表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使の羽  作者: みーたんと忍者タナカーズ
9/49

第2章 鈴音とひなた 3

 ママが死んだのは私がいつも暗い顔をしてたからだ。

 沙希は自分が歩けなくなったせいで、パパとママは仲が悪くなったと自分を責めていた。

「鈴ねえはいいね」

 沙希は鈴音のことを鈴ねえと呼ぶ。

「背中に羽が生えていて」

「えっ?羽って、空跳ぶ羽?」

「うん」

 沙希はよく羽がはえてるとか、翼があるとか、口にする。

 鈴音にはなんでそんなことを言うのか、いまいちピーンとこなかった。

 ひなたと話をしていた時も、ひなたが話を合わしてるだけだろうと思って聞いていた。

 しかしたびたびそういう話をされるので、看護士の結城に訊いてみた。

 結城も首を傾げていた。

「それって歩ける足があるってことじゃないの」

 沙希は足が悪い。

 自由に移動することができない。

 移動できる人はまるで羽が生えてるよう……。

 つまり羽が生えてていいねとは、自由に歩けていいねってこと。

「そうか、そういうことか」

 鈴音はそれでなんとなく納得した。

「でも意味深だわ……。羽かあ……」

 結城はそう呟いた。

「何が意味深なんです、先輩」

 沙希の母奈菜が自殺したことを知らされてない鈴音には何のことか分からない。

「あれ、聞いてないんだ」

「何ですか、先輩」

 結城は奈菜が自殺した時のことを思い出していた。

「見て、天使の羽がふってくるでしょ」

沙希は雪のことを羽と呼んだ。

「ママの羽なの」

確かにあの日の雪はまるで天使の羽のようだった。

事実、沙希には天国に行くママの姿が見えたのかもしれない。

 私たちに見えていた雪は本当は自殺した奈菜の翼から抜け落ちた羽だったのかもしれない。

「もしかしたら本当に見えてるのかもしれない……、あの子には……」

結城は最近になって本心からそう思うようになっていた。

「えっ?幽霊ですか?」

 鈴音は脅えてた。

「翼よ。翼!」

「翼って……、ます……」

 結城には鈴音のギャグが手に取るように分かった。

 しょうもない。そんなギャグ言わせない。

「益若でも、キャプテンでもないから!」

結城はギャグつぶしをした。

「スベってますよ、先輩……」

「えっ……、私が……」

見渡すと、結城が周りから失笑されていた。

 でも本当に映画のゴーストみたいに、奈菜さんがいたりして……。

結局結城は鈴音に母親の自殺の話をしなかった。

 それでも秘密はいつか分かる時がくる。

別に隠していたわけじゃないのだが、触れてはいけないことのような雰囲気になっていたことは確かだった。


「自殺したんだよ」

 沙希と同室の悠馬が口走った。

 悠馬は白血病で入院していた。

 母親の希望もあり、友達がいた方がいいだろうと、子供ばかりの部屋に入院していた。

 悠馬と沙希は歳が近いこともあって、仲良くしていた。

 なのに、その日だけは悠馬はイラだっていた。

「違うよ、ママはね、翼を広げて空へ飛び去ったの」

それはまるでおとぎ話のように沙希の口から語られる。

それが沙希が見つけた現実逃避の最善策なのかどうか分からないのだが、沙希はママの話をする時、いつだって天使になって飛び去ったかのような言い方をする。

「お前のママはね。お前の面倒を見るのが嫌になったんだ」

 悠馬の毒舌は、愚痴のように聞こえる。

 悠馬はやきもちを妬いていたのだ。

 鈴音はその時初めて沙希の母親が自殺したことを知った。

ショックだった。

なんでそんなに笑っていられるの……。

 いつだって何一つ辛いことを知らないかのように……。

 鈴音は沙希の強さに驚いた。

「私見たんだ、ママが翼を広げて空に飛び立ったのを」

「そんなわけないだろう」

「私には見えるの。翼が……」

「何言ってるんだよ!へんなこと言うなよ」

 悠馬の母はどう対応していいか、困り果てていた。

「まったく、やめなさい、喧嘩ばかりして」

 悠馬の母は慌てて、悠馬を怒鳴りつけた。

 それっきり、悠馬は怒ったように黙り込んでしまった。

「だから大丈夫。悠馬くんにはきれいな黄金の翼が羽ばたいている見えるから」

 急に悠馬の母が涙をこぼした。

 母親は必死に涙をこらえているようだった。

 その日、悠馬は個室に戻されることになっていた。

 悠馬は病気が悪化して、無菌室に移されることになっていた。

無菌状態で暮らさなければいけないほど免疫力が弱っていた。

悠馬が大部屋にいたいのは沙希がいるからのようだ。

 まだ未成熟な淡い恋心かもしれない。

 悠馬の沙希への想いに周りも気がついていた。

しかしそれを口にはしなかった。

 あの年頃の男の子が照れて意地を張るといけないからだ。

 それでも個室に移る時には寂しさを隠し切れなかったのか、悠馬はぐずり始めた。

 「またね」とお互い手を振り合った。

悠馬はただ寂しかったのだ。

 そして死が身近にせまってる恐怖とも戦っていた。

 母親がいなくても、足が悪くなっても、少なくとも死なない沙希を羨んでいたのだ。

 悠馬は個室で一人ぼっちになる寂しさから、いつだっていろんな人にかまってもらい、可愛がられる沙希への嫉妬を抑えられなかったのだ。

悠馬はその言葉を最後に個室へ運ばれていった。

「ごめんね、沙希ちゃん、また戻ってきたら、仲良くしてあげてね」

 悠馬の母親のその顔は悲しげだった。

それは悠馬がもうこの部屋に戻ってくることがないことを知っていたからだ。

悠馬が消えた後、沙希は黙ったままだった。


「悠馬君の痛みでイラついてたのね」

「もう、抗がん剤も効かないんでしょ」

 そんな話を耳にしながら、鈴音は沙希のことを考えていた。


「えっ、本当なの。沙希ちゃんのママって自殺したの?」

 ひなたが沙希のことを思い出したのは、その時だった。

学生の頃、食卓でたびたび聞く名前だった。

沙希ちゃんの話をひなたは知らず知らずのうちに聞いていた。

 なんか記憶にあると思ったら……。

 沙希ちゃんって、あの時話してた子だ……。

 あの頃のことを思い返すと、いろんなことが一つに繋がっていった。

「だからかあ……」

 あの頃の姉の気持ちが少し理解できた気がした。

 姉が落ち込んで家に戻ってきたことがある。

 そんな姿を見るのは初めてだった。

 一人、部屋に閉じこもって食事もとらなかったことがあった。

「そっとしときなさい。自分の至らなさを責めてるのよ」

 母はそう言いながら、心配気な顔をしていたのを覚えている。

 その時死んだのが沙希ちゃんの母親だったのだ。

 姉はあれから長いこと暗い顔をしていた。

そして突然みさきはブチ切れて、ひなたを罵った。

「ひなたはいいわね。病院を継ぐのを私一人におしつけて」

みさきがあれほど情緒不安定だった時期をひなたは知らない。

何かあったんだろうとしか、分からなかった。

みさきは人に相談するタイプじゃない。

まして妹のひなたに悩みなど漏らすわけがない。

だから何に行き詰まっていたのか、分からなかった。

 鈴音の話で、その謎まで一気に解けた。

謎が解けたのに、気持ちは晴れない。

沙希ちゃんはやっぱりあれで落ち込んでいるのだろう。

それを表に見せてないだけで、内にいろんな辛さを仕舞い込んでいるのだろう。

ひなたには分かった。

ひなただけにしか分からないのかもしれない。

ずっと気になってたこと。

みんなに見える背中の翼が沙希の背中にはないこと。

 沙希ちゃんに翼が見えないのは、あの子の心の闇のせいかもしれない。

だとしたら、どうしてあの子はあんなに笑顔なの……。

 羽ばたく翼ももっていないのに。


 そして三週間後、悠馬は空へ羽ばたいていった。


「悠馬君のこと沙希ちゃんに話すべきかな」

 鈴音はひなたに相談した。

「退院したと伝えてあげようよ」

「そうね」

 鈴音は曇った表情でそう言った。


「悠馬君、退院したのよ、昨日」

 鈴音はつとめて明るくそう言った。

「退院できて良かったね」

 そんな嘘ばれるかもしれないのに、そう言わずにいられない。

「私、悠馬くんが飛んでいくのを見たの」

 沙希は遠い目で呟いた。

 沙希は悠馬君の死を悟っているのだと思うと、鈴音の目に涙が浮かんだ。

「泣いちゃ嫌だ」

 沙希が鈴音の両手を握った。

 手から熱い熱い、そして優しく包み込むような温もりが伝わってきた。

「鈴ねえ、笑ってよ」

 沙希の笑みが心を癒していった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ