聖×魔の日常生活
綺麗に舗装された道を、俺は夕日を背にして歩いていた。車道の車は多いが、広めに作られた道は滞る事がない。歩道は帰る人やちょっと出かける人でにぎわっている。見る限り、ありふれた光景だ。
俺は名城雄魔。高校生だ。ごくごく普通の――と言いたいところだが、実はそうもいかない。きちんと規定通りに制服は着ているが、しかしそれでもコレは目立ってしまう。俺の腰には幅広の剣が装備されているのだ。もちろんこの国では銃はもとよりこのような剣も御法度だ。しかしながら俺は、“特例的に”所持を認められている。所持と言うよりは、常備といった方が正しいか。こうやって学校にも持って行っている。これはある深い事情によってであって、決して悪用するつもりなどないから安心して欲しい。
夕闇の迫りつつある道を、俺は無意識に足早になって歩いた。どうも、夜は好きになれない。視界は悪くなるし、何より――
途端、俺の直感が危険を察知した。紛れもなく自分に向かってくる殺意に戦慄する。俺は辺りに警戒を払い、剣の柄に手を掛けた。気配が、這い寄ってくる。緊張は更に高まった。
先に動いたのは“相手”だった。猛々しい奇声とともに、鋭い牙が、爪が襲ってくる。俺はそれをかわし、一度間合いを広げる。二つの首を持った、毛皮のない大型犬。そう形容するにふさわしい生き物が、眼前にいた。突然の奇異的事件に、通行人の視線は釘付けになった。無理もない。相手は闇の住人であり超常の怪物である“魔者”なのだから。二つ首の怪物犬は、他の人間には目もくれずに俺に牙を見せつける。再び相手が地を蹴った。俺は剣を抜き放ち、襲撃に構える。陽光の下にあってもなお黒く輝くその剣は、魔者の腹部をあっという間に両断した。
「へっ、チョロいな」
ドサリと崩れた肉片を見やる。剣をしまおうとした時、ある異変に気付いた。切られてもなお、それはうごめいている。そして倒れていたはずの二つの首をもたげると、上半身だけで飛びかかってきた。かわして振り向くと、そこには完全な姿のあの怪物が。
「こいつ…再生するのか!」
切られたハズの下半身が、瞬く間に生えてきていた。このままでは埒があかない。どうすべきかと思案をめぐらせた時、俺はしまったと思った。振り返ると、案の定、下半身から上半身を再生させた怪物が、俺のがら空きな背に牙を立てようとしていたのだ。挟み撃ちの状態に体は硬直し、俺は死を覚悟した。
ふわり、と目の前で茶色い髪が夕日を反射する。俺と同い年くらいに見える少女が、俺の背中に迫っていた犬の魔者を貫いていた。鈍い音を立てて落ちた人ならざる者の体は、既に絶命している。
「あ、アローネ…」
「再生力の強い輩は、心の蔵だけを正確に狙って。切るだけだと延々増えるよ!」
少女――アローネは強気な声音で俺に注意する。見れば、倒れた怪物は綺麗に胸の辺りだけ穴が開いていた。もう一匹、まだ生きている方が俺に向かってきた。攻撃をかわしつつ、その勢いに乗じて切っ先を胸に突き刺す。幅広の剣は、それでも見事に相手の心臓を貫通した。二つ首の犬は生気を失い、力なく崩れ落ちる。俺は緊張を解き、息を整えた。
「よくやった!えらいえらい。」
アローネは俺の頭を押しつけるように撫でる。俺はその手を押しやった。
「子供扱いはやめてくれ、アローネ…」
不機嫌な声でそういうと、アローネはえー?と間抜けな声で口を尖らせた。黒い瞳がつまらなそうにこちらを見つめる。俺はため息をついた。
「…そいつの“始末”は任せる。」
俺は絶命した犬の姿をした怪物を指さす。その言葉を受けて、彼女の瞳が嬉しそうな光をこちらにぶつける。いつもの事とは言え、俺はやっぱり引いてしまう。
「ここではダメだぞ。人の目につくからな。」
俺が念を押すと、アローネは分かってるよと軽く受け流す。そして、おもむろに死骸を掴むと、二つとも背に担ぎ上げた。華奢な少女のなせる技とは到底思えないほど、その動作は軽々としている。まあ、それは素手のまま怪物を一撃で仕留めた時点で気付くべきだろうが。アローネは喜々として歩き始めた。
「だからって、俺の目の前でやらないでくれよ?」
「心配性だな~。そのくらい分かってるって。」
嬉しそうに笑うアローネ。その辺は今だ理解できない。…何をするのかって?生きるための糧にするのだそうだ。平たく言えば、新鮮な死肉を食べる、という事になる。
そう、アローネは姿こそ人間の少女だが、実際は人ではない。新鮮な肉を好んで食らう部類の魔者なのだ。どういう訳か俺は、そんな奴と利害を一致させて一緒に暮らしていた―――
何となく思いついた小説。
続きの話は何となく考えてあるけど連載するつもりは今のところ無い