(二段ベッド)
「ところでさ、ウィル、一つ聞いてもいい?」
「なんだよ」
ウィルは立ち上がると、自然と二段ベッドの梯子に足をかけ始めていた。
ああ、私が下なんだ。
リオはまあいいかと振り返ったウィルに近づく。
「今日、反省部屋に別の子がいれられてなかった?」
ウィルは片眉をあげる。
「んー、反省部屋は、基本一人だからな」
「そうなの?」
「そう。釈放されるまでずっと独りぼっち。反省文をかかされて、これ、やられて」
と、傷のついた背中をチラと見せた。
「まあ、だいたい三日くらいで放り出される。罪状によるけど」
「三日も」
トマスは耐えられるかな。
考え込んだリオに、今度はウィルが尋ねる番だった。
「どうしてそんな事聞くんだ?」
「あ、えっと」
梯子にかけていた足を下ろして、ウィルはじっとリオを見つめた。
リオは「あのね」とその視線を受け止める。
「今日の夕方、食堂で暴れてる子がいて。その子がその、反省部屋ってところに連れて行かれてたから、あの後どうなったのか、気になってて」
「ふうん、なんて名前?」
「トマスって呼ばれてた」
ウィルは少し考えるように視線を逸らして、言った。
「知らないな」
だろうな。
リオは頷く。
「そう、変なこと聞いてごめん。ありがと」
「別にいいぜ。なんでも聞けよ。分からないことばっかで、不安だろ?」
ウィルが口の端をあげて微笑む。
「明日から、オレがここを案内してやるよ。訓練の事とか、農場の事も」
その笑顔につられるように、リオの口角も上がっていた。
「ありがとう。すごく助かる」
ウィルが感心したように言った。
「お前、素直だな」
「……そう、かな」
そんなことを言われたのは初めてで、少し反応が遅れる。
宿では大人たちに、可愛げがない、愛嬌がないと言われ続けてきたのに。
しっくりこなくて戸惑うリオの頭上に、ウィルの手がすっと伸ばされた。そのまま、短くなった髪の毛をくしゃりと撫でられる。
「お前が弟だったらよかったのに」
「え?」
「いや。本当の弟はいるんだけど、全然関わりなくって。弟ってどんな存在なのかなってずっと思ってたんだ。リオは、兄弟いる?」
ふるふると首を横に振った。
「いない」
「なら、ちょうどよかった」
「何が?」
「兄貴ぶれるだろ」
えっと。
「それはちょっと、考えさせてくれないかな」
途端にウィルは膨れ面になる。「なんでだよ」と。
ウィルの方が、だいぶ素直なんじゃないだろうか。
心のままに喚くウィルを見て、リオは深くそう思った。
*
翌朝。宣言通りに兄貴ぶったウィルは、張り切ってリオを揺り起こした。
「リオ、リオ起きろ」
「……ん」
眠気と戦い見上げた空はまだ薄暗い。太陽も上りきっていなかった。
「メシだ。いくぞ」
中途半端に洗った顔のまま、リオは強く手を引かれて食堂へ向かった。
食堂の前には、既に配膳待ちの列が出来ていた。傍でチっとウィルが舌打ちする。
「遅かったか……明日はもっと早く起きるぞ、リオ」
「うん」
欠伸をかみ殺して頷く。
「……遅いとご飯って残らないんだっけ?」
ウィルは「いや」と首を振る。
「待つのが嫌いなんだ」
じゃあいいじゃないかと思いつつ、リオは前の列にそって足を進めた。
その耳に、気になる言葉がチラホラと届く。
「おい、見ろよ」
「ウィリアムだぜ」
「もう出てきたのかよ」
明らかに快くは思われていない囁きだった。
リオが声のした方に顔を向けると、さっと視線を逸らされる。しかし中には忌々しそうにこちらを睨んでくる集団もいて、体格から見るに、上級生なのだろうと思われた。
「教官も何してんだよ」
「あんな奴野放しにするなよな」
ひそひそと続けられる声に、リオは思わず眉を顰める。たぶん彼らはウィルに聞こえるように言っていた。
「おはよう、リオ」
と、後ろから届いた声に、暗い思考がかき消える。
振り返ればテイルとジエンが並んでいた。今日もテイルのクセ毛は四方に跳ねていて、ジエンの背は高かった。
「おはよう、テイル、ジエン」
「はよ」
「おはよ、ちゃんと眠れた?」
「うんぐっすり」
「なら良かった。今日はさ──」
言いかけたテイルと眠そうだったジエンの顔が突然、ふっとこわばる。そうして幽霊でも見つけたかのように、一点──リオの背後を凝視していた。リオは、あ、と思い出す。
「リオ、そいつら誰?」
テイルとジエンの視線を追えば、隣にいたウィルがきょとりと首を傾げているところだった。