(英雄ディートハルト)1
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どうしたもんかなあ。
ジャスティンは、ゆっくりした歩調で教官用の宿舎へ続く門をくぐった。北軍とは名ばかりの辺境の地は、物資に乏しく、気候にも恵まれず、戦うべき敵もない。武勲をあげることも出来ず、兵士たちは腐っていくのみだった。
それを叱咤するのがジャスティン達の仕事と言えばそうなのだが、この頃、どうにも気が乗らない。ほうぼうから無知な子供達を集め、騎士身分をぶらさげ、希望を魅せ、酷使する。そんな仕事に嫌気が差していた。
まったく。なにが騎士道だ。
自身の薄っぺらな講義を思い返して、こそばゆくなった。
「ジャスティン」
と、頭上から降ってきた朗らかな声に、ジャスティンは空を仰ぐ。教官棟の一室から、赤毛の青年が手を振っていた。
同期のディートハルト・リンジャーだった。真白な歯と爽やかな笑顔が眩しく、ジャスティンは目を細める。ディートハルトは権力の集中する都にありながら、なお純粋さを失っていなかった。稀有な男だ。
ジャスティンは声を張り上げる。
「ディート!悪いね、呼び出して」
「いいさ。子供は好きだ」
ジャスティンは好きでも嫌いでもなかった。
仕事だから相手にする、それだけだ。
だが、今は一点、問題がある。リオだ。
どうしたもんかなあ。
面倒なことには出来るだけ関わりたくない。関わりたくないが、あれは明らかにトマスを追ってきた。ジャスティンは深い息を吐く。
なんで女の子が入ってくるかな。
追い出さねばならないけれど、少女は素直に納得してくれるだろうか。相手が男なら、拳ひとつでどうにか出来るのだが。
あんな宿、入るんじゃなかった。
過ぎた時を悔い、ジャスティンは教官棟の扉を押し開けた。
貴賓室に待たせていたディートハルトを尋ねる。
ディートハルトは旧友との再会に顔を綻ばせた。
「元気そうだな、ジャスティン」
「ああ、君も」
軽く抱擁を交わし、備え付けのソファにテーブルを挟んで腰を下ろす。
ジャスティンは言った。
「早速だけど、訓練兵たちに会って欲しい」
「勿論だ。手合わせしていいんだろう?」
ほくほくと身を乗り出すディートハルトは剣術に心酔している。
国一番の剣豪は、子供のような男だった。
「ああ、そのために君を呼んだんだ。思いっきり稽古をつけてやってくれ」
「任せろ」
自信に満ち溢れたディートハルトに、ジャスティンは安堵する。
このところ、反発的な訓練兵が目立ってきている。農具を渡された少年たちは、騎士などになれるわけがないと悟り始めたのだ。
このままでは、遠からず少年たちの鬱憤が爆発する。その瞬間、一番危ういのは自分達教官だ。
ジャスティンには、手を打つ必要があった。
「英雄の姿を、彼らの目に焼き付けてやってくれ」
新しい餌が、必要だった。




