(軍)
ひたすら北へ進む事数日。
荒涼とした景色の向こうに、ようやく目的の地が見えた。
「あれだ」
リオは立ち止まり、丘の上からその集落を見下ろした。
道中に聞き知った情報と一致している。
連なった山々を背後にそびえたつ、年老いた古城。その周囲の平野に低く広く建てられているのは、木造の宿舎だった。そこに、一般兵や見習いが寝泊りをしているのだという。
あのどこかに、トマスもいるはず
王立北軍基地。
そこが、軍最恐と呼び声の高い訓練施設兼軍人養成校だった。
「入隊希望者?」
軍の門番はひょろっとした背の高い少年だった。自分の身長よりも長い槍を片手に、リオを偉そうに見下ろしてくる。
この子も、まだ入ったばかりなのかもしれない
リオがそう思ったのは、少年が軍服ではなかったからだ。履き古したような茶のズボンも、二の腕が見える型のシャツも、ジャスティンの着ていたものとはまるで違っていた。リオも目にする、庶民の服だ。きっと彼も入隊したばかりで、制服が間に合ってないのだろう。勝手に、そう思った。
「はい、よろしくお願いします」
少しの言動で、女だと分かってしまうかもしれない。
リオは、凍り付いた表情のまま頭を下げた。
少年は「またかよ」と独り言のように呟く。実際独り言だったらしい。鼻で荒いため息をついた後、慣れた口調で(つまりは億劫そうに)質問を並べた。
「歳は? どこからきた? 親は?」
「……えっと」
軍に女は入隊出来ない。
だから、男を装う他なかった。
「僕、は…」
落ち着いて、私。大丈夫。
肩まであった髪も切った。襤褸のズボンも麻のシャツも全て男物だし、ここに来るまでに会った大人たちもリオをすっかり少年と思い込んでいた。
そう、だからきっと大丈夫。
呪文のように言い聞かせて、リオは門番の視線に耐えた。
慎重に、ひとつ一つの質問に答える。
歳は九つで、村は知る限りの遠方を。最後に孤児だと付け加える。
「なるほどな。で、なんで軍なんかに入りたいの」
「ほかに、行くところがなくて」
半分は本当だった。
門番は納得したように頷いて、顎で鉄柵の向こうを指す。
「分かった。じゃあ、入りな」
「え」
それで終わりだった。
意外にもそれ以上あれやこれやと詰問されることはなく、門番はすんなりと道をあけた。
「一番手前の建物に兵士がいる。そいつに入隊希望だって伝えてくれ。喜ばれる」
「は、はい。ありがとうございます」
こんなに簡単でいいのだろうか。
もっと厳しい身体検査や身元の確認などが行われるかもしれないと予測していたのに。
逆に不安になったリオの懸念は間違ってはいなかった。
入隊してすぐ、その理由は明かされることになる。
最後に見た、門番の気の毒そうな表情の理由も。