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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
22/78

(リオ、喧嘩する)2

 絶対許してやらない。


 長い説教の後、鞭を打たれ、反省文をたっぷりと書かされたリオは、翌朝、反省部屋と言う名の牢獄からようやく釈放された。ウィルは前科がある為、あと二日は留置されることになった。()()()()の少年は、奥の独房に入れられているそうで、リオは昨夜から声すら聞いていない。少しは頭を冷やせば良いのだ。腕に残る鞭の痕とヒリつく痛みに、怒りは中々収まらなかった。


 悪いのはウィルだ。

 先に手を出してきたのも。

 それなのに、どうして自分まで罰を受けて、あまつさえ反省文など書かされなければいけないのか──納得がいかず、リオは文章を考えるのに四苦八苦した。そうでなくとも、文字を書くのは苦手なのに。


 リヒルクに何度も無実を訴えたけれど、「暴れてたのは同罪だ」と取り合ってもらえなかった。


 反省部屋を出た後、不満を燻らせたままリオは畑に向かった。

 

 ウィルが謝るまで、許すつもりはなかった。




 悶々とするリオの下に、赤毛の英雄・ディートハルトその人が訪れたのは、その日の午後のことだった。


「やあリオ」


 リオは土に鍬を振り下ろしたまま、声のした方に顔を向けた。


「精が出るね」


 ディートハルトはまるで親しい友人に向けるかのような微笑みを以ってリオに歩み寄ってきた。


「……ディートハルト、さん」

「昨日はありがとう。楽しかったよ」


 近くで見るディートハルトの背はやはり高く、リオは首を逸らせるようにして彼を見上げた。

 今日はゆったりとした麻のシャツを着ているせいだろうか、昨日程の威圧感はなかった。それでも多少の緊張は強いられたが。

 一体、なんの用だろう。

 昨日、何か粗相をしてしまったのだろうか──。

 心配でいっぱいのリオの胸中など知る由もないディートハルトは、腰に片手を当てたまま、リオをまじまじと眺めやっていた。そうして呟く。


「華奢だなー」

「え?あ……はあ」


 自分の身体のことを言われたのだと気付いて、リオはしどろもどろに返答した。


「駄目だぞ。軍人は身体が資本だ。鍛えて、食べて、寝ないと」

「はい……すみません」

「でも、動体視力は良いんだな」


 ディートハルトは満足そうに言った。


「昨日は驚いたよ、まさか避けられるとは思ってなかったからさ。びっくりした。それに君、入隊したばかりなんだって?もっと鍛えたら、うんと強くなるよ、絶対」

「……そう、でしょうか。ありがとうございます」

「うん。期待してる。あとほら、もうひとり、ウィリアム君にも挨拶したかったんだけどな」


 ディートハルトの声が、一段、小さくなる。内緒話をするみたいに。


「聞いたよ。喧嘩したんだって?」


 リオは驚いてディートハルトを見上げる。ディートハルトは言った。


「原因は?なんだったの?」

「……友達を馬鹿にされたんです。低脳とか、臆病とか言われて、それで、僕も頭に来て、言い合いになっちゃって」


 ディートハルトは頷いた。


「なるほど。それはウィリアム君が悪い」

「……でも、ウィルは自分は間違ってないって言い張るんです、僕、許せなくて」 

「ああ。彼、頑固そうだったものな」


 苦笑したディートハルトが、リオの短い頭髪をそっと撫でた。


「偉かったね」


 思わぬ言葉に、リオははっと顔をあげる。優し気な瞳が、リオを見下ろしていた。


「自分のことじゃなくて、友達のことで怒ったんだろ?立派だと思うよ」


 今のは褒められたうちに入るのだろうか。くすぐったいような、照れくさいような気持になってリオはうつむく。


「……でも、ウィルはわかってくれませんでした」

「たぶんだけど、ウィリアム君は自分の言ったことを否定されて、すぐには受け入れられなかったんだね。今頃は頭も冷えて、反省してるよ、きっと」


 そうだろうか。訝しがるリオの頭から、ディートハルトの手が離れる。


「仲直りしたら、ふたりで都に遊びにおいで」

「え?」

「実はオレ、もう都に戻らないと行けないんだ。あまり離れていられなくてね。それで君たちに挨拶をと思ったんだ」

「……そうだったんですか」

「北軍視察なんて滅多に出来ないから、来られてよかったよ。君たちみたいな逸材にも会えたしね」


 ディートハルトは真実残念そうに眉尻を下げた。

 ふと、こんなチャンスはないと言っていたウィルの言葉が思い出される。英雄と剣を交える機会など、本当にそうあることではないのだ。ウィルは、貴重な経験をリオにさせたくて仕方がなかったのかもしれない。彼なりの親切心を、リオは踏みにじったのだろうか……いいや、押しつけは違うと、リオは流されそうになる感情を押しとどめた。

 ディートハルトの声が朗らかに響く。


「都に来たら、是非王宮を訪ねてくれ。稽古しよう。今度は、本物の剣で」

「王宮……ですか」


 リオは曖昧に頷く。たぶんこれが今生の別れになると思った。

 都も王宮も、リオには遠すぎて実感が湧かない。リオにとってそこは架空の世界と同じだった。


「リオもウィリアムもきっと強くなる。楽しみだ」


 ディートハルトが、目を細めて微笑んだ。と、遠くからディートハルトを呼ぶ軍服男性の声が聞こえる。ディートハルトの部下だった。

 

「もう行かないと」


 ディートハルトは名残惜しそうにリオを見下ろした。


「もっと稽古つけてあげたかったな。他の皆にも」


 リオは言った。


「……ディートハルトさんは剣術がとても好きなんですね」

「うん。大好きだよ」


 ディートハルトがふわりと笑う。純粋で、他意のない微笑を羨ましく思った。

 



 ***


 ディートハルトの出立は、本人の希望により簡素に行われた。

 それでも北軍の門には訓練兵がこぞって集まり、英雄の姿が見えなくなるまで皆がそこに立っていたが。



 ジャスティンは、自分の思惑通りの結果に安堵していた。

 突然の英雄の登場に、不貞腐れていた少年たちの心には希望が灯り、軍学校は再び活気づいたのだ。

 上級生たちは率先して剣を手に鍛錬場に向かい、野良仕事しか回されない訓練兵たちも少しでもディートハルトに近づけるようにと、雑務に勤しむようになった。

 残る問題は、ひとつ。

 ジャスティンはとある名簿を作成しながら、もう何度目になるとも知れない、深いため息を吐いたのだった。

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