金が付いてくる程の凶悪犯。

 名前を付けるのは良いがセンスがないと言ったことがあるが、『クリムゾン(紅の)=カタストロフィ(破滅)とか名乗っている奴に言われたくない』と一蹴された。

 悪意の衝動。確かに殺人衝動は悪意に違いない。

 ただただ己の殺人衝動を持て余して猟奇殺人を繰り返す。

 クリムゾンの手駒その一。

 騎士団に捕まりたくはないだろう、こちらでターゲットを用意する、証拠隠滅などの後始末は任せろ、と言ったら、マリス=インパルスはすぐに頷いた。

 字が読めない、学がない、殺人だけを繰り返し、盗みを働き今まで生きてきた少年。

 詳しくは知らないが、最下層でゴミのように扱われて来たとか本人が零していた。

 約束とは、クリムゾンとの契約だ。こちらでターゲットを用意する代わりに他の人間には手を出すな、という簡単なお願いごと。

「ああ、そうだ。クリムゾン。今回の材料は五体分。一人手こずったから、上乗せ頼むよ!」

 小さな手を向けて来たので、懐からゴソゴソと取り出した札束をその手にぞんざいに置いた。

「マリス=インパルス。いい加減、服を買ったらどうです?それなりの格好をしていないと、怪しまれますよ?」

「なんで俺があんたの前で真面目なナリをしなきゃなんないの?ヤダよ、面倒だし。怪しまれないように上手くやってるって」

「怪しまれていないなら、何でも良いですけど」

 商品を調達して来てくれるなら、どうなろうと構わないが、この少年を野放しにするのは、色々と問題があると思う。

 一連の事件が収束したらその後の対応を考えるとして。


 応接室の壊れかけの本棚の影にひっそりと身を潜めるようにして立っている一人の騎士の姿をチラリと見やる。

 黒髪長髪の男。後ろで一纏めに上げている髪がサラサラと動物のしっぽのように揺れている。

 クリムゾンの手駒その二。

「ニール=ベイカー。騎士団の帰りなのは分かりますが、露見しては居ませんか? 最近では警備が強化されているでしょう?」

 やはり、主の魔獣召喚が大々的に行われたせいだ。

 全て纏められて片付けられたが、召喚の瞬間さえ見られなければ、各地に分散して散らばる予定だったのだ。魔力を食ってくれる予定だった人工魔獣は、一通り満腹になれば主の元へと戻って来る予定だったとか。

 そうなれば被害は甚大だ。人工魔獣は無差別に魔力を持った人間を喰らう。

 主は、クリムゾンに一言もなく、魔獣召喚の魔法陣を作り出して計画を実行してしまった。


 レザレクションを維持している間に、そんなことが行われるとは誰も思わない。

 本当にレイラに精霊が付いていて良かった。

 とにかくその事件のせいで、警戒レベルは上がってしまった。


 騎士団の服を着ている男は、見た目通り所属は王立騎士団。それも庶民からの叩き上げで上級騎士の称号を得ている。

 腕を組んでいたニール=ベイカーは、無口無表情のまま口を開いた。

「……この辺りで強盗が現れ、対応に追われていた。無辜の民が人質にされていたからな。騎士として、出来ることはしたい」

 素っ気なく告げる男の前髪で彼の表情が隠れた。

 この男の目的もよく分からない。騎士団所属で、騎士の仕事に人並み以上の誇りを持っているように見えるというのに。

「騎士団の中から数名、逸脱者が出た。殺そうが何しようが構わない」

 こうして、淡々と騎士団内部の人間を送って来る。彼の選ぶ基準は分からないが、全て後始末が終わった後に送り付けてくる。

 実際、彼が『何しようが構わない』と言って送り付けてきた人間は皆、社会的地位がなかった。

 公爵家の伝手で調べても、表向きには何かの犯罪者ではなく、皆、事故死や不審死、病死などで片付けられていた。

 ──どんな手を使っているのだか。

 だが、この男にも興味はない。

 使えるから使うだけ。取引相手として、利害が一致しただけだ。

「ニール=ベイカー。貴方は金銭などは、本当に要らないのですか? 毎回、完璧な仕事をしてくれていますし、タダ働きはこちらとしても気が咎めます」

「くどい。逸脱者を引き取ってくれるだけで充分だ。死体の処理はさすがにできかねるからな」

 逸脱者。正しくは、騎士道の逸脱者……だろうか。

 騎士道を重んじる彼は、騎士団内部の腐敗を許さない。

 自らを正義と定義するでもなく、悪とも定義していない男。

 彼の中では正義も悪も意味などない。

 見ているのは、現実のみ。


 凶悪犯の少年と比べれば、使い勝手は非常に良い。

「まあ、良いでしょう。取引場所は、前回の地点から反転したK座標でしょうか?」

「今回の発動魔術の順序は、水・火・水・闇の順だ」

「分かりました」

 取引場所と、合言葉代わりの限定的な魔術行使。ある一定の法則に従い、特定の魔術を使い、照合するのだ。複雑に絡み合わせるので、それが鍵代わりになる。

 人工魔石結晶が発明されてからは、バリエーションが増えた。

「クリムゾン! 次、俺はどれを殺せば良い訳?」

 マリス=インパルスは心から楽しそうにはしゃいでいる。

「おいでなさい」

 素直に近寄って来たマリス=インパルスの額に指を当てて魔術を発動する。

 術式で直接、脳に刻み込ませた。

「あー! こいつらかー! 調子乗ってるから、そろそろだと思ってたんだよ! サンキュ! クリムゾン!」

 マリス=インパルスは瓦礫をぴょんと跳び越えると、部屋から出て行った。

 その様子をニール=ベイカーは無感情で眺めていたが、しばらくすると騎士の礼を取った。

「クリムゾン。協力に感謝する。では、また」

「はいはい」

 手をヒラヒラ振れば、彼は隠形魔術をかけて、溶けるように消えていった。

 なかなかの術式だと思った。


 一人きりになったクリムゾンは苦笑した。

「相変わらず、我が道を行く人たちです。協調性がない」

 そうボヤいた瞬間。

『はは、我が主も人のことは言えないかと』

 アビスが影の中から現れて、気が付けば、壊れかけた本棚の上からこちらを見下ろしていた。

 猫だけあって、高いところから見下ろすのが好きらしい。

『我が主の場合、自覚済みだから余計にタチが悪いですよ』

「それもそうですね。ですが協調性がなかろうと、俺は不便していないので。それに協力者なんて要りませんし」


 三人の関係は協力関係ではない。信頼などはないし、都合が良かっただけだった。

 彼らの思いにも興味などない。

 すぐに皆、背を向けてそれぞれの行き先へと足を向けて行く淡白な関係。

 単なる取引相手。

 契約を破り、裏切るならば、こちらが先手を打って処理をするのみ。

 信頼も何もない。

 クリムゾンは、人間関係などというものに希望を見出すのは、不毛なことだと知っているから、誰かに寄り添うことをしない。

 人間不信が誰かに寄り添える? 普通に考えて無理だ。

 渇望しながらも自分には無理だと、そう思った。


 ふと、頭の中に学園の中で馴染もうとするレイラの姿が思い浮かんだ。

 一線を引きながらも、違和感をかき消そうと必死に藻掻くレイラ。

 クリムゾンと同じような人間不信のレイラは、不器用ながらもそんな無茶を押し通そうとしていた。


 ──レイラと俺の違いと言えば、それだ。



 他人に寄り添おうとして来なかったクリムゾン。

 他人に寄り添おうとして来たレイラ。

 似たもの同士である二人の、決定的で大きな違い。


 鏡合わせのように似ているからこそ、ハッキリと分かるその違い。

 ──レイラは、不器用で可愛い。

 レイラの不器用さはいじらしくて、同時にとてつもなく強くて、眩しくて、愛しかった。

 本人は自らの人間不信も何もかも、世の理だとある程度割り切って妥協しているつもりでいるようだが、医務室で人の悩みを聞いたり、世話を焼こうとする時点で、人と関わることを諦めていないのは明白で。

 そんな鈍感なところも愛しい。


 彼女のひたむきさに、どうしようもなく恋焦がれた。

 人は皆、自分と違うものに憧れ、手を伸ばしたくなると聞くけれど。

 確かに、レイラが持つ自分との決定的な違いを、その不毛さを、矛盾を、クリムゾンは愛してしまった。

『もしかして、レディのことを思い出してますか? 我が主。頬が緩んでいます』

「ああ、そうですか。気をつけないとですね。レイラのことを考えると、つい」

 ふとしたことで頭の中に浮かぶその姿。

 そうして、気が付けば微笑んでしまっている。

 これは、ある意味では思い出し笑いか何かだろうか?

「だらしない顔をしていましたか?」

『だらしないというより、主が人間のような顔をしていたので、今日は爆弾でも降るかと』

「俺は元々人間ですよ」

 クリムゾンは、苦笑しながら、廃墟を後にした。

 ──レイラが居てくれて良かった。


 そんなことを思う。


 これは、依存ではなくて、依存に見せかけた酷い執着だ。

 クリムゾン=カタストロフィは、レイラ=ヴィヴィアンヌが自分とよく似た人間であると同時に、全くの別人だと前から知っていたのだから。

 結局のところ、お人好しなレイラと違い、自分は好きな人以外どうでも良いと考えるような類の人間なのだ。


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