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 とりあえず腰に付けているポーチに、貰ったプレゼントを移動しておく。

 特殊な空間魔術を施されたポーチは本当に何でも格納してしまう。


『逃げる準備をしているようにしか見えないが、おそらくそれで正解だ』

 爆発寸前のリーリエ様の前にノコノコと姿を現したら、各方面に迷惑がかかると分かりきっていた。

 最悪、リーリエ様にバレなければそれで良い。


『ふむ。私の魔法も上からかけておくか』

 念には念を入れる。ルナが強力な隠形魔法をかけてくれる。

 隠形魔術は闇の魔力の使い手の方が極めやすいと言われているため、精霊のルナが使うものはレベルが違うのだ。


「今まで一緒に居た時間は何だったの? 私との絆は婚約者が居るからって消えるものなの? そんなのおかしいよ!」

 とりあえず盗み聞きになってしまうのを避けようと彼らが視界から見えなくなるくらいまで後退しようとしたところで 、今度はフェリクス殿下が口を開くところだった。


 盗み聞きはするべきではないと思っていた。


 だけど、フェリクス殿下のその発言は私の体をこの場に縫い止める程に、心を揺さぶった。


「婚約者だからという理由だけじゃない。私は、あの(ひと)を──レイラを心から愛しているんだ。リーリエ嬢といる間もずっと私は彼女に焦がれてた。本当に、不誠実な真似はしたくない。……私が彼女を一方的に想っているだけだから、お願いだからレイラには何もしないで。私の大切な人に手を出すのならば、容赦出来なくなるから」


 その真剣な声と気高い立ち姿に、それが本気なのだと分かった。

 光の精霊の魔法で看破するまでもなく、それが本当のことだと視覚だけで分かってしまった。


 急に自分の頬が朱に染まった。

 あれだけの想いをいつから?

 どれだけ、抱えていたの?

 私は、今まで殿下の何を見ていたの?


 自分の知らない何かでいっぱいになって、思わず壁に手を添えた。

 足は固まって動かないまま、意識はあるのに思考は単純なものへと変わっていく。

 考えるべきことは色々あるはずなのに、その瞬間、私の中に溢れたのは歓喜だった。

 剥き出しな想いだけが私の中にあった。

 ただただ胸がいっぱいになって、私は口元を覆いながら息を整えることしか出来ない。

 奇跡なんて言葉じゃ陳腐すぎる。


 この気持ちは、どう言語化すれば良いのだろう?


 涙腺が緩みかけた私の思考を現実へ引き戻したのは、リーリエ様のヒステリックな声だった。

「嘘だよ! だって、私と一緒に居る方が多かったのに、そんなはずないよ!」

「そういうのは時間なんて関係ないよ」

「レイラさんとは仲良くなる時間なんてなかったじゃない!」

「だから、時間は関係ないんだって」


 そんなやり取りが繰り返される中、さすがに疲れてきたのか、フェリクス殿下はため息をつくと、予想外のことを言い出した。


「それなら、私に嘘を見破る魔法を使えば良い。精霊が使ってくれるんだよね?」

「えっ?」

 リーリエ様は素っ頓狂な声を上げた。意味が分からないと言いたげに。

「その魔法で証明してみれば良い」

「だ、駄目だよ! フェリクス様に試すみたいなそんなことは! こういうのは言葉でわかり合わないと」

「うん。色々言いたいことはあるけど、1つだけ言わせてもらうけど。私の言葉を信じてくれないのは貴女の方だよ」

「だって、フェリクス様が本当のことを言わないから!」


『知りたくもない事実から目を背けているように見えるな。意識的なのか、無意識的なのかは知らんが』

 ルナが冷たい口調で淡々と呟いた。


 おろおろとしていた男子生徒が不憫だった。

 もはや、リーリエ様と穏便に向き合うなんて無理だったのかもしれない。

 私とフェリクス殿下が婚約している限り。


『ご主人。もう行くぞ。かなり混乱しているのか、そなたの魔力が大いに乱れている』

「うん……」

 どくんどくんと鼓動が痛い程、鳴っている。


 いつから? いつから私に対する想いが変化したの?

 フェリクス殿下は外面が良すぎた。完璧な王子様の仮面を被りながら、あの熱量をひた隠して、今まで私に接していたのだ。


 呆然としたまま、医務室に帰って、まだ叔父様の居ないその部屋で、私は震えそうになる唇を押さえながら俯いた。

「向き合わないと……」

 正体がバレるバレない以前に、私は彼のその想いを受け取る準備をしなければいけない。

 殿下にそんな素振りがなかったのは、きっと私のせいだ。

 人間不信で臆病な私の部分を無意識のうちに感じ取っていた?

 友人になった時に私が喜んでいたから、尚更何も言えなくなった?

 全てが正解な気がする。

 孤児院訪問の日も、私を愛していると言ってくださった殿下。

「あの時も、焦っていたから言っちゃっただけだと思っていたけど……」


 本気だった?

 全ての前提条件が狂っていく。私との婚約をフェリクス殿下はどう思っているの?

 嬉しいと思ってくださっている?

 もし、そうならこの婚約は簡単に受けて良いものでなかった? もっと真剣に向き合うべきだったの?


 想ってくださっているのに、私はこれから酷いことを言おうとしていたの?

 待って。もし私のことを想ってくださってるなら、私がこれからしようとしたことは……。

 私に向けられていた彼の表情の全てが鮮明に蘇ってくる。

 彼の私に対する好意を前提にすれば……今まで私は。

「ルナ……。私……その、気付かなかったって許される問題なの?」

『場合によるだろう。誠意があるかないかだろう』

 ルナは正論しか言わない。何か答えを示してくれる訳ではないが、その言葉は刺さる。


 婚約破棄した後は、政略結婚としてどこかに嫁ぐのだと思っていた。

 愛のない結婚が良かった。私を愛さない誰かと結婚するつもりだった。それならお互い様で片付けることが出来るし、罪悪感を覚えずに済むからという最低な理由で。

 その時点で、私に誠意などない。


 殿下が私を想ってくださっていると知って、まず、私を想ってくれている相手にこの仕打ちは有り得ないということに気付いた。

 好きな相手が愛のない結婚を自ら望むなんて、それを見るのは苦痛に決まっている。

 気持ちが楽になるのは私だけではないか!

 私の気持ちが楽になるだけの自分本位な願いだったと、私は今更ながらに気付いて、頭を抱えたくなった。

 そう気付けば、後は芋づる式に理解していった。愛のない結婚を私に望まれるであろう見知らぬ誰かにも失礼だったという事実。

 これは気付かなかったで済まされる問題なの?

 自ら好きな人を傷付けようとしていたなんて。


「殿下に甘え切っていたの、私」

『ご主人はそう思うのか』

「殿下は、私に今まで通りで良いって言うの」


 愛のない結婚を望むということの不誠実さに気付かせてくれたのは、フェリクス殿下の愛の言葉だった。ある意味では皮肉かもしれない。



「まずは……私の正体を言うところから……よね」

 自分のまずやるべきことは、それだと思い立ったけれど、また新たな疑問が湧き出てきた。

 それで、どうするの?

 婚約破棄を頼む? 今から? 非現実的だし各方面に迷惑をかけるし、そもそも目的を達するためだったのに本末転倒すぎる。

 何より私を望んだ殿下に失礼なので論外すぎた。

 殿下とお付き合いを始めるとか?

 それ、私に出来る? そんな難易度の高いことを? 気を持たせるような真似は残酷すぎない?

 じゃあなかったことにする? これも失礼すぎるのでナシだ。


 頭の中が真っ白だった。今まではこれからどうすれば良いのか冷静に考えることが出来たはずなのに、今回ばかりは脳の中が停滞している。


『悩んでいるようだから言うが……ご主人は考えすぎるところがある。もう少し単純に物事を考えれば良いのではないか?』

「単純?」

『好きか嫌いか』

 確かにそれは分かりやすい2択だ。

 ルナの声音は私を労るような響きだった。

 面倒な私の相手を投げ捨てることなく、彼は真摯に向き合ってくれている。

『好きな相手にどうしたい?』

「誠意を見せたい」

『なら、そうすれば良い。簡単なことだろう』

 誠意ってどうやって見せれば良いの?


 私は結局どうすれば良いのだろう?


『……落ち着いて2人で話し合うべきではないか? きちんと本音を交えて、な』

「……なるほど。きちんと向き合うってことね……」

 確かに当たり前のことを当たり前にする。世の中は難しいことばかりではないのかもしれなかった。

 そんな時。

 コンコンコン。

 ほんの少しだけ頭の中を整理しかけた頃、医務室の扉をノックされた。

「はい」

 私は反射的に顔を上げて、すぐに扉を開けて──。


 後悔した。



「……」

「あれ? もしかして仕事中だった?」

「いいえ……フェリクス殿下」

「もうかしこまらずに名前だけで呼んでくれても良いのに。婚約者同士なんだし、2人きりに限るなんて言わずに、ね?」


 いつも通りの表情。先程何かあったとは思えない程、平然とした様子のフェリクス殿下が目の前に立っていた。




『ご主人はお約束とやらが多いな』

 ルナの声はどこか愉快そうだった。


 でも、待って。私、今からどんな顔をすれば良いの!?

 だって、何事もなかったような素振りをしているけど、さっき……さっき殿下は!

 その口で私を好きと言っていたのだ。


 予期せぬ形で本人を前にしたこの瞬間、今まで自分がどのように対応していたのかなども、全てが吹っ飛んでしまったのだった。


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