(厄介な弟だった)
こちらはリオが女の子と分かった後〜恋人になる前のウィルとリオの小話です。
他場所に投稿していたものを改稿したものです。
ウィル視点です。
ウィルにとって長らくリオは、手のかかる弟のような存在だった。
無知で無力で鈍感で。そのくせ頑張りすぎるくせがあるから放ってなんて置けなくて、つい世話を焼いてしまう。目の離せない弟のような存在。そんなリオが本当は女だったと知った時、ウィルはそれでも自分たちの関係は決して変わることはないと思っていた。リオが男だろうと女だろうと、リオはリオだから。何も変わることはないと、そう、思っていた。
「アデルに服を貰った?」
「うん。これを着て一緒に出かけようって誘われた」
困ったように頷いたリオは、手にしたそれを物憂げに見下ろした。薄い水色の涼やかなそれは、見るからに女物のドレスで、しかも一見して上等な品だと見て取れる。アデルが贈るぐらいだからそりゃそうだよな、とウィルは別段驚くこともなくリオを見返した。
「護衛ならキースかオレがつくから問題ないだろ。着てみろよ」
「ん……」
そう背を押してもリオは気乗りしないようで、ぐずぐずとそこに留まっている。普段、リオが女物の服に手を通すことはない。休暇の時だって、以前と変わらずシャツとズボン姿ばかりだった。彼女は、女物の服を一枚も持っていないからだ。
しかしそれは、金銭的問題からではなく、リオが女物の服に抵抗を抱いてるからに違いなかった。長い間男装を通してきた為だろう。リオはどうにも女扱いをされるのを苦手としていた。
ウィルとしてはリオがスカートを履いていようと騎士服を着ていようとどちらでも構わないのだが、どうやらアデルは、リオに“可愛い服”とやらを着せてみたいそうだった。ウィルは苦く笑いながら、リオの肩を叩く。
「まあ、遊びだと思ってさ。主君のわがままだし、少しだけ付き合ってやったら」
リオはほんの少し眉を寄せて、ウィルを見上げた。
「……笑わない?」
「笑わねえよ。面白くもねえし」
「だったら良いけど」と、リオはちっとも良くはなさそうに深いため息を吐きながら、自室へ向かった。それを嬉しそうにアデルのメイドたちが追っていく。「せっかくだからお化粧もしましょう」だとか、「髪も結っちゃいましょう」だとか嬉々としてとりまきながら。
「今日は倍かかりそうだな」
ただでさえ女のややこしい服は着付けに時間がかかるのに。メイドたちは、着飾りたてる気満々だった。ウィルは肩をすくめると、時間潰しの稽古相手にキースを探そうと踵を返した。
そうして、数時間後。
「素敵、可愛い、やっぱり最高。似合ってる……!」
両手をあわせて絶賛するアーデルハイトの隣で、ウィルは言葉を失っていた。居た堪れなさそうに視線を逸らしているリオの背後では、三人のメイドがやりきった顔で額の汗を拭っている。
「へえ、意外と似合うじゃないか。今度オレとデートしようよ」
ウィルの隣で、キースがそう軽口を言って微笑む。寡黙なオーウェンですら「本当に、よくお似合いですね」とリオに声をかけていた。アーデルハイトは「やっぱり私の見立てに間違いはないのよ」とご満悦の様子だった。そうして、そんな中リオは、まじまじと見られることを耐え難く感じているのか、耳まで顔を赤くしていた。頼りない声で、主君に懇願する。
「……アデル様、やっぱり恥ずかしいです。着替えてきちゃダメですか」
しかしアーデルハイトは無情にも顔を横に振った。
「ダメよ。せっかく着付けたんだから。このままお買い物に付き合ってちょうだい」
「……お、お買い物は付き合いますから。それに、こんな格好じゃいざって時にアデル様を守れません」
「そんなの、ウィルとキースも連れて行くから大丈夫よ、ねえ、ウィル?」
「え? あ、ああ」
話を振られ、ウィルは慌てて反応した。
驚いていた。
そこにいるリオが、まるでリオじゃないみたいで。
薄く施した化粧のせいか彼女の瞳はいつもより大きいような気もしたし、桜色に塗られた唇は強く目を引いた。短い髪はメイドたちの手によって貴族娘のように丁寧に編み込まれ、低い位置を月色の髪留めで留めてあった。
アーデルハイトがリオのために購入したというドレスも、なるほど、確かに彼女によく似合っていた。
胸元を彩るのは黒のシンプルなリボンと手編みの繊細なレース、ふわりと広がるスカートは長すぎず短すぎずリオを気品ある令嬢のように仕立て上げている。もしも。こんな娘に、もしも夜会で声をかけられたりしたら────そこまで想像して、ウィルは頭を振る。
馬鹿かオレは。
相手はリオなんだぞ、と正気に戻る。
大切な親友で、同志で、弟分。昨日だってこいつと稽古をしたばかりだったじゃないか。
「まあ、リオがどうしても嫌だっていうなら、着替えてきても良いけど……」
無理強いをするつもりはないの、とアーデルハイトが残念そうに、けれどやさしく言った。リオはしばし考えるように俯いた後、「今日だけでしたら」と了承する。おおかた、喜んでくれたアーデルハイトと、時間をかけて身支度を整えてくれたメイドたちに申し訳ないからなんて思っているのだろう。そうしてそれをわかっているアーデルハイトもまた、自分のわがままを反省した。
「本当に、ごめんなさい。でも、どうしてもリオと出かけてみたくて」
「……いいですよ、このドレスも、とっても可愛い、ですし」
リオが慣れない手つきで、スカートにそっと触れる。その瞬間、少しだけ嬉しそうにしていたのを、ウィルたちは見逃したりはしなかった。
──リオは、趣味嗜好で男装をし続けてきたわけではない。
ほのかにはにかんだ笑顔に、胸を締め付けられるような想いがした。
「あんまり可愛いから、男の人に話しかけられちゃうかもしれないわね」
気をつけなくちゃ、とアーデルハイトが意味ありげにウィルに目配せをする。ウィルは唇を噛み締めて、アーデルハイトを睨んだ。
──そんなこと、言われなくたって分かってる
リオはリオだ。女の格好をしていたって男の格好をしていたって変わらない。ウィルの大切な親友で同志で、弟分。
だから今日は、慣れない女性の姿をしたリオのそばを、絶対に離れるわけにはいかない。兄として、守ってやらなければいけないからだ。
ウィルは動揺している自分を誤魔化すかのように、そう、言い聞かせた。
読んでくださってありがとうございました。




