(騎士団の設立)
* * *
「騎士?」
怪訝な声をあげたのはウィルだった。疑うような視線をアーデルハイトに投げつける。
「お前の? なんで、嫌だけど」
アーデルハイトは小首をかしげる。
「まぁ、なぜ? 悪い話ではないと思うのだけど」
「あのな」とウィルが呆れかえる。
「いきなり言われてすぐ返事なんか出来るわけないだろ」
「あら。まあそうよね」
アーデルハイトは「ごめんなさい」と頷く。
「あなた達の戦いを見て、つい勢いで来てしまったものだから。きちんと説明はするわ。これから時間はある? 家に来てほしいの」
「あの、僕は、片付けが」
リオが言うと、アーデルハイトは「それはうちの召使がするわ」と微笑んだ。断る理由がなくなってしまい、リオは口をつぐむ。
アーデルハイトの真意が見えなかった。
闘技会で優勝したウィルを勧誘するのはわかる。
けれど、どうして自分まで?
ウィルがどう感じているのかは分からなかったが、少なくともリオは戸惑っていた。
気さくに話しかけてくれているが、彼女は公爵家の娘なのだ。
庶民のリオに拒否権などありはしない。
リオを自分の騎士にしたいならただ一言命令すれば良いだけの話なのに、アーデルハイトはわざわざリオの意志を確認している。たぶん、無理強いをさせない為に。
そこには素直に好感を持つことが出来たけれど、やはり即決なんて無理だ。
「話、だけなら」
おずおずとリオが言うと、アーデルハイトは両手を胸の前で握り合わせて歓喜した。その横でウィルが軽いため息を吐く。そうして、「じゃあオレも」とリオの兄貴面をするのだった。
ランズベルク公爵家の客間を跨ぐのは、これで二度目だった。豪奢な布張りの長椅子に、リオはウィルと並んで腰をおろす。
「アデルでいいわ」
向かいに腰かけたアーデルハイトは喜々として迎え入れた客人を見渡した。
リオとウィル、それから一人掛けの椅子に、なぜかキースまで座っていた――彼もまた、アーデルハイトのお眼鏡に適ったらしい。
メイドが茶と菓子を配膳し終えるのも待ちきれず、アーデルハイトは口を開いた。
「突然ごめんなさい。でも、どうしてもあなた達の力が欲しかったの。兄に勝つために」
「お兄さんに?」
繰り返したのは、キース・アルベインだった。
「貴女の兄君と言えば、ロゼワルト公?」
アーデルハイトは「ええ」と彫像のように整った顔をわずかに俯けた。キースが低い声をあげる。
「随分、気難しい御方だとは聞いていますが」
「気難しい? そうね。自分の思い通りにならないと癇癪を起こすくらいには面倒な人よ」
まるで子供、とアーデルハイトは嘲るように微笑んだ。
「ウィリアムとリオには前に言ったわよね、私、兄に無理やり結婚させられそうになってるって」
「ああ。どうなったんだ? また逃げ出したのか?」
「いいえ。逃げなかったわ。でも、結婚もしなかった」
沈黙する三人に、アーデルハイトは言った。
「断ったの。兄と見合い相手の男性の前で『結婚はしない』って。それで、相手の方もお怒りになって、結局破談になったの。兄は今までで一番怒っていたわ。顔を真っ赤にして、喚き散らしてね。私、二週間近く幽閉されていたのよ」
「幽閉? 閉じ込められていたんですか?」
リオが尋ねると、アーデルハイトは力なく肯定した。
「ええ。別に珍しくもないけれど」
言って、アーデルハイトは隅に控えていたメイドを下がらせた。ふたたび話を続ける。
「三年前に父がなくなって、兄が家督を継いでからはずっとそう。皆があいつの意見を聞いて、答えた通りに動くものだから、あいつは自分が偉くなったと勘違いしてしまったの。自分がすべてを決めるんだ、自分が一番正しいんだってね。兄の命令で、優しかった姉さまは辺鄙なところへ嫁がされたし、お爺様の代から務めていた家令も、あいつの横暴に諫めただけで解雇されてしまったの。もう八十を過ぎていたのに、退職金も出さなかったのよ? 鞄ひとつで寒空の下へ追い出したの。私は止めようとしたけど、兄は「女が口をだすな」って全然聞いてくれなくて」
アーデルハイトは膝の上に置いた手を握りしめた。
「私、本当に悔しかった。もし私が男だったら、兄から実権を奪うことも出来たのにって。でも私は何も出来ない。それが許せないの」
女だから。
どこかで聞いたような話だった。
ウィルが不愉快そうに呟く。
「……お前の兄貴、屑野郎だな」
「そうなの。最低なの。でも、だからってこのまま泣き寝入りをするのは嫌。だから私、兄に賭けを持ちかけたの」
「賭け?」
「ええ」
ここからが、本題らしかった。
「兄は、私に人を見る目があるなら、解雇した使用人を戻してもいいって言ったの。勿論、誓約書も書かせたわ」
「お前に人を見る目があるって? どう証明するつもりなんだ」
「そこであなた達の力が必要なのよ」
アーデルハイトの弁に熱がこもる。
「兄の自慢の騎士団と、私の選んだ騎士団――つまりあなた達で決闘をするの。私が選んだあなた達が勝てば、兄は私を認めてくれるって、そう言ったわ。姉さまの離縁も承諾すると」
キースは目を丸くし、ウィルは胸の前で両腕を組んで、背中を椅子に委ねた。
「で? オレ達が負けたらお前はどうなるんだ?」
「あなた達は負けないとは思うけど。……もし負けたら、私は一生兄に逆らえない。その誓約書も書かされたわ。それが賭けってものでしょ?」
「……ふん」
他人事のように相槌を打ったウィルが、リオに視線を向けてくる。お前はどう思う? と尋ねられているみたいだった。
――アーデルハイトの人生がかかった賭けだ。今すぐ返事をするなんて出来るわけがないし、そもそもリオは北軍に戻り軍を抜けなければならない身だ。
かわいそうだけれど、断るしかない。
そう思い口を開こうとした矢先、気丈に振る舞っているアーデルハイトの手が、微かに震えていることに気づいてしまう。彼女にも、後がないのだ。
騎士団に入る。それはアーデルハイトを主人と据え、仕えるということだ。
まだ知り会って間もない彼女を、一生の主君と定める覚悟はできない。けれど、今回設立されるそれは期間が決まっている。だったら。リオは心のなかでジャスティンに謝罪した。
「…………わかりました」
「リオ?」
「いいの?」
ウィルとアーデルハイトが、声を重ねてリオを見る。
「どれくらい力になれるかはわかりませんけど」
「とんでもない! ありがとう! ありがとうリオ!」
飛び跳ねるように身を乗り出したアーデルハイトに、両手をぎゅっと握りしめられる。やっぱり彼女からはとてもいい匂いがした。
「まったく」
それから続いたのはキースだった。ゆっくりと立ち上がり、アーデルハイトのそばに片膝をつく。
「普通、ここまで聞かされたら断れませんね。せいぜい尽力させていただきますよ」
「……っありがとう! キース」
ふたりめの騎士確保に、アーデルハイトは感極まった様子だった。本当は、不安で仕方なかったのだろう。
最後に残った候補のウィルは、難しい顔をしていたけれど、リオを見ると仕方なさそうに首をすくめる。
「ま、弟を放っておくなんて出来ないしな」
「弟? あなた達兄弟だったの? 似てないのね」
「ちがう」
「え?」
ウィルの余計な一言に、面倒な誤解を解かなければならなくなったが、無事アーデルハイトの騎士団は設立されたのだった。




