闇に蠢く人の陰謀 その7
ギシリと、ベッドの軋む音がする。
差し込む茜色の夕日以外の光源が存在しない薄暗い部屋の中で男女の影が重なっていた。
「んっ......痛い......」
「なあ、姉貴?」
「何?」
「変な声出すな!気が散る!」
「痛い物は痛いから仕方ない......」
「絶対わざとだろ!」
現在、涼夜は姉のご要望でマッサージをしている。とは言っても、色気もへったくれもない。姉の体が女子、いや人間のそれとは思えないほど硬いからだ。
『門』を3つまで開いた姉の体は異常に酷使した影響で殆ど死後硬直に近いレベルで動かなくなっている。
指一本は言い過ぎだったとしても、立つことも出来ないというのは恐らく本当だろう。
「........すまねえな、姉貴」
「何が?」
今度は惚けた風ではなく本当に意味がわからないという風に聞いてくる。
「あんたにやらせちまったこと、本当は俺がやるべきだったんだ。俺なら殺されたって死にはしねーのに........」
涼夜が顔を俯かせる。アリサは影に顔を隠してしまった涼夜の方を向き、なんとか動く上半身を彼の方に寄せて抱きしめた。
「そんなこと言っちゃ駄目.......貴方がよくても、お母さんもカナンも、それに何より私が悲しむ........」
「姉貴.......」
ゆっくりと日が沈んで行き、部屋が暗闇に満たされていく。
どれほどの時間姉に抱きしめられていたかはわからない、一瞬だった気もするし2時間ほどなのかもしれない、けれど涼夜の心はいつしか落ち着いていた。
「うん、ありがとな姉貴.......もう大丈夫」
「そっか.......なんだったらこのまま......」
姉の言葉は唐突なノックに遮られてしまう。
このノックの仕方はどうやら、春香のようだ。
姉の顔が少し不機嫌になったのは気のせいだろうか、推測しても分かりそうにないので扉を開けると、そこには春香ともう一人。
「はじめまして、私は宗谷、『鹿咲 宗谷』だ。君達は僕の事を知らないかもしれないが、君達の話はよく岸浪様から聞いているよ。」
あの優男も含みのありそうな笑みを伴い、一緒にいた。
「なーんで俺があいつの料理を作らなきゃいけねえんだか」
「ごめん涼夜、だってあの人帰ってくれないんですよ.......一応ボディーガードってことになってますから無闇に追い返せないですし」
「相手側の職権濫用じゃねえのか?これ」
かなり図太い神経を持っているのか、はたまた本当に鈍感なのか、ご飯の時間になっても居座り続ける鹿咲を除け者にするわけにもいかず、現在涼夜は五人分の料理を作っている。
カナンもアリサも大変ご不満らしく、部屋から出てこようとしない。
まあ、アリサは動きたくても動けないだろうが、どちらにしろ本人もいい言い訳ができたと言っているため、関係ないだろう。
涼夜としても勘弁願いたかったが、春香に頼み込まれては断るわけにもいかない。
「ま、一緒に食わないってんなら料理も別々にできるし、それはそれでいいか」
涼夜は、アリサとカナンにはオムライス、自分達が食べる分にはコックオーヴァン、フランスの料理を出すことにした。
「春香さん、皿持ってってくれねえか?」
「はいはーい、美味しそうだね」
「味は保証するから安心してくれ」
涼夜が二つのオムライスを持ち、二階へと持っていく。残りのを春香が持っていこうとすると、そこに声がかかる。
「岸浪様の御手を煩わせるわけには参りません。私が持って行きますから、座っててください」
春香は先程までと少し表情を変えて、絶対に崩れない作り笑顔を作ると、彼の方に振り返った。
「そうですか、ならお願いしますね」
「お任せ下さい」
彼が皿を持ってリビングへと向かったのを見送ると春香は疲れたように涼夜の方に向く。
「私の家の中で勝手に歩き回らないで欲しいな、あの人.....」
「ま、我慢するしかないだろ.......向こうは善意なんだろうし」
「どーだか」
完全に疑っている声だ。とはいえ、直接話したことの無い涼夜にでも彼、鹿咲の下心は透けて見える。直接話した春香にとってはストレス以外の何者でも無いだろう。
「俺は一回これ持ってくわ」
「ん、早く戻ってきてね」
二階へとオムライスを持っていくと、カナンの部屋に明かりは無く、涼夜の部屋に電気がついていた。
覗いてみれば、そこには二人の少女が話し合っていた。
しかし、涼夜が来たことに気づいたのか、振り向く。
「あ、りょーや!オムライスありがとー」
「ありがと、皿は後で持っていけばいい?」
「いや、俺が取りに来るよ。あいつ、いつ帰るのかわからんからな」
「そう......」
「私、あの人嫌い.......」
「春香さんも同じこと言ってたよ。ま、流石に泊まるなんてことはしねえと思うから、カナンも我慢してくれ」
「うん........」
カナンの頭を優しく撫でると、サラサラの感触と、ふわりとした柔らかい感触が手に伝わって来る。
猫みたいに目を細めて機嫌良さそうに撫でられるがままのカナンの頭にポンと手を置いてから、涼夜は部屋から出て、リビングへと戻った。
リビングに戻ると春香が待ってましたとばかりに目を輝かせてこちらを振り向く。
鹿咲の手前、あんまり下手なことは言えないのか、目と口の動きだけで早く来いと訴えていた。
「さて、食べましょうか」
春香が提案すれば、反対するものは居らず食事が開始された。
食事時であれば、いつも楽しい声がしていたリビングは最高レベルのマナーを求められる重苦しい場となっている。
「そういえば.......」
鹿咲が話題を持ち出す。とは言っても、国防、貿易、内政などの話で涼夜にはどうとも言えない。
恐らくだがわざとだろう。
つまり彼は言外に告げているのだ。お前は邪魔だと。
確かに涼夜だってこんなとこさっさと抜け出したい。しかし、春香からのお願いなので途中で投げ出すわけにもいかないのだ。
黙々と無言で料理を食べていると、鹿咲がカチャリと、食器を置いてこちらを見てきた。
彼は一拍の間を置いてから、涼夜ににっこりと微笑む。
「女性三人と男性一人、一緒に暮らすには少々大変では無いかい?」
「はあ、まあ気を使うことも多いですしね」
「そうだろう?そこで提案なんだが、私の知り合いの男性がやっている寮があるんだが、そこで暮らしてみる気は無いかい?当然、学校にも通えるし就職先なども安定している。」
「そうですか、でも俺の意思で決められることでも無いですよ。最終的な決定権は春香さんにあるんで」
「だそうですが、どうですか?ぜひ、彼の成長を思って」
「ふふっ、嫌です。彼のことは私が育てるって決めましたし、涼夜は二人の姉妹からも慕われていますからね」
「.......そうですか、それは残念です」
いやに簡単に引き下がったなと、顔を確認してみれば、少し不機嫌そうな表情になっているのがうかがえた。
あれでも隠しているつもりなのだろうが、涼夜達の前では筒抜けである。
その後、全員が料理を食べ終えてから、涼夜が食後の紅茶を淹れに席を立つ。
それを好機とみたのか、鹿咲が春香へと向いた。
「彼を私の知り合いの寮に預けるという話、どうしても受け入れては貰えませんか?」
「私達、カナン、アリサ、涼夜、春香は唯一無二の家族です。例え、世界が終わるその時が来たとしても、私達が離れることはありません.......それとも何か?現在日本を背負う私にこの程度のことで反論を行うと?」
「いえ、そのようなことはありませんが.......」
「なら、この話はやめましょう。冗談でもアリサやカナンの前でこんな事を言わないで下さい。」
春香の視線は今までの穏やかなものではなく、絶対零度を思わせるそれに変わっていた。
しかし、涼夜が戻ってくるとその視線を緩める。
その様を見せつけられた鹿咲は内心穏やかでは無い。
強張った笑みを悟られないように、とはいってもバレバレだが、彼は岸浪邸を去っていった。




