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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
7/77

(騙された少年)2

「話はあとで」

 

 テイルはそう言って、自分の持ち場へ戻ってしまった。

 わけが分からないまま、リオは指示を受けた通りに畑を耕した。

 これが軍の訓練、とは到底思えず、何度も辺りを見回した。周りも、汗を垂らしながら畑を耕している。話しかけられる雰囲気ではなさそうだと諦めて、リオも黙々と鍬を振り続けた。

 そうして、陽がくれる頃、辺りに警鐘が鳴り響いた。

 その合図と共に再びやってきたテイルに連れられて、リオは食堂へ向かった。

 慣れない野良仕事に、考え事をするのも億劫なほど身体は疲れていた。






「僕はリヒルク教官に誘われてここに入ったんだ」


 食堂には、数十名の少年たちがごった返している。

 長机の隅を陣取り、リオは、テイルと、テイルと同室だというジエンという少年と向かい合っていた。


「そうそ。二年前かな。兵士募集つってあの髭オヤジがオレの村を回ってきたんだ」


 ジエンは、配膳された固いパンにそのままかぶりついた。同い年だと聞いたけれど、ジエンの身体はリオやテイルより頭一つ分高かった。

 テイルは一口大に千切ってからパンを口に放り込む。その方が食べやすそうで、リオもそうしようとパンを掴んだ。


「僕のところも同じ。衣食住揃っているし功績をあげれば正式な騎士にもなれるって言われて」


 ジエンは忌々しそうに眉間に皺を寄せる。


「なんてことねえ。ただの労働者確保だ」

「だね」

「労働者?」


 繰り返したリオに、テイルは少しだけ声を落とした。


「軍はね、ここを町みたいにしたいんだよ」

「ここを? どうして」


 北の地は広いけれど、人が住むには向かない。

 春や夏は別として、冬は豪雪で外界と閉ざされてしまうからだ。

 そんな場所を町にしようだなんて、随分と不合理に思えた。

 と、リオの疑問を読み取って、テイルは肩をすくめる。


「ここは都からも地方からも離れすぎてる。だから物資の輸送にも時間がかかるだろ。今のままじゃ、周辺の村も町もいざという時に備蓄が少なすぎるんだ。それで、いっそのこと軍でここに町を構えようって計画になったらしいよ」


 ジエンは何度も何度も干し肉を噛みながら言った。


「オレらはその為の開拓者……いや、犠牲者なんだ」

「ああ、なるほど」


 リオは淡々と頷いた。合点がいった。


「それで畑を作ってたんだ」


 今日耕していた荒れ野がすべて畑になれば、大量の食糧も確保できる。家畜を飼う環境でも整えばもっと豊かになるだろうと思えた。なにせ土地だけは果てしなくあるのだから。

 

「……それだけ?」

「え」


 テイルもジエンもきょとんとリオを見つめていた。


「それだけって?」

「え、いや」


 二人は顔を見合わせる。


「普通、この話を知ったらさ皆」


 とテイルが切り出した時だった。

 食堂の一角で、ガシャン、と食器類が激しく散らばる音がした。

 いっせいに視線はそこへ集まる。


「っよくも騙したな……っ!」

「まさか」


 聞き覚えのある声に、リオははっと身を屈めた。


「騙してなんてないよ。ちゃんと訓練をしていい成績を残せば軍人になれるさ」


 ざわつく少年たちの間から見えたのは、対峙するジャスティンと――トマスだった。

 リオはテイル達の身体の隙間からそっと騒ぎをのぞき込む。

 顔を真っ赤にしたトマスが、ジャスティンに掴みかかっていた。

 

「僕はこんな農夫みたいになりたかったんじゃない!」

「だから下積みってのは皆辛いものなんだよ。大丈夫。定期試験に受かれば君だって」

「嘘をつくな! 上手い事言いやがって! 皆言ってた。試験なんて誰も合格しないって。僕達は大人になってもここでお前らの奴隷みたいに働かせ続けられるんだって!」

「心外だな。誰がそんなことを?」


 ジャスティンは心底傷ついたというように首を振って、冷ややかな視線を辺りに投げた。注目していたはずの少年たちは、さっと顔をそらす。テイルと、ジエンも。


「えーと、トマス君? だっけ。僕は君に見どころがあるから声をかけたんだよ。そんなに自分の可能性を否定するもんじゃない」

「うるさい。もう騙されるもんか」


 トマスはどかどかと足音を立てて、ジャスティンの脇をすり抜けようとした。が、しかし。


「待って待って」


 ジャスティンに腕を捉えられる。

「うわ」と低く呟いたのは、テイルだった。

 リオは成り行きを見守るしかない。

 トマスはじたばたと抵抗する。


「っなんだよ! 離せよ!」

「ダメダメ。教官にたてついた君をこのまま見過ごすことは出来ないよ」


 ジャスティンはそう言ってトマスを捕まえたまま食堂から出ていく。溢れ返っていた少年たちが左右に割れて道を開けた。

 ジャスティンは「ありがとう」と笑い、トマスを連れて食堂を出て行く。

 残された寮生たちは、ひそめきあったり、またかよ、と息をついたりと反応は様々だった。


 リオはテイルに話しかけられるまで、ジャスティンとトマスの去った入口を眺めるしかなかった。


 テイルが肩をすくめる。


「分かった? 普通騙されたって聞いたら、さっきの子みたいに怒るか、気落ちするかのどちらかなんだよ」


 リオはそのどちらでもなかった。軍人になれそうもない事実に怒ることもなく、労働を課せられる事態に絶望するでもない。 

 なぜならそのどちらも、リオには大した問題ではなかったからだ。

 リオの目的はあの宿屋から抜け出すこと、それだけだった。

 慣れない男口調で、言葉をつむぐ。


「別に畑を耕すくらい平気。それにさっきの人も言ってたじゃないか。成績をあげれば上にあがれるって」


 それにはテイルもジエンもぷっと吹き出す。


「残念だけど、それは無理だよリオ」

「騎士になれるのなんて一年にひとりもいないんだぜ」

「そうそう。なれるとすれば、金持ちか貴族か、相当腕が立って、教官たちに気に入られる奴じゃないと」


 言って、テイルは「そう言えば」と思い出す。


「該当者、ひとりいるね」 


 ジエンも「ああ」と頷いた。


「ひとりいるな。関わりたくねえけど」

「僕だって。ジャスティン教官の次に嫌だね」

「えっと……ジャスティン教官って、さっきの人、だろ?」

「うん」


 テイルは「あの人には気をつけなよ」と深刻そうに言った。


「一番優しそうに見えるけど、一番おっかないから」

「あれは詐欺だよな。見た目が優男だから勧誘に乗って来る奴も多いし」

「控えめに言って鬼だよね。僕、ジャスティン教官が担当の日は、前の日から具合が悪くなるもの」

「気持ちはわかる」


 恐れられている理由は今ひとつわからないけれど、リオは忠告を有り難く受け取る。

 しかし、だとすれば、その鬼に捕まったトマスはどうなるのだろう。


「あのさ、さっき暴れてた子は、どこに連れて行かれたの?」

「反省部屋だと思うよ。僕も入ったことはないけど」

「反省部屋?」

「うん」


 と、突然ジエンが顔色を変える。


「おい、テイル。反省部屋と言えばあいつもそろそろ釈放なんじゃねえか」

「あ、確かに」


 テイルは面倒だな、とむくれた。ジエンが、机の向こうから身を乗り出す。


「リオ。悪いことは言わねえから、ウィリアムって奴にだけは喧嘩売るなよ」

「ウィリアム?」

「いっつも教官にたてついてる、反省部屋の常連だ」

「そのくせ成績は一番だから、有望株でもあるんだ。実際ウィリアムを気に入ってる教官も少なくない」


 リオは、その名前をしっかりと胸に刻んだ。厄介ごとには関わりたくない。


「分かった。ウィリアムだね。気を付けるよ」




 食事を終えたリオは、割り当てられた自分の部屋へと向かった。

 二人で一部屋らしいけれど、同室はどんな子だろう。

 おとなしくて、あんまり詮索してこない、そんな子がいいと思った。


 部屋は宿舎の二階にあった。

 階段をあがり、部屋番号を確認して、木製の扉を押し開ける。同室の子は出掛けているのか、部屋には誰もいなかった。

 中は簡素な作りだった。

 小窓が一つと、左脇に二段ベッドが一つ。

 あとは壁に小さな四角の鏡が取り付けてあるだけ。

 長年多くの人が寝転んできたであろうベッドは傷だらけで、掃除は行き届いておらず、隅には埃が溜まっている。

 それでもリオは、あの宿屋よりはずっといいと思った。


 小窓に近づいて掛け鍵を外す。そこからもうすっかり夜になった軍の内部を見下ろした。

 他の部屋の子供たちもまだ眠れないのだろう。耳を澄ませば、いろんな声が聞こえてきた。

 リオは夜独特の湿っぽい空気を吸い込んで、思い切り吐き出した。


 トマスは無事だろうか。

 どこかで彼と話せないだろうかと思いながら、リオはふと、壁にかけられていた鏡に目をやった。すっかり髪の短くなった自分を見て、まるで別人みたいだと驚く。

 皮肉なもので、元々可愛げがないと言われた目つきも、男児と思えば凛々しく見えた。ため息が溢れる。いっそ男に生まれていたらよかったのに。


 リオは、膝を抱えて床に座り込んだ。


 軍に進んだのは、生活のためだった。孤児院なんてそう易々とあるものでもなく、住み込みで働かせて貰えそうな場所も、宛もなかった。

 けれど、軍ならば。

 募集もされていたし衣食住は揃っている。真面目に従事していれば給金が貰えるとまで聞いた。その金を貯めて独り立ちしよう。

 リオは、そう決めた。

 性を捨てるのにはなんの躊躇もなかった。

 体力には自信があったし、ベルのおかげで忍耐力もついていた。

 軍人になりたいわけでもないから、実際の仕事が土いじりだろうと馬の世話だろうとなんでもよかった。


 でも、疲れた


 リオは脇のベッドに目を向ける。

 横になりたい。

 でも二段ベッドの上と下どちらで眠ればいいんだろう。

 立ち上がって、ベッドに近寄る。


 と、その時だった。


「……くそ……っ」


 悪態が聞こえて振り向けば、上半身が裸の少年が入ってくるところだった。

 この子が、同室の子だろうか。


「あの」


 挨拶をしようとしたとたん、しかし鋭い視線に貫かれる。


「誰だ、お前」


 薄暗がりでもわかる、灰がかった青い色の瞳だった。

 少年は苛立ったように声をあげる。


「なにしてんだ、人の部屋で」


 リオは狼狽えながら、少年を見つめ返す。

 

「えと、あの、僕、今日入ったばかりで」

「あ……?」


 少年はしかめ面のままだったが、幾分警戒を解いてくれたようだった。 


「……じゃあ仕方ないな。オレは、ウィリアムだ。ウィリアム・ウィンズ」

「ウィリアム……?」

「ああ。お前は?」


 聞き覚えのある名に、リオはふと、記憶を探った。

 ウィリアムって、確か。テイルが言っていた、喧嘩をしてはいけない人物の一人、だったのではないだろうか。  

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