87
扉をルナの魔術で閉めて、密談が始まる。
念の為にルナの耳にも入れて欲しかったので、医務室は以前の叔父様のように、一時的にセルフサービス対応にしておいた。もちろん、呼ばれたら私が出て、代わりにルナに聞いてもらう。
叔父様の実験室に入ったノエル様は色々なものをガン見していて、色々な実験道具に興味津々なのが丸わかりだったけれど、フェリクス殿下の手前、「気にしてないです」という姿勢を意地でも貫き通していた。
なんというか、真面目なお方である。
フェリクス殿下は、私をソファに座らせてくれたけれど、さっきみたいに密着して座ることもなく、さすがに自重したのか、そのまま立っていた。
チラチラと周りを気にしながらも、ノエル様も立ったまま話を切り出した。
「人身売買?」
ノエル様の紅の瞳は、嫌悪感とやるせなさを孕みつつも燃え盛っていた。
「それ、私の情報網には全く引っかかって来ないんだけど。初耳だよ」
人身売買なんて大掛かりなことをしていれば、フェリクス殿下の情報網に引っかからないなんて有り得ないだろうに。
「魔術師の独自の闇ルート、レザレクションを経由しているからな。さもありなんってところだな。あいつら名前の通り、何度も復活してくるしな」
魔術師の中でも違法取引となる物品の数々を流通させているというレザレクション。
そこでは、違法の薬物や取り締まられている魔術具に、植物──そして人間そのものまでも流れているらしい。
物流ルートは特殊な魔術で阻害されているため、物流ルートの痕跡を残すこともなく見事なまでに解析不能で、さらにこの国にいくつかある闇取引の中でも1番きな臭い。
というかレザレクションの存在を知っている者自体があまりに少なく、私がたまたま知っていたのも、叔父様が居たからだ。
1番そういうものに手を出しそうな叔父様だが、認可されていないものを使用して実験するのはリスクが高く、王国から補助金が出ることもなく、中途半端に実験が終わるだろうからと手を出してはいなかった。
つまり、叔父様。状況が整っていれば、やるのですか?なんて聞いてはいけない。私は聞かなかった。
うん。マッドサイエンティストらしさ全開とはいえ、叔父様にも良心というものが備わっているはずだと思う。人身売買とか、かなり嫌いみたいだし。
「ノエル様。よく調べられましたね?」
「僕の場合、魔法薬の取引もしているし、それなりに名の通った魔術師だからな。時々、遠回しにお誘いがあるから、危なくない程度に乗ってみた」
ええ……。乗ってみたって……明らかに危険すぎる潜入じゃない?
情報漏洩をすれば、大罪人だとばかりに物理的にも社会的にも消されるって聞いたのだけど。
契約魔術を違えれば、即座に謎の集団に取り囲まれ、体をバラバラにして売られるって聞いたのだけど……!?
悩ましげな私の顔を見て、フェリクス殿下が安心させるように言った。
「ノエルには、契約魔術を打ち消す秘薬があったから平気だよ。その材料に私の血を提供したくらいだし」
『ああ。あの噂は本当だったのか。王家のエグい血液の噂は……』
え。なんかルナが怖いこと言ってるんだけど?
ルナは耳をピクリピクリと揺らしながら、目を逸らしていた。
「王家の者の血って特殊でね。とにかく干渉力が強くて、上書き能力も強いから、契約魔術くらい訳ないんだ。ノエルにはそのための薬を作ってもらった上で潜入してもらったから、無理さえしなければ危険は一切ないよ」
「いやもう、王家の血筋は保たれなければならないと僕は思う」
たぶん言っている意味合いが普通と違う気がするが、ノエル様がそう思うくらい強力ってことなんだろう。
「人身売買に関わっているのは上位貴族がほとんどだった。ユーリ殿下に教わった変装術や王家の隠密を駆使した結果、暴き出された一覧がこれだよ。……それにしても皆、慎重すぎて手間取ってしまった」
私とフェリクス殿下が覗いて驚いた。当主本人が関わっていないとはいえ、公爵家のほとんどが人身売買に何かしら縁があるのだ。
例えば取引の日に会合があるとか。
「この資料によると潔白なのは、サンチェスター公爵家だけですね。他の公爵家は皆、何かと怪しげな点がありますし」
これを見ると殿下が公爵家から婚約者を取りたくない気持ちが少し分かる。
「……ふーん。サンチェスター公爵家……か」
フェリクス殿下はぽつりと呟いた後、何か思案するようにその綺麗な柳眉を僅かに顰めた。
「ノエル。サンチェスター公爵家には深入りしなくて良い。私が、直接調べることにするから」
「……? 分かった。……とにかく以前の人体実験に関わりがあると思うんだが」
以前の人体実験。人の体の魔力量を底上げするという実験のことだ。
「そうですね……。この資料のこの血液。大量の血液が流通しているのも、生命力を魔力に変換していると考えれば……。そもそも、あの時も思ったんですよね。魔力を植え付けるにしろ、その魔力自体はどこから来たものなのかと」
「普通は無から有など生み出せないからな」
「今回、この話をレイラにも聞かせたのは、注意喚起だね。人身売買だけでは補いきれないこの大量の血液がどこから来ているのか。1つ私の方で情報を掴んでいてね」
頷きながら、フェリクス殿下は懐から小さなミルク色の粒みたいなものを出すと軽く放り投げる。
バサリ、とそれは突然、紙の束に変わり、再びそれを指先で受け止めて私にそのまま手渡した。恐らく圧縮系の魔術だ。
「これは……被害報告?」
「ここ最近、若者を中心に被害が多発しているんだ。そのくせ、あまり情報がないのが違和感ありすぎてきな臭い。闇の魔術を使った通り魔事件。人の影から直接、血を抜き取る高等魔術だ。対処法は、自分の影を作らないこと……といっても日陰に入るとか、そういうことしか出来ないだろうけど」
『ご主人は問題ない。私が居るからな』
そういえばルナは影を駆使して戦っていたし、そういった魔術で襲われたとしても跳ね返してくれそうだ。
「フェリクス殿下。私の契約精霊が対処してくれるそうです。それに影を使って攻撃出来るので」
「本当に、レイラが精霊と契約していて良かった。とにかく、深入りしたら危険だから。表立って調べると邪魔が入ることが多くてね。本当にこの一連の事件はおかしい」
どうやらこれも極秘案件ということで、一部の者たちが捜査しているらしい。
確かに精霊が居るからと油断して、追いかけて行ったら危険だ。
王太子の婚約者になったからには、1つ1つの行動に気をつけなければならないのだから。
「ふーん。精霊のこと言ったんだな、レイラ。僕の他は知らないと思ってた」
何気なく、本当に何の気もなく、ノエル様が口にして。
「どうして、ノエルの方が先にレイラの契約精霊について教えてもらっているの。私は最近教えてもらったばかりだというのに」
フェリクス殿下が真顔になった。
『何故、ご主人の周りに居る男たちは皆、心が狭いのか』
「あああああ!! それはともかくとして! 事件のことは気をつけるとして! そう! 例の件。あの女の件だ」
ノエル様は慌てふためいて、あからさまに話をすり替えた。
フェリクス殿下の胡乱な眼差しに気付かない振りをして目を逸らし、首をぐぐぐっと不自然に回している。
ノエル様、人間の首は1周しないと思う……。
「そう! リーリエ=ジュエルムの話だ。『私は、諦めない! 真実の愛が打ち勝つの!』とか何とか吹聴していたぞ! 僕も何故かダル絡みされて、非常に迷惑だった! よく分からないが、何かのヒロインでも気取っているのか?」
「もう……嫌だ」
ノエル様のその情報を聞いて、フェリクス様は撃沈していた。
リーリエ様は諦めるつもりなど、毛頭ないらしかった。




