(リオの幸せ、ウィルの夢)
* * *
翌日。
ランズベルク公爵家には、ウィル宛ての贈り物が山のように届けられた。
剣豪ディートハルトを破った若い騎士に、同年の兵士達は夢を重ね、少女たちは淡い想いを抱いた。彼の雄姿を目にした者は我が事のようにウィルを語り、それを聞く者は想像を駆り立てられる。
ウィルの名は、国中を湧かせていた。
しかし、その栄光を手にしたはずの本人の心は、晴れやかとは言い難かった。
早朝からひっきりなしに訪ねて来る軍関係者や貴族連中の寿ぎが面倒だったのもあるし、頼んでもいない豪奢な贈り物や花束の数々のすべてに返礼が要るときいてうんざりしていた……――いや、そんなものは言い訳に過ぎなかった。
心が晴れない原因などわかりきっている。
ただひとつ。
すべては、親友のせいだった。
「――いけません、リオ様!」
大階段を下りようとしたウィルの耳に、聞き知った声が入る。
見やれば、階下のホールで、リオがメイドが手にしている荷物を受け取っているところだった。気合の入った包装から見るに、それもウィルへの贈り物に違いなかった。
「どこへもっていけばいいですか」
メイドは慌てて首を振っている。
「いえ、リオ様にそんなことをさせるわけには」
「いいんですよ。言ってください」
何やってんだか。
ウィルは小さく息をついて、階段を駆け下りる。
「リオ」
声をかければ、リオは普段と変わらぬ淡々とした顔をこちらに向けた。
「ウィル」
くそ。
なんで平然としていられるんだ。
こっちはちっとも眠れなかったってのに。
ウィルはわずかに苛立ちながら、リオが抱えている荷の半分を奪った。宛名はやはり自分宛だ。
「また届いたのか……」
「うん、凄いね。これは軍の事務局長からだって。そっちはよく知らないけど。アデル様の知り合いかな?」
「知らねえよ」
自分でも驚くほど、棘のある声が出た。
リオはほんの少し目を見開いて、小さく呟く。
「……そう」
しまった。
言い方が悪かった。
謝ろうとしたその瞬間、隣にいたメイドが、おろおろとしながらリオとウィルに頭を下げる。間の悪い娘だった。
「あ、ありがとうございます、リオ様、ウィリアム様」
頬がほんのり赤らんでいるメイドに、リオが優しく声をかける。
「いえ。重たい物を運ぶときは、遠慮せずに言ってくださいね」
「はい……」
ぼうっとするメイドを残し、ウィルは背を向ける。
「行くぞ、リオ。荷物はサロンに運んでる」
「あ、うん」
ウィルが足早に、降りてきたばかりの階段をあがる。
「ウィル、待って」
リオが後ろからついてくるのがわかって、ウィルは歩みを緩めた。
すぐに追いついたリオが、隣に並ぶ。
いつもの光景だった。
北軍での訓練時。
寮へ帰る道。
遠征へ出た時。
リオはいつも、そばにいた。
そうして、
これからもずっと、そばにいてくれるものだと、思っていた、のに。
どうして急に、辞めるなんて言うんだ。
正直を言えば、裏切られたような気持ちでいっぱいだった。
リオがやりたいことを見つけたこと自体は、嬉しいし、応援したいし、力になるつもりだ。
けれど。
もうこうやって隣を歩くことは少なくなるのだろうし、剣を交えることもなくなるのだろうと思えば、手放しで喜ぶことは出来なかった。
ウィルはずっと、リオといたかった。
昨夜掴んだリオの手を、離したくなんてなかった。
だが、
それが自分本位の考えだとわかっているから、口には出せない。
リオにはリオの人生があって、考えがあって、幸せがある。
それを邪魔する権利など、ウィルにはない。
いくら親友といえど、
夢まで一緒とはいかないのだ。
「リオ」
サロンへ向かう途中の廊下で、ウィルは、親友を見下ろした。振り仰いだ顔は、やはりいつもと変わらない。白い肌にはそばかすの後や、傷の跡が幾筋も散っている。
「なに?」
「アデルには、いつ言うんだ?」
しばし沈黙したリオが、口を開く。
「今日か、明日には」
「は?」
ウィルは思わず語気を荒げる。
「そんなに早く?資金はあるのか?」
「ずっと貯めてた。全然大丈夫だよ」
確かに、北軍にいた頃からリオは倹約家だったし(もともと物欲が乏しそうな一面もあったけれど)孤児の彼には、仕送りする家族もない。
アーデルハイトの騎士となってからは、多額の給金も貰えているはずだった。
資金が足りているのは事実なのだろう。
それでもウィルの心配はぬぐえなかった。
「どこに行くつもりなんだ?住む場所は?」
「これから探すよ」
「決まったら、絶対教えろよ。っていうか、一緒に探してやるよ。そうだ……都に住めばいいじゃないか。ここなら一流の料理人もいるし、いつでも会える」
「ああ、そうだね」
リオは頷いて、前を向く。
「おい、ちゃんと聞けよ」
「聞いてるよ。でもその前にアデル様や皆にちゃんと言わなくちゃ」
「リオ」
サロンの扉を肘で押し開けるリオの背後に立って、代わりに扉をあけてやる。
と、サロンに足を踏み入れたリオが、すぐにぴたりと立ち止まる。おかげで、ウィルはその背を押すようにぶつかってしまった。
「っリオ、なんで入らな……」
言いかけて、ウィルも硬直する。
室内には、大量の贈り物を開封するアーデルハイトとキース、それからオーウェンだけがいるはずだった。しかし。
「やあ、待っていたよ、リオ君。ウィリアム君」
豪奢な椅子にゆったりとロゼワルトが腰を据えていた。背後には屈強な騎士を三名と、家来をふたり従えている。
向かいにはアーデルハイトが座っていた。
そうして何故か、決闘時の立会人まで、同席している。
「ロゼワルト……なにしてる」
ウィルが庇うようにアーデルハイトのそばに立てば、ロゼワルトは面白がるように微笑んだ。
「年長者には、もう少し丁寧な言葉を使いたまえ。ウィリアム・ウィンズ」
「決着はついたはずだ。これ以上なにかする気か?」
「決着?ああ、そうだな。あれが正当な試合だったなら、そうだな」
「正当な試合だった」
自分たちは勝利したのだ。
それは何よりも衆人が認めている。
しかしロゼワルトの横柄な態度は収まらない。
「そうか。ウィリアム君、君も知らないのか」
ロゼワルトが気の毒そうに、双眸を細める。
「なんのことだ。はっきりと言え」
「……ああ、いいとも――トマス」
ロゼワルトは背後に立っていた家来のひとりに呼びかける。
トマスと呼ばれた青年は「はい」と気のない返事をした。
誰だ。
訝しがるウィルにトマスはにこりと微笑む。
「初めまして、ウィリアム君。トマスって言います。実は僕も、数日だけど北軍にいたことがあるんですよ。君と話したことはないけどね。ああそれと、そこのリオとは、幼馴染?になるのかな。一緒の宿で働いてたんだ。ねえリオ?覚えてる?久しぶり。街で見かけた時はびっくりしたよ、まさか本当に君だなんて思わなくて。軍に入るなんて大変だっただろ。
だって君、女の子なのにさ」




