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騎士団と嘘つき  作者: koma
<北軍編>
11/77

(頼れる兄)

 どこにいっちゃったんだろう。

 慣れない基地の中、リオは唯一見知った宿舎の棟へと向かった。

 

 と、その途中の宿舎と宿舎の間に探していた影を見つけて足を止める。


「ウィル……」

「何?」


 ぶっきらぼうに言葉を返される。宿舎の壁に背をつけたまま、ウィルは地面を睨みつけていた。


 近づきながら、リオはそっとその苦しげな横顔をうかがった。追いついたはいいものの、なんと声をかければいいかわからなかった。

 励ますべきか、慰めるべきか、それともそっとしておくべきなのか……。

 どれも違う気がして、立ち竦む。

 と、ウィルの灰がかった青い瞳がリオを向いた。


「あのチビから聞いたんだろ? オレの事」

「少しね」

「なんて言ってた? あいつ」


 黙ってしまったリオを見て、ウィルはまた視線を落とした。


「まあ予想はつくけど」


 力の抜けた、小さな声だった。

 そうして軽く息を吐き出す。


 寮生たちのウィルを見る目を思い出して、リオはいたたまれない気持ちになった。

 やはりどうしてもリオには、目の前の少年がテイルが言うような、ただ乱暴なだけの男の子には思えなかった。だってそうなら、テイルは今ごろ殴られている筈だからだ。けれどウィルは、そんなことはせず、雰囲気の悪くなった食堂から独りで抜け出した。自分がいなくなることで、場に平和が戻る。そんな悲しい事実をわかっていたからだ。

 賢くて、不憫。

 だから、気にかかってしまった。


「リオも行っていいぜ。オレとつるんでるなんて思われたら、ここじゃ生活しづらいよ。絶対」


 その上、リオまで遠ざけようとする。優しいのだ。リオは首を横に振った。


「テイル達、噂だけ聞いて勘違いしてるんだ。話しに行こう? 分かってくれるよ、きっと」


 ウィルは壁から背を起こした。


「無駄だよ」

「どうして? ちゃんと話してみようよ」


 ウィルは自分自身を小馬鹿にしたように笑った。


「だってオレ、あいつらと生まれが違うもん」


 そう聞いて、リオはテイルの話を思い出した。


「ええと……貴族、なんだっけ?」

「ああ。だから他の奴らも教官も、オレのこと鬱陶しいんだろうし、扱いにも困ってんだ。一応ここじゃ、身分関係なく平等にって規則があるけど。そんなの建前だから」

「でも、ウィルだって平等に罰は受けてるじゃないか」

「平等? どこが」


 ウィルは呆れたように息を吐く。


「皆オレに媚売ったり、その逆で言いがかりをつけてきたり。面倒ったらない」

「言いがかり?」

「塀の外じゃ言えないことも、この中だと言えるからな。オレに体罰をしても教育の一環で済まされるし」

「それでウィルは仲間はずれにされてるの?」


 それには強く、ウィルは抗議した。


「仲間はずれじゃない。オレを恐がって誰も近寄らないんだ」

「どう違うの」

「全然違うだろ」

「よくわかんないけど、少なくとも僕はウィルのこと、怖いなんて思ってないよ」

「……そうか」

「うん。助かってるくらい」

「頼れる兄貴って感じ?」

「いや、そこまでは」

「なんだと」


 よかった。

 少し元気になったみたいだ。

 そんな問答の間にも、太陽はすっかり上ってしまっていた。

 リオは焦る。


「まずいよ」

「は? 何?」

「食事、食べないと」


 確か、朝食のあとはすぐに朝の畑仕事が待っているはずだった。水やりに種まきに除草作業。それが終わったら、体力作りの地獄の訓練。

 思い出す、ここは軍だった。

 朝食を抜いて耐えられるような場所ではない。


「とにかく戻ろう。仲直りは後でいいから。食事はしなくちゃ」

「や、オレは」

「いいから」


 動こうとしないウィルを置いていけずに、リオはその手をとった。

 今度は、さっきみたいに振り解かれることはなかった。


「リオって」

「何」


 呼びかけられ、小走りのまま顔だけで振り返る。


「結構能天気だな」

「……そうかな」


 それも、初めて言われた。

 素直だと言ったり、能天気と言ったり、一体ウィルにはリオがどう見えているのだろう。

 ウィルはしみじみと言う。


「今のタイミングでメシって……」

「え、だって。お腹減るの、嫌だから」


 再び食堂が見えてくる。

 列はまだ続いてた。

 間に合いそうだと、リオはウィルから手を離して、走りを緩める。と、その時だった。


「おはよう、ウィリアム君」


 食堂の前に立っていた教官に呼び止められる。

 ジャスティンだった。

 彼の立派な詰襟の軍服は、私服の訓練兵ばかりの中では特に目立つ。ウィルは「先に行ってろ」とリオの背を押して、自分はジャスティンの方へ向かった。


「なんですか」

「はは。まぁ朝からそうツンツンしないで」


 列に並びながらも気になって、リオはふたりの会話に耳を傾ける。


「聞いたよ。さっきも他の子をいじめたんだって? 意地悪しちゃダメじゃないか」

「してませんよ。ちょっと話しただけです。で、用件は?」

「……少しは雑談しようよ」


 まあいいや、とジャスティンは仕方なさそうに笑って言った。


「面会だよ。ご家族が来てる、急いでついてきて」


 けれどそれは、とても急いでいるようには思えないのんびりとした口調だった。 

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