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Waffleside


夏だから。


出かけたという、わけではない。

ただ。

こう、雨戸のすき間から。

射し込む夏の陽射しが、いやに眩しくて。

このまま。

あついあついと微睡みながら、今日1日を潰すのも。

罪深いような、気がしたので。

このまま。

あついあついと微睡みながら、寝返りを打ち、続けていても。

眠れるはずも、あるわけもなく。

しからば。

こんな夏の日に、あえて出かけてみようかい。

そう、思い立ったというわけで。

そうでなくてはこの炎天下。

じりじりと刺す、昼下がり。

わざわざ外へなぞ、出るものかい。



いやしかし。

たまらん、たまらん。

やはり夏は暑いものだな。

暑さを感じられるのも、生きている証拠。

ありがてえことです、ありがてえ。

ありがてえが、たまらん。

昼下がりの日はカンカンと照り。

風はそよとも、吹きもせず。

浅き夢みじ、酔ひもせず。

なんだってこんな夏の日に、わざわざ出かけて、おるものか。

ぼやつく頭で本能的に、涼を求めて、進む川べり。

ほう。

前を歩くはレスキュー隊員。

オレンヅのふくが、かっこういいぞ。

レスキュー中ですか、暑いのにお疲れ様です。

ありがてえことです、ありがてえ。

ありがてえので、ついていきます。

炎天下、川辺の途に、ふたり並んだレスキュー隊員。

肩をいからせ威風堂々、やい、俺はレスキュー隊員だぞ、やい。

威張りながら、進む川べり。


川辺にずらり、ならんだ屋台。

おぉ。

今夜はお地蔵さまの、お祭りでしたな。

皆の衆。

昼から準備を、しております。

お祭りは、何時からですか。

6時から。

薄ぐれく、なってからですね。

まだ日も高いのに。

皆の衆。

屋台の準備、お疲れ様です。

暑いさなかに、お疲れ様です。

ありがてえことです、ありがてえ。

なんの屋台がを、出すのですかな。

ふむ。

焼烏賊、焼蕎麦、焼唐土。

おまけに焼糟寺ときたもんだ。

焼いてばかり、ではないか。

ははあ、なるほどレスキュー隊員。

なにをレスキューしているかと思えば。

こうやって。

屋台で焼いてばかり、いるものだから。

屋台で火事にならぬよう、見回っている。

というわけです。

ありがてえことです、ありがてえ。

英語では言うとナイスレスキュー。

ナイスレスキューがありがてえので、ついていきます。

火事ってませんか。

火事ってませんか。

やい、俺はレスキュー隊員だぞ、やい。

レスキュー隊員もなかなか、たいへんなもの。

つかれてしまいます。


少々、つかれてしまいましたので。

レスキューはレスキュー隊員に任せて。

レスキュー隊員は、レスキュー離脱させて頂きますよ。

やい、俺はレスキュー隊員じゃないぞ、やい。

威張っても、仕方なきこと。

土手を登り、街へ入ります。

緑に日射しの照り映える。

川辺の道も、よいものですが。

陽炎揺らぐアスファルト。

鬱蒼と陰るコンクリートジャングル。

現代社会の風景も、なかなかどうして乙なもの。

自動販売機。

冷たい水なぞ、所望します。

イラツシャイマセ。

ピーガタン。

アリガツウゴジャイマス。

自動販売機のくせに。

礼儀のよくできた、若者だ。

さいきんの軽薄な若者なぞより、ずっと礼儀ができておる。

ご丁寧に、ご挨拶痛み入る。

ありがてえことです、ありがてえ。

冷たい水で、喉を潤す。


さて。

これから、ぞうしたものか。

もとい。

これから、どぅしたものか。

もとより目的の、あるわけでもなし。

こうして水なぞ飲んでいても、せん方なし。

どぅしたものかの、自動販売機くん。

イラツシャイマセ。

ひゃあ。

すまんすまん、もう買わないぞ。

紛らわしい真似をして、むうしわけない。

もとい。

申し訳ない。

頭をさげて、そそくさ立ち去る。

申し訳なさが、足を速める。

速めた足と、それとは逆に。

立ち去る視界に、何かを捉える。

捉えた何かが、足を止める。

むう、何か。

この退屈な浮き世の中で。

足を止めるに値するほど、興味を引くものは、何か。

礼儀正しい自動販売機くん。

その後ろ。

いかにも怪しい雑居ビルと。

いかにも怪しい雑居ビルの。

いかにも怪しい、その隙間。

外付けの鉄階段、その昇り口に。

いかにも怪しい、小さな看板。


『アロマオイルエステサロン偕楽園 男性女性大歓迎、ALL日本人スタッフ』


ほっほう。

ほっほう。

なにやら背徳的な。

よからぬものの、気配がするぞ。

いかにも怪しい、小さな看板。

足を止め、眺めたり、すがめたり。


ふぅむ。

ううむ。

なかなかどうして、興味を惹かれるものではあるが。

果たして。

この階段、昇ったものか、降りたものか。

いや、降りはしないが。

なんせ。

このテの階段を昇った先は、当たり外れが非常に大きい。

行きあたりばったりで昇った場合。

心の求めた結果を得られる確率、4割以下。

エンジェルを求めてエンジェルクラブに入った結果、お年を召したひどいエンジェルが降臨したり。

パラダイスヘブンに足を運んだら、インヘルノの炎に焼かれたり。

精神と懐に甚大なダメージを受け、翌日、変に固まった筋肉に悩まされるのがオチ。

君子であれば、近寄らざるべき危うきものではあるが。

だが男というものは、君子である前に男である。

クレバーに危険を避けてばかりいては、男は成長しない。

この階段の上に素晴らしい快楽園、もとい偕楽園が存在する可能性が、わずかにでもあるというなら、その可能性に賭けるが男。

エンジェル怖くて男が務まるかい。

看板の前、行ったり来たり。

ぶつぶつ呟く、夏の午後。


さて。

男としては、今すぐにでも。

僅かな可能性に賭けて、この階段。

駆け上がりたいところではあるが。

なんにせよ、情報不足。

看板の上から下から、裏側までも。

穴の空くほど眺めたものの。

判断に足る、情報はなし。

ええい、埒が明かぬ、突撃せい。

なりませぬ殿、先日もエンジェルクラブのエンジェルの前に撃沈したのをお忘れか。

ええい、このキンカン頭、エンジェル怖くて男が務まるか、のけい、のけい。

なりませぬ、なりませぬ。

「ここは、この私めにお任せ頂けませぬか。」

そなたは!?

「それがし、軍師、孔明と申すもの。」

おお、そなたがあの有名な。

「まあ、ウソですが。」

ウソですか。

それで孔明どの。

なにかよい考えはござらぬか。

「ござらぬ。」

ござらぬか。

「まあ、ウソですが。」

ござるのか。

「敵を知り己を知れば百戦危うからず、と申します、殿のスマートホンでインターネットを検索し、店の情報を探せばよろしかろう。」

さすが孔明どのだ。

目のつけどころがシャープだぜ。


孔明どのの助言に従い、文明の利器で情報収集。

インターネットの文字の海から、マコトを掴む、潮干狩り。

どらどら。

アロマオイルエステサロン偕楽園、と。

おお、出た出た。

お店のシステムからアクセス、スタッフの出勤情報までまるわかり。

うむ。

便利な世の中になったものディス。

IT革命でありがてえことです、ありがてえ。

おお、本日出勤のみさちゃんはバスト88のナイスバアディ。

すばらしい。

そして何より、「日本式」の文字。

ALL日本人スタッフの看板に、偽りなさげなのがすばらしい。

ありがてえ、ありがてえと。

いかがわしい階段へとふらふら、吸い寄せられていくものの。

殿、殿、なりませぬ。

なんじゃ。

このテのホームページの情報なぞ、まったく信用ならないことをお忘れか。

先日もダミー情報にまんまと騙され、エンジェルに襲われたのをお忘れか。

ええい、やかましいこのキンカン頭。

わしはバスト88のみさちゃんに、ぜひとも「よいこと」をしてもらいたいんじゃ。

殿、殿、なりませぬ。

バスト88のみさちゃんなど実在しませぬ、実際にお店にいるのは御歳88エンジェルになりかけているみさちゃんに違いありませぬ。

だまれ、だまれ、貴様なぞ首じゃ、打ち首じゃ。

光秀めを楽しく打ち首にしたところで、ちょうど階段は3階。

おざなりに偕楽園と書かれたプレートの貼ってある鉄扉の前に到着したのであるが。

さあ。

鬼が出るか、蛇が出るか。

未知の扉へ今。

我、遂にその手をかけんとす、かけんとす。

開かない。

むう、これはいかなること。

「殿、お手元をご覧下さい。」

おお、孔明どの。

「本日休業との知らせがかかっておりまする。」

そんな。



「殿が絶望にうちひしがれてしまわれたので。」

「此れよりは、私。軍師孔明が話についてこられない健全な青少年の皆様の為に、しばし解説を加えさせて頂きまする。」

「殿が意識を取り戻すまでの、暫し間。」

「どうぞお付き合いの程、宜しくお願い致しまする。」

「さて。」

「殿が先刻から話題にされておるのは、いわゆるリラクゼーション。」

「便宜上、ここでは『マッサーヅ屋さん』と呼称致しまするが。」

「諸兄も駅前の街角でご覧召された事がございましょう、怪しげな雑居ビルの三階なぞによく入っている。」

「いかにもいかがわしいテナント、それでございます。」

「このテのお店、いわゆるマッサーヅ屋さんは。」

「表向きには整体院、按摩業。」

「そのような体裁をとっておりまするが。」

「その実体は、お店に入ると薄着の女性が待ち構えており。」

「『よいこと』をしてくれるという、いかがわしい、不健全なサービス店なのでございます。」

「法の枠外にある存在ゆえに、中にはとんでもないお店もございまして。」

「聡明な光秀殿が先程からしきりに気にかけておられるのは、その類いの悪質店。」

「あきらかに無理のある薄着の婆ァが待ち構えており、しきりに『よいこと』をしようと迫ってくるうえ。」

「うっかり承諾したが最後、追加料金を山ほど奪られるという。」

「もともとが法の枠外にある存在ゆえに。」

「客が文句を言えないことをいいことに、やりたい放題。」

「そういったものの前に殿がまたしても轟沈せぬよう。」

「慮ったが故の苦言なのでございますが。」

「このテのお店に行きたくなった状態の殿を止めるなぞ、いかな道理をもってしてももとより不可能。」

「悪手を踏んだ光秀殿は、哀れ打ち首と相成りましてございます。」

「ところで。」

「このテのマッサーヅ屋さんには、実は何種類かございまして。」

「スマートホンで検索なぞ致しますれば。」

「日本式、タイ式、台湾式、韓国式。」

「お国柄様々に咲き乱れる美女の華、インターネットの海はアジアのカオス。」

「一般的に、日本式は安定して質が高いかわりに料金がお高く。」

「逆に台湾式は廉価で当たり外れが大きい。」

「タイ式は安定して安定感のある女性が出てくる、韓国式はアカスリがあるなど。」

「それぞれに、長所短所。」

「施術内容にも、若干の違いがございます。」

「本日の殿のご気分は、どうも日本式を選択されたいご様子のようですが。」

「諸々の事情で。」

「本日はどうあっても、日本式を選択しないといけないご気分のように伺われまするが。」

「百戦錬磨の殿も、突発的な本日休業だけには敵わなかった模様。」

「突然の休業、突然の廃業はこのテのお店の常とはいえ。」

「肌焦がす真夏の陽射し、鉄階段、鉄扉。」

「涼を求めた心と身体に被害は大きく。」

「絶望にうちひしがれ、意識を失ってしまわれました。」

「このままでは殿が、公的な機関の保護を受けてしまいかねません故。」

「そろそろ意識を、殿にお返し致したいと存じまする。」

「殿、殿、お気をたしかに。お気をたしかに。」



む。

どうもしばらく、立ったまま寝ていたようじゃ。

孔明どの、解説ご苦労。大儀である。

さて。

実際のいまこの状況、どうしたものであろうか。

むしろ、どぅしたものであろうか。

「殿、殿。」

おお、孔明どの。

「それそこ。本日休業の札の隣。『御用な方は此方へどうで』との知らせ、掲示されておりまする。」

おお。

さすが孔明どの、抜かりない。

どれどれ。なるほど。

携帯番号。

これに御用のある旨、伝えれべよいのか。

なりませぬ殿、なりませぬ。

ええいこのキンカン頭。頭だけになりおおせてもまだほざくか。

そのような怪しげな日本語の掲示物に従い、発信者通知でこちらから電話をかけるなど愚の極み。よからぬ事件に巻き込まれるか、公的な機関の捜査の対象になるのがオチでござる。

黙れい、黙れい。生首ごときが生意気な。

今日のわしはどういうわけか、日本式でなければいけない気分なのじゃ。止めても無駄じゃ。

貴様はそこで転がっておれい。文字通り、手も足もでまい、ハッハッハ!

スマートホンの画面をぽちぽち、軽いタップでテレホンナンバー。

間違えないよう、慎重に。

まったく。

スマートホンというやつは使いからいな。

本来の電話の機能をどこかに置いて来たのじゃないか、もしもし。アイアムオバマ。

<おでんわおめでとうございます。かいらくえんでございます。スシですか。>

さすが日本式、流暢な日本語だな。

ありがてえことです、ありがてえ。


おいご店主、やいご店主。

本日休業との札が出ているが。

ひょっとしてこれから、お願いできちゃったり、するのするのするのであるか。

<おでんわおめでとうございます。かいらくえんでございます。ほんじつはきゅうぎょうですが、たのてんぽでえいぎょういたしております。よろしければごあんないできちゃったり、するのするのです。>

左様ですか。ありがてえことです、ありがてえ。

<おでんわおめでとうございます。かいらくえんです。よろしければおきゃくさまのおでんわにかけなおしいたしますので、でんわをきっておまちください。>

おぉ。細かい気遣いがありがてえ。ご店主の好感度が上昇しました。お電話を切ってお待ちしましょう。

電話が鳴る、もしもし。アイアムオバマ。

<おでんわおめでとうございます。かいらくえんです。スシですか。これよりてんぽまでごあんないいたしますので、でんわをきらずにおすすみください。てっぽうもたずにきてください。>

是非もない、ご店主に従い進みましょう。

足元に転がる光秀の首、キンカン頭の成れの果て。


<ひだりにおすすみください。>

イエス、左。

<みちをわたってください。>

イエス、横断。

<5かい、まわってください。>

イエス、回転。

目がまわったのディスが。

<ウソディスが。>

ウソディスか。

<コンビニの路地に入ってください。>

イエス、コンビニ。

ご店主の指示はとても的確。

わかりやすくてありがてえ。

ありがてえことです、ありがてえ。

<つきあたりの。あかいぼんぼり、あるおうち。げんかんあけてきてください。てっぽうもたずにきてください。>

ご店主は鉄砲がお嫌いか。

是非もない、アメリカ人ではあるまいし。

鉄砲もモビルスーツも所持しておらぬわ。

しかしまた。

赤いぼんぼりが目印とは、粋なこと。

赤いぼんぼり、赤いぼんぼり。

ああ、ありました。

古式ゆかしき木造建築。

和式住宅、幽霊屋敷。

趣深くてよいではないか、よいではないか。

よいではないかと、玄関引き戸に手をかける。

ガラガラガラ。

ゴメーヌ。

ふらんす語で挨拶、黒電話を耳に当てた老爺と対面。

人のよさげな、優しげな。

一目でそれとわかる上品な物腰。

<おでんわおめでとうございます。>

おお、ご店主でござるか。きました。

二人同時に電話を下ろす。



案内された2階の角部屋。

薄暗い照明、敷かれた蒲団。

いかにもないかがわしい雰囲気ではあるが。

ではあるが。

ご店主に渡されし誓約書、「私は、いかがわしいことは致しません。絶対に致しません。」という文面。

左様、左様。

それがしはあくまで、マッサーヅを受けに来たのであって。

暑いからといって寝てばかりいて、凝り固まった身体をほぐしに来たのであって。

いかがわしいことなぞ。

まるで興味はございません、一切、興味ございません。

ここに誓約、致します。

サインをすればよろしいか、よろしいか。

なりませぬ殿、なりませぬ。

そのような内容もよく把握していない書面にサインするなぞ、危険の極み。

キンカン頭の諌める声、しかしながらそれは幻聴。

彼奴ならば鉄階段の踊り場に、手も足も出ずに転がっておる。

口惜しかろう光秀、ハッハッハ!

<ごしょめいおめでとうございます。とうてんはふつうのコースと、すごいコースがございますが。よろしいか。>

うむ、よろしい。

遠慮なくすごいコースにしたまえ。

お代はこの、なんでも買える魔法のカードで払います。

<おめでとうございます。10パーセントのてすうりょうがかかりますが。よろしいか。>

うむ、よろしい。

アイアムオバマ。

<おめでとうございます。それではのちほど、おんなのこがうかがいます。てっぽうもたずにおまちください。>

是非もない、ご店主に従いお待ちしましょう。

鉄砲持たずに、お待ちしましょう。

イエスウィーキャン。



胸は高鳴り眺めるふすま。

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

此処が運の別れ道。

時代に取り残されたような赤いぼんぼり、木造建築。

昭和レガシィ日本家屋。

暗い照明、敷かれた蒲団。

切り離された特殊空間。

既に退路は断たれておるが。

みしり。

音のない部屋に響く足音。

古びた階段に人の体重がかり、歪む板、たわむ音。

嫌が応にも聞き耳を立てる、鼓動は高鳴る。

みしり。

みしり。

近づく足音。

ほどなく止まり。

音も立てずに開くふすま。

白い指、白い肌。

豊満な胸も露な黒のワンピース。

ミニ・スカートから覗く太もももまた、弾けるように白く。

その笑顔はあどけない、いたずらな子猫さんのよう。

<あ。バスト88のみさちゃんです。よろしくおねがいします。>

おお。

おおお。

おおおおお。

実在しておられましたか。

そして。

「バスト88の」からがお名前でござったか。

見たか光秀、恐れ入ったか。

虎穴に入らずんば虎児を得ず。

失敗を恐れずトライする者にしかチャンスは訪れぬのじゃ、イエスウィーキャン。

ノー・チェインジ!とオバマが叫ぶ。

ありがてえことです、ありがてえ。


バスト88のみさちゃんに従い服を脱ぎ、案内されるまま階下のお風呂へ。

前で揺れる、豊かなヒップ。

見惚れておれば、頭がガツン。

<あ。いりぐちがせまいから。きをつけてくださいね。>

嬉しげに笑うバスト88のみさちゃん。

ああ。

君の笑顔が見られるなら。

何度でも頭をぶつけましょう、イエスウィーキャン。

滾る期待に胸膨らませつつ。

必要以上に念入りにシャワー、他意はない。

そう、昼のさ中を歩いてきたので。

汗を落とさねば、無礼というもの。

エッチケット。

そう、これはエッチケットというものじゃ。

いかがわしいことなぞこれっぽっちも期待はしておらぬ。

ガラガラガラと浴室の。

引き戸を開けて、右、左。

ふむ、バスト88のみさちゃんはいずこ。

廊下の闇からネコネコネコと。

<ありゃ。>

という顔、バスト88のみさちゃん駆け寄る、揺れる胸。

ありがてえことです、ありがてえ。

見とれておれば、頭がガツン。

<あ。でるときもきをつけてくださいね。>

嬉しげに笑うバスト88のみさちゃん。

きっと斯様につね日頃。

彼女に見惚れた男性客。

頭をぶつけておるのであらふ。

ネコネコネコと、足どり軽く。

階段を上ってゆくみさちゃん。

今目を上げればそれはそれは。

素敵な光景、三角地帯。

この目に見える事であろうが。

いかんいかん、紳士たれ。

人のよさげなご店主との約定。

人として。

違えるわけにはあい参らぬ。

白!

ありがてえことです、ありがてえ。



うつ伏せの背中に乗った、柔肉の弾力。

豊かなヒップに弾けるふともも。

バスト88のみさちゃんが、にゃあ、にゃあ、とツボを押すたび。

ぎゅう、ぎゅう、と背中で潰れる柔肉の圧力。

そう、作用と反作用。

昔学校で習いました。

地球上、あまねくすべてに重力の恩恵。

ニュートン先生万々歳。

ありがてえことです、ありがてえ。

<あ。かただけじゃなくて、こしもだいぶん、はってますね。>

おお。

わかりますか、流石。

プロの目は確かなものディス。

左様、今日は身体の凝りをほぐしに来ました。

いかがわしいことなぞ考えていません。

若い娘に乗っかってもらって、ロマンを感じてなぞいません。

紳士たれ。

色即是空。


<あ。て、おいてもらっていいですよ。>

枕元に座ったバスト88のみさちゃん。

にゃっと手のひらを握り、やさしく胸にその手を誘う。

暖かい弾力が手首を包む。

そうそう。

これぞ日本式の特徴。

日本で独自に進化した、ガラパゴスな最大奥義。

胸に抱いての掌ツボ押し。

これがあるから、日本式はやめられぬ。

バスト88のみさちゃんがにゃっ、にゃっ、と掌ツボに力を込めるたび。

ぐい、ぐい、と手の甲が。

バスト88のみさちゃんの、バスト88へ楽しくめりこむ。

うむ。

あえて何がとは言わぬが。

ありがてえことです、ありがてえ。

ここはもそっと、こう、ぐっと。

押し付けていきたいところではあるが。

ではあるが。

これはあくまで掌ツボの治療。

いかがわしいことなぞなにもない。

なにもないので色即是空。

紳士たれ!

<あ。くび、いたかったらこっちむいてもいいですよ。>

おお。

バスト88のみさちゃんの気づかいありがてえ。

ありがてえことです、ありがてえ。

では遠慮なく、首をそちらへ。

目の前に広がる白い三角、空即是色。


<あ。もうあおむけになってもらっていいですよ。>

おお。

よいですか。

いよいよですか。

これは「よいこと」をしてくれる合図。

否否。

あくまで身体正面の治療でござる。

目を瞑り、力を抜き、バスト88のみさちゃんにされるがままに体を委ね。

レルビー。

レルビー。

ズルゥ、と滑らかな柔肉が擦れて動く。

にゃーん、にゃーん、と甘えて摺り寄る。

これはたまらん、薄目を開ければ。

暗闇に光る、金の瞳ふたつ。

いかんいかんと目を閉じて。

いかんいかんとおもいつつ。

いつしか吾が手は背中を求め、自然な流れで撫でさする。

手触りのよい、上質の毛皮。

優しく撫でつつ、掌は次第に下流を目指し。

遂にたどり着いたる豊かな柔肉。

二股に割れた、ふさふさしっぽ。

そうそう。

このテのお店の娘さんは。

お若く見えて、案外お歳を召していることも…。

<あ。ダメですよ。>

バスト88のみさちゃんがフーッ!と怒る。

おお。

これはさわってはダメですか。

失敬。

吾が手は逆に背中を昇り、猫背の毛並みを優しくとかす。

ごろごろごろと喉の鳴る音。

ざらっと冷たい舌を肌に感じた時。

頭の中で何かが弾け、下の方でもなんか、爆ぜた。


<あ。おじかんです。おつかれさまでした。>

はい、おつかれさまでした。

バスト88のみさちゃんに導かれるまま階下のお風呂へ。

ボンワリしていて、頭をガツン。

<あ。いりぐちがせまいから。きをつけてくださいね。>

バスト88のみさちゃんが嬉しげに笑う。

出るときもやっぱり、頭をガツン。

いいさ、君が笑ってくれるなら。

バスト88のみさちゃん、にゃん、にゃん、にゃんとご機嫌に。

テンポよく階段を登っていく。

見上げるヒップにしっぽはなく、素晴らしい三角地帯が広がるのみ。

うむ。

ありがてえことです、ありがてえ。

お名残惜しいことですが。

部屋の戻ればお別れです。

この目によく、焼き付けておこう。

白!


<おめでとうございました。どうぞまたおこしください。てっぽうもたずにきてください。>

玄関の。

黒電話の前で、ご店主。

ぺこりと頭を下げてみせる。

その後ろから、しっぽがぴょこん。

ええ、また来ますとも。

このお店。

気に入りました。

また会いましょう。

ムジナのご店主、ご壮健で。

鉄砲持ってやってくる。

悪い輩にお気をつけて。

玄関引き戸に手をかける。

ガラガラガラ。



おや。

お店を出ると、そこはもといた鉄階段の踊り場。

目の前の鉄扉には、簡素な「本日休業」の札。

どうもしばらく。

立ったまま、寝ていたような。

あたりはすっかり薄グレイ。

はて?さて?と首を捻るも、理解の及ぶはずもなし。

まあよいか、と鉄階段を下る。

うむ、足が軽いわい。

にゃんにゃん、にゃんにゃん。

ご機嫌に。

テンポよろしく、リズム刻む。

げに恐ろしきは怪異より。

魔法のカードの、来月の請求。

足元に転がる光秀の首。

まったくもうと、そっぽ向く。



宵闇の川辺、彩とりどりに。

輝く電飾、賑わう屋台。

焼烏賊、焼蕎麦、焼唐土。

おまけに焼糟寺ときたもんだ。

見事に焼いてばかりおる。

視界が歪む、煙る川辺は。

真白い霧に包まれたやう。

焼きワッフル。

焼きワッフルはないものか。

なんだかそれがし。

今宵は何故だか。

どうあっても、ワッフルでなくてはならない気分。

並ぶ屋台にワッフルを求む。

ワッフルワッフル。

ワッフルワッフル。

おお、ワッフル焼いておる。

ありがてえことです、ありがてえ。

ワッフルおひとつ、頂けまいか。


へい、そいつはこんな顔じゃなかったかい。

ワッフル屋の小粋な兄貴。

気さくに手渡す焼ワッフル。

目鼻のない顔、笑うのっぺら。

おお。

今一度よく、このわたりを見回せば。

焼烏賊を焼く、羆親爺。

焼蕎麦を焼く、兎どの。

焼唐土を焼く、河童さん。

皆忙しげに、楽しげに。

夏の一夜を過ごしておる。

左様左様。

今宵はお地蔵さまの、お祭りでしたな。

皆の衆。

心行くまで楽しんで下され。

火事らないよう気をつけなされ。

飲み過ぎて。

尻尾を出さぬよう、ご注意召され。



さて。

土産にワッフルも買ったことだし。

ぼちぼち、社に戻るかの。

なんたって今宵は、お地蔵さまのお祭り。

祭りの主役がいつまでも。

御堂に居らぬでは、はじまるまい。

首を回す、肩が軽い。

もともと硬い身体ではあるが。

毎日毎日、背筋を伸ばして。

立ってばかりで肩も凝るわい。

たまにはこうして、命の洗濯。

ほぐさなければ、やっておれん。

小さな御堂の階段を。

足どり軽く、にゃんにゃんにゃんと上っていく。

観音開きの扉をパタリ。

帰ってきました、アイアムオバマ。

定位置に立って、いつものポーズ。

あとはこうして、リモコンをピッ。

観音開きの扉がパタリ。

便利な世の中になったわい、ヒッヒッヒ!




















































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