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天使の羽  作者: みーたんと忍者タナカーズ
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第1章 沙希とみさき 3


そして……。


 奈菜は即死だったが、屋上で沙希が発見されるまで一時間以上過ぎていた。

 朝早い時間でもあり、はなれの病棟だったせいで、目撃者もなく、出勤中の看護婦に発見されるまで時間がかかったのだ。


みさきは必死で沙希を探した。

 無理心中、一瞬脳裡をかすめた。

 だから沙希を見つけた時はホッとした。

 沙希が屋上で発見された時、沙希はじっと空を見上げていた。

「ママがね、翼を広げて、跳び立ったの」

 空から降りしきる雪が沙希の頭から、肩、そして全身に降り積もっていた。

 雪はまるで羽のように舞い落ちて沙希の背中に白い翼をつくっていた。

 あとになって考えると、不自然なことだが、確かにあの時、沙希はまるで天使のように白い羽で覆われていた。

「見て、天使の羽がふってくるでしょ」

 みさきにも雪が天使の羽に見えた。

 みさきは駆け寄って、思わず車椅子越しに抱きしめた。

「ママの羽なの」

 沙希は笑顔でそう言った。


 沙希が車椅子生活を送ることになったのは、ママの奈菜が運転中、事故を起こしたせいだった。

 路肩を踏み外して、車は横転し、田んぼに突っ込んだのだ。

 助手席に座っていた沙希は、シートベルトをしてなかった。

 それはシートの上に立ち上がり、サンルーフから顔を出していたせいだ。

 そこに横転事故だ。

 沙希はサンルーフから外へ跳び出していた。

 沙希は脊髄を痛めた後遺症で歩けなくなっていた。

 ブレーキ痕がないことから、居眠り運転も考えられたが、奈菜の証言はサンルーフから首を出す沙希に目を奪われて、運転を誤ったと言う。

 警察はそれで事故と断定した。

 そして母の奈菜の跳び降り自殺。

それは娘を傷付けたことへの自戒なのかもしれない。


ただ、みさきには一つ気になることがあった。

 母の小春が警官の周りをウロウロしていたことだ。

 今にして思うと、何か言いたそうで、小春はあの時、無理心中の可能性を考えていたのではないかと思った。

 奈菜のリストカット痕を指摘したのは小春だ。

 それで警察に報告すべきかを迷っていたのかもしれない。

 結局小春は何も言わなかったようだが、その時の行動がずっと不自然に感じられて仕方なかった。

 もう一つ、自殺の原因として考えられるのが、奈菜の夫拓海の存在だった。


事故のあと、病院に現れた拓海は見るからに、チャラチャラした男だった。

 いわゆるオラオラ系という服装だろう。

 みさきはすぐに嫌悪感を感じた。

 そのあとの拓海の強い口調。

 奈菜をいたわる言葉一つなく、ひたすら攻め立てる口調がみさきの嫌悪感をさらに強くした。

 そう、奈菜の夫拓海は家庭内暴力さえ思い起こさせる嫌なやつなのだ。

 そのせいで奈菜はうつ病だったのではとさえ思う。

「中塚さん、人は見た目じゃ分からないのよ。口調が厳しいからって、優しくないなんてことはないわ」

 小春はみさきの心を見透かすかのように、注意した。

 そんなに顔や態度に出ていたのだろうか。

「まあ、私もあんな父親は好きにはなれないけどね」

 当たり前だ。母とじゃ、かち合うタイプだ。

 その言葉が逆に、母が自分の本心をぶちまけてるようにさえ思えた。

 母は病院でこそ、人格者のように見えるが、家に戻るといつも悪口ばかり言っている。

 テレビで犯罪者のニュースなんか見てると、「死ねばいいのに」は母の口癖だ。

「死刑よ、死刑」

 母はひったくり犯のニュースでさえ、「死刑」宣告をする。

 小春の裏の顔を知らないのは患者たちだけかもしれない。

 子供の頃から、母親の小春は、ゴットハンドだ。

母は世界的外科手術の腕を持っている。

 そう聞かされてもピーンとこなかった。

 それはテレビには一度も出たことがないし、身内の過大評価かと、半信半疑だった。

「どうしてテレビに出ないの?」

 みさきが高校生の頃、一度聞いたことがある。

 ゴットハンドとか言って、世界的な医者はテレビによく出ている。

 なのに母の名前は一度も聞いたことがない。

 父は母をいつも世界一だと口にする。

「テレビに出ている人の方が上なんじゃないの?」

 すると、母はどこかに行ってしまった。

 そして戻ってきて、自慢げに中学時代の卒業文集を見せて、こう言った。

 そこには卒業生の将来の夢が書き連ねてあった。

「あなたは、これを見てどう思う」

 小春は自分の書いた夢を指差した。

『私の夢は殺し屋になることです。悪い奴を皆殺しにしたい』

 殺し屋?

 ゴルゴ13?

 悪いやつを皆殺し?

 まさか、セーラームーン……?

「冗談の通じない先生でさあ、親まで呼び出して、説教されたわ」

 これはたまにしか言わない、母の冗談だ。

 母の冗談は他人には伝わりにくい。

 みさきでさえ、それが冗談なのか、本気なのか分からない時がある。

「中学3年生よ。そんな私がまさか本気で007みたいになりたいって思う?」

 そうか、007世代か。

「私がなりたいのは切り裂きジャックみたいな殺し屋に決まってるじゃないの」

 はあッ……、そっち……。

 切り裂きジャックって本当の殺人鬼じゃないの。

「そのこと先生に言ったら、ちょっと情緒不安定な時があるんじゃないですかだって」

 三者面談でおばあさんの戸惑いの様子が浮かぶわ。

「呆れると思わない……。私の何を見てるのよ」

 母を理解するのは難しいかったに違いない。

「だから言ってやったの。人を殺しても死刑にもならないようなやつは、私が皆殺しにするってね」

 この言葉はジョークじゃない。

 これが母の本心だ。

 母はジョークを言うとき、かすかに顔が引きつる。

 しかし、今の発言にそれはなかった。

 つまり母は本気でそう思ってるのだ。

 そして母なら、やりかねない。

 歪んだ正義感だ。

「これが答えよ。私が世界一の医者としてマスコミに出ないのは……」

 みさきは母の言葉に首をひねった。

 分かりにくい。

 母の言うことは分かりにくい。

 質問に対して、答えが意味不明だ。

 みさきは母の言葉を一つ一つ吟味してみた。

 世界一なのに、テレビに出ない。

 テレビに出ないのは、悪いやつを皆殺しにしたいから。

 悪いやつを皆殺しにするために医者になった。

 母がテレビに出ないのは悪いやつを殺してるから?

 高校生のみさきの妄想はそこから暴走した。

 母がなぜ世界的腕を持ちながら、マスコミにさえ取り上げられないのか。

 それは母はブラックジャックみたいな医者に違いないせいだ。

 高校生のみさきは、そう結論付けた。

 それからみさきは母が怖い存在に思えて、家で見たことは口外してはいけないのだと思っていた


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