闇に蠢く人の陰謀 その9
「ま、2時間目は潰れちまったかもしれねえけど入っておいた方がいいよな」
授業中であるため、静かな廊下を物音を立てないように歩く。目立つため、剣は家へと置いて来た。
すると、目の前から一人の制服姿の女性が歩いてくる。
「あら、サボりかしら?見過ごせないわね」
「ん、ああいや今日は遅刻しちまってな、ってそういうあんたはどうなんだよ?」
「私はいいのよ、先生にも許可取ってるしね」
「へえ......」
「興味ありそうな目してるわね?」
「わかるか?」
「顔に書いてあるもの」
自分の表情はそんなにわかりやすかったかと、涼夜が苦笑していると、彼女は長い黒髪を翻して、「ついて来なさい」と、流し目で言ってくる。
素直について行くと、彼女がある部屋の前で立ち止まる。
「ここは?」
「生徒会室よ」
「あんた、生徒会の人だったのか?」
「どころか、生徒会長よ、非公式のね」
「非公式?」
「私は生徒会長ではあるけど、生徒の前に顔出しはしないわ、みんなも誰が生徒会長かなんてわからないでしょうしね」
「生徒会長ってのは選挙で決めるもんじゃないのか?」
「うちの学校は教師からの推薦なのよ。さて、じゃあ私がどうして学校の授業を免除されているのか、それはね、これよ」
ポンと手渡されたのは一つのメモリースティック。
「さ、入りなさい」
入ればそこは一つの机と椅子があるだけの殺風景な部屋。
あることが気になり涼夜が質問する。
「生徒会役員はあんたしかいねえのか?」
「ま、こんな形だけの役職だからね。正直授業が無い私なら一人だけでも回せるのよ」
「ふーん、で?授業免除ってのは、どうすればいいんだ?このメモリースティックをどうすんだ?」
「これよ」
出て来たのは一台のノートパソコン。
起動させてから、メモリースティックを差し込むと、画面に一つのウィンドウが出てくる。
「これは?」
「これはテスト、ちなみに在学中に一回しか受けられないからやめるんだったら今のうちよ?貴方、見たところ一年生でしょ、ここに出てくる問題は8年前、日本で最も優れた大学であった東京大学の理学部と同レベル。高校3年生でもこのテストの合格点、9割を超えるのは一人か二人くらいしかいないわ」
「へえ、あんたはどうなんだ?」
「簡単だったわよ、中学2年生時点でね」
「上等だ」
迷わずにテスト開始ボタンを押す。
「ッ、ブール関数か!」
「制限時間は50分、頑張ってね」
「チッ、あんた性格悪いな........こんなもん、東大レベルなんてもんじゃねえだろ......」
薄く笑う彼女を横目に涼夜は冷たい計算の世界へと入り込んで行く。
そして、43分と14秒が経った頃、涼夜が、その手を止めて背もたれへともたれかかった。
「諦めた?」
「なわけねえだろ、これで満点だ、文句ねえな?」
「へえ?じゃあ答え合わせといきましょうか」
彼女がパソコンを操作して答え合わせを行う。
「面白い子ね、確かに満点。これ、渡しておくから後で担任に届けなさい」
渡された物は先ほどのメモリースティック。
彼女は薄く微笑む。
「授業中、暇だったら生徒会室に、来なさい。貴方だったら大歓迎よ、面白そうだしね」
「ま、気が向いたらな」
「それでもいいから」
涼夜はメモリースティックを軽く弄びながら、部屋を出ようとするが、ふとまだ聞いていなかった事があることを思い出し、彼女の方へと振り向く。
「そういえば、あんたの名前は?」
「空乃宮 虚、貴方は?」
「岸浪 涼夜」
「そう、よろしくね岸浪君」
「こちらこそ、空乃宮先輩」
4時間目が終わり、昼休み、教室には行かず教務室へと顔を出し、担任の先生を呼ぶ。
「おう、岸浪弟じゃねえか、サボりかと思ったわ」
「いえ、これをやってました」
「これは.......そうか、わかった。今日の分もチャラにしてやる。でもな、一応顔くらいは出せよ?授業免除であって学校免除じゃねえんだからよ」
「わかりました。失礼します」
教務室をでて、教室へと向かう。
教室に、入ると予想外の人物がいた。
「姉貴?」
「涼夜、どこ行ってたの?」
「いやいや、待て待てあんた学校にこれるような体調じゃ無いだろ?」
「あー、それね。問題ないわよ。」
「問題ないって、あんた......」
「それより、どこ行ってたの?今日の朝から姿が見えなかったけど?」
「せんせ.......いや、春影さんのとこ行ってたんだよ。俺の剣をもらいにな」
「そう.......やっぱり、アレを使うの?でも、私も次戦う時は本気で.......」
「姉貴の本気は街中で使うと不味い、被害もでかいし、何より姉貴自身が危ない」
「けど........」
「まあ、次に凛奈と出会わないことを祈るだけだけどな.......」
「そうね」
不承不承といった感じで姉が納得する。
あまり姉を困らせたくは無いが、恐らく次は確実に来る。
その時に後悔はしたくない。
密かに決意した後、授業開始5分前のチャイムが鳴った。
「姉貴、おれ授業免除してもらったから抜けるわ」
「え、なにそれズルイ。私もやる」
「後でな」
「今、教えなさいよ」
「........じゃ、ちょいと付いて来て」
姉が足を震えさせながらゆっくりと立ち上がる。やはりまだダメージは癒えていなかったのだ。
「ほら、無理しないで肩に捕まって」
「.......おんぶ」
「え」
「おんぶして」
「いや、その、人の目が.....」
「して」
「はい.......」
完全に目が座っていらっしゃる。
こうなった姉に口答えは意味がない。
大人しく姉の前で屈み、彼女が乗るのを待つ。
肩に手が置かれ、ほんのささやかな重さと体温が伝わってくる。
周りから妙な物を見る目で見られている気がするが、そもそもこうなってしまった原因が涼夜にあるため、辞めるわけにもいかない。
そのまま教室をでる。
「ねえ、どこでやるの?」
「ん、生徒会室、そこの会長さんが俺にそのテスト受けさせてくれたから姉貴も頼めば出来ると思う」
「へえ、そいつ女?」
「正解、よくわかるな。勘か?」
「涼夜は女性に縁があるから、それも美人系の」
「姉貴も含めてな」
「〜〜ッ!お世辞はいい!」
「うわ!馬鹿!もう授業始まるから大声はやめろって」
「ご、ごめん!」
そんなことをしながら、生徒会室へとたどり着いた。
30分ほど前に出て行った扉をもう一度開けてもらうべくノックをすると、返事が返ってくる。
「どうぞ〜」
「邪魔するぜ」
「はいはい、歓迎するよ、岸浪君......と君は?」
「すみません、現在立つのも苦しいのでこのまま挨拶させてもらいます。涼夜の兄妹の岸浪アリサです。」
「へえ、兄妹か。随分と可愛らしい、いや美しい妹さんだね岸浪君」
「いや、この人姉貴なんすよ」
「おや、それは失礼.....さて、そんなお姉さんを連れてきた要件はなんだい?」
「あのテスト受けさせてもらえねえかな、とね?良いですか?先輩」
空乃宮先輩はその大きな瞳を一瞬見開き、華が綻ぶかのように笑うと、楽しそうに了承の返事をくれた。
姉がテストを受けている最中、空乃宮先輩が楽しそうに話しかけてくる。
「気になるね、君達は一体何者だい?あのテストを受けて合格出来るなんて、そうそういないはずなんだけどね」
「ちょっと家庭が教育熱心なだけっすよ、先輩も似たようなもんでしょう?」
「それもそうだね」
お互いに何か隠しているということはわかるが、踏み込む気は無い。
そう言外に牽制しあいつつ、涼しい室内の中から太陽に照らされる外を見る。
アスファルトの熱のせいで揺らぐ風景はまるで、二人の関係を揶揄するかのようであった。




