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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
18/78

(英雄ディートハルト)1

 ***


 どうしたもんかなあ。


 ジャスティンは、ゆっくりした歩調で教官用の宿舎へ続く門をくぐった。北軍とは名ばかりの辺境の地は、物資に乏しく、気候にも恵まれず、戦うべき敵もない。武勲をあげることも出来ず、兵士たちは腐っていくのみだった。


 それを叱咤するのがジャスティン達の仕事と言えばそうなのだが、この頃、どうにも気が乗らない。ほうぼうから無知な子供達を集め、騎士身分(えさ)をぶらさげ、希望を魅せ、酷使する。そんな仕事に嫌気が差していた。


 まったく。なにが騎士道だ。


 自身の薄っぺらな講義を思い返して、こそばゆくなった。

 

「ジャスティン」 


 と、頭上から降ってきた朗らかな声に、ジャスティンは空を仰ぐ。教官棟の一室から、赤毛の青年が手を振っていた。

 同期のディートハルト・リンジャーだった。真白な歯と爽やかな笑顔が眩しく、ジャスティンは目を細める。ディートハルトは権力の集中する都にありながら、なお純粋さを失っていなかった。稀有な男だ。


 ジャスティンは声を張り上げる。


「ディート!悪いね、呼び出して」

「いいさ。子供は好きだ」


 ジャスティンは好きでも嫌いでもなかった。

 仕事だから相手にする、それだけだ。

 だが、今は一点、問題がある。リオだ。


 どうしたもんかなあ。


 面倒なことには出来るだけ関わりたくない。関わりたくないが、あれは明らかにトマスを追ってきた。ジャスティンは深い息を吐く。


 なんで女の子が入ってくるかな。


 追い出さねばならないけれど、少女は素直に納得してくれるだろうか。相手が男なら、拳ひとつでどうにか出来るのだが。


 あんな宿、入るんじゃなかった。


 過ぎた時を悔い、ジャスティンは教官棟の扉を押し開けた。


 貴賓室に待たせていたディートハルトを尋ねる。

 ディートハルトは旧友との再会に顔を綻ばせた。


「元気そうだな、ジャスティン」

「ああ、君も」


 軽く抱擁を交わし、備え付けのソファにテーブルを挟んで腰を下ろす。

 ジャスティンは言った。


「早速だけど、訓練兵たちに会って欲しい」

「勿論だ。手合わせしていいんだろう?」


 ほくほくと身を乗り出すディートハルトは剣術に心酔している。

 国一番の剣豪は、子供のような男だった。


「ああ、そのために君を呼んだんだ。思いっきり稽古をつけてやってくれ」

「任せろ」


 自信に満ち溢れたディートハルトに、ジャスティンは安堵する。


 このところ、反発的な訓練兵が目立ってきている。農具を渡された少年たちは、騎士などになれるわけがないと悟り始めたのだ。

 このままでは、遠からず少年たちの鬱憤が爆発する。その瞬間、一番危ういのは自分達教官だ。


 ジャスティンには、手を打つ必要があった。


「英雄の姿を、彼らの目に焼き付けてやってくれ」


 新しい餌が、必要だった。

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