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騎士団と嘘つき  作者: koma
<都編>
38/78

(初恋)4

12/17 2話投稿しています(1話目)

 なんでだろう。

 ウィルの隣にいるのは、いつだって自分だと思っていたのに。


 リオは黙々と公爵家の長い廊下を進んだ。

 アーデルハイトと並んだウィルの姿が、脳裏に焼き付いて離れない。友人とも主従とも違う、信頼し合ったふたりの間に、リオの入りこむ余地などなかった。

 

 リオにはそれが少し、寂しかった。

 リオが近い将来軍を去っても、ウィルはアーデルハイトと共にいるのだろう。リオのいない騎士団で、ウィルの日常は続いていく。もしかしたら、団員は増えて、さらに大きくなるかもしれない。新しい仲間を見つけて、そうしていつしか、リオはその存在も思い出して貰えなくなるのかもしれない。そう思うと、寂しくて、寂しくてたまらなくなった。

 ああ、いすぎたせいだ。

 そう思った。

 もっと早くジャスティンの助言を聞き入れておけばよかったのに。

 なんてことはない。

 すべては自分の過ちだ。

 離れるのが辛くて、別れを先延ばしにした結果がこれだ。先延ばしにした分、思い出は増える。もっと辛くなることを想像できなかった自分が悪い。


 リオは顔をあげ、鍛練場へと歩を進めた。

 今更悔いたところで、過去はどうしようもない。寂しさだって乗り越えるしかない。そう、実際は、今目の前にある現実をどうにかするしかないのだから。

 たとえそれが、どんなに辛い現実だとしても。



 *


 決闘の当日。

 空は、雲ひとつない快晴だった。


 軍本部が設けた決闘場には多くの観覧席が設けられ、軍将校貴族の他、一般市民の入場も認められた。英雄ディートハルトの参戦を聞きつけた人々は熱狂し、彼が決闘場に姿を現したその時は、割れんばかりの拍手と歓声が会場を覆った。


 決闘は、表向きには新しく設立されたアーデルハイトの騎士達の腕試しも兼ねた、“交流”と名された。

 賭けの真実を知るものは当事者たちと立会人、軍の関係者のみだった。


 ディートハルト自身も深くは知らされていないのだろう。彼はいつかと変わらぬ鮮やかな熱気をまとい、リオ達に微笑みかけてきた。嬉しくてたまらないというように。


「君たちと再戦出来る日を楽しみにしていたんだ――正々堂々戦おう」 


 宣誓時、そう声をかけられ、ウィルが挑戦的な眼差しを返した。


「勿論です」


 その隣で、リオも意志をかためた。

 今までのすべてを賭けよう。

 これが、真実最後の試合だから。


 リオは観覧席より一段高く設けられた桟敷に座るアーデルハイトを見やった。

 遠目にも整った顔はこわばり、じっとこちらを見据えている。

 不安でたまらないのだろう。剣豪ディートハルトと戦って、無傷だなんてことは有り得ない。

 と、それを安心させるように、ウィルが軽く手をあげた。

 気づいたアーデルハイトがはっとして、困ったように微笑む。

 キースに呼びかけられたリオは、言い訳のように目をそらした。



「――始め」


 鋭い掛け声とともに、互いの白刃が舞った。

 先陣はオーウェンが出た。

 力強い巨体の相手は、同じく力強そうな大柄の騎士だった。肩と胸とに鉄鎧をつけた騎士は、容赦なくオーウェンに襲いかかる。

 オーウェンも負けてはいなかった。

 敵の刃を横向きにした剣で受け止めて踏ん張り、相手の巨体ごと押し返す。そうして相手がよろめいたところを、いっきに斬りかかった。

 目を背けたくなるような鮮血が散り、観客が悲鳴があがる。

 

「そこだ、行け!」

「やれ!」


 血気盛んな若い兵士たちが好き勝手に野次を飛ばし、貴族の若者たちは気分が悪そうに口元をおさえる。

 ウィルが「情けね」と呟いたのを聞いて、リオも頷いた。温室育ちのお坊ちゃんたちが興味本位に見ていいものではなかった。


 そうこうしているうちに、決着がつく。

 オーウェンが、仰向けに転んだ相手の首元に剣先を突き付けていた。


「――参りました」


 審判がオーウェンの勝利を宣言し、一戦目はアーデルハイトの騎士団が勝った。

 ロゼワルトは、まだ動じない。


 続く二戦目。

 これは、相手が悪かった。

 体格的には標準の騎士に速さ勝負に持ち込まれ、オーウェンは隙をつかれた。その俊敏さで、背後に回られ、背中を思い切り殴打されたのだ――リオは思わず声をあげる。


「オーウェン!」

「……っ」


 そのまま前のめりになり、両手両膝を地についてしまったその耳に、敵の剣先が添えられた。オーウェンが息を飲む。


「そこまで――」


 審判の声に、オーウェンは剣を握りしめたままの拳で地を殴った。


「……っくそ!」


 こんなにも荒ぶるオーウェンを初めて見たと、物珍し気に感嘆しながら、次鋒キースが壇上へあがった。戦場をあとにするオーウェンとすれ違いざま、その大きな肩をたたいて囁く。


「大丈夫。任せておいて」


 軽口を言った、キースの試合は、しかし長引いた。

 剣技が互角のため、両者、一歩を譲らぬ攻防が続いたのだ。

 試合が始まり数分が経過しても、互いに一太刀も浴びせることはなく、剣の重なりあう音だけが響いた。それも時間とともにだんだんと鈍く、重くなってゆく。リオはごくりと唾をのんだ。集中力の勝負だった。先に気の緩んでしまった方が負ける――。

 と、キースが仕掛けた。

 打ち合いのリズムをあえて崩し、相手の懐へ深く踏み出す。

 向けられた切っ先が、キースの頬を裂いた。

 と、同時にキースの剣が相手の胴を浅く傷つける。

 大勢を崩した敵は、あっさりと尻餅をついた。


「そこまで!」


 きゃああ、と甲高い歓声が聞こえて、驚いたリオは一般客席に顔をむけた。闘技会でも見た娘達が「キース様!」「素敵」と手を振っている。変わらぬ人気ぶりに、リオは苦く笑った。


「これであと二人だな」


 腕組をしたウィルが言った。

 リオも「うん」と頷く。


 ロゼワルトの三人目の騎士は、これまた屈強な戦士だった。が、この日調子のよかったらしいキースは、これもあっさりと倒してしまう。

 キースの名前を呼ぶ観客たちと、次の騎士――ディートハルトを呼ぶ声で、場は盛り上がっていた。



 一方、桟敷に座るロゼワルトは後がないと言うにも関わらず、不気味なほどの余裕をもって微笑んでいた。


「やれやれ」


 従者にワインを注がせ、グラスを揺らし、汗だくで戦う騎士を見下ろす。


「この日の為にと選りすぐったはずなのだが。我が騎士が、情けない。全員解雇だな」


 彼は勝利を疑っていなかった。

 隣に座る妹に、微笑みながら声をかける。


「アーデルハイト。お前の騎士達は、なかなかやるようだな。見くびっていたぞ」


 妹は、微動だにしない。

 つんと澄ましたまま、騎士達を見下ろしていた。


「始まっていますわよ」


 ロゼワルトは舌打ちする。

 全く、くそ生意気な、可愛げのない娘だ。

 忌々しく思いながら、ロゼワルトも騎士達に視線を向ける。

 そうして、ほくそ笑んだ。

 審判が大声を張っている。


「――勝者、ディートハルト・リンジャー!」


 下賤たちの戦う闘技場では、

 早速、ロゼワルトの優秀な手駒が一勝を手にしていた。



 ――やっぱり、強い。

 試合開始早々、ディートハルトに弾き飛ばされたキースは、右肩を負傷した。びりびりとした震えは指先にまで届き、剣を握ることすら叶わず、悔しそうに闘技場を降りる。

 次は、リオの番だった。

 審判に名をよばれたリオは、愛用の剣を握りしめ、高ぶる心を鎮めた。

 落ち着いて、冷静に、いつも通りに。

 大丈夫。

 相手をディートハルトだなんて思わずに

 ひとりの剣士だと思ってやれば、大丈夫だ。


「リオ」


 と、闘技場に上がる寸前、ウィルに肩を引かれる。


「なに?」


 灰青色の瞳が、リオをとらえた。

 耳元で低い声がする。


「絶対に無茶はするな。次はオレが控えてるんだから。だから、絶対に無茶はするな」

「……ウィル」


 こんな時まで、兄貴ぶって、心配してくれている。

 優しさが嬉しくて痛かった。


「ありがとう」


 でも僕は、騎士だから、大丈夫。


 リオはウィルの手を振り払った。


「ウィルの出番、ないかもだよ」


 本当にそうなったらいいと思った。




「……っ随分、成長したね」


 ディートハルトは、目を爛々と輝かせ、言った。

 壮絶な打ち合いに、場は静まり返っていた。

 リオは腕や顔に浅い傷をいくつも負ったまま、肩で大きく息をする。対峙するディートハルトは太刀傷こそないものの、呼吸を荒く乱している。リオの速さに、追いつけていなかった。

 僕の速さは、通用する。

 オーウェンに幾度もつけてもらった稽古は、大いに役に立っていた。

 いける。

 あと少しだ……っ

 リオは、ディートハルトの動きに注視しながら、不意に大地を蹴る。その勢いのまま、斬りかかった。が、甘かった。


「……っ」

「惜しい」


 剣で受け止められ、再び吹き飛ばされる。しかしリオは、即座に立ち上がり、態勢を立て直した。両手で剣の柄を握りしめ、切っ先をディートハルトに向ける。

 

「くそ!隙がないなあ……っ!」

「ジャスティン教官の、教えです」


 リオが答えると、ディートハルトはにっと笑った。


「なるほど」


 北軍での地獄の日々。

 起き上がらなければ、容赦なく鞭が振り下ろされたことを思い出して、リオは身震いした。

 でも、そのおかげで、強くなれた。

 私はひとりでも、戦える。


 と、その時だった。

 ウィルの絶叫が聞こえる。


「……リオ! 前!……動くな!!」


 え?


 しかし気づいた時には、遅かった。

 彼はいつの間に動いていた?


「……」


 ディートハルトの切っ先が、リオの喉元に突き付けられていた。

 ちくりとした痛みがして、血が流れていくのが分かる。

 あと少しでも彼が腕を進めれば、リオの命は、絶える。


「そこまで!!」


 審判の大声に、観客が本日何度目としれぬ歓声をあげた。


 ディートハルトが、大きく息を吐きながら、ゆっくりと剣を下ろす。


 リオは、それでもまだ、微動だに出来なかった。


「リオ、リオ……っ大丈夫か?」


 ウィルが駆け寄ってきて、よろめくリオを後ろから支える。


「ウィル……」

「喉、裂けたりしてないよな」


 焦ったように前に回り込んで、リオの傷を確認する。


「だい……じょうぶ」


 リオは言って、ウィルから離れた。


「それよりごめん……勝てなかった」

「あのな、オレが勝つから無理すんなって言っただろ……こんなに怪我しやがって」


 リオの身体のあちこちの傷を見て、ウィルが顔をしかめる。


「あとで薬塗ってやる。大人しく見てろ」

「……うん」


 リオは勝負をウィルに託して、闘技場を降りた。

 本当の最終戦が始まった。   

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