闇に蠢く人の陰謀 その5
「ねえ!なんでこんな時期に入ってきたの!?」
「二人って兄妹なの!?」
「音楽とかって聴いてる?」
質問の嵐、若干姉の方が数が多いのは気のせいだろうか?
当たり障りのない答えを返していくと、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く。
全員が残念そうな表情で各々の席に戻っていくのを見届けると、姉はこちらを向いて声は出さずに口の形で伝えてきた。
(な・に・こ・れ)
困りに困ったような顔の姉は表情も若干疲れている気がする。
学校なんて義務教育以来行ってない上に転校などもしたことが無いため、ここまで質問攻めされるとは思っていなかった。
しかし、そう考えるとなぜ姉が家でセーラー服を着てたのか非常に気になる、学校行ってないのに着てるってことはコスプレとかになるのか......
非常に闇が深そうな問題だったため涼夜は考えることをやめて授業に集中する。
「.........暇......」
ポツリと呟く。
というのも、涼夜もアリサも戸籍上は現在日本でトップに立つ人間の子供であるため、子供の頃から英才教育を受けてきたためだ。流石に高校生レベルまでの教養はある。
一体どうして時間をつぶしたものかとシャーペンを回していると、隣のアリサがノートの隅になにかを書いてこちらにスッと差し出してきた。
書いてあった内容は、筆談でもしようと言ったもの。
ちょうど退屈していたため、涼夜は了承することにした。
学校が終わる頃には質問の嵐も止み、現在は姉と涼夜の二人で家まで向かっている。
なぜか、姉の機嫌がいいことが気になりつつも、まあ、怒っているよりはいいかと考えて気にしないことにした。
ゆっくりと時間が過ぎていくのを感じる。
最近は依頼だのなんだので家族と過ごす時間が短かったからだろうか、ゆっくり姉と話をするのは非常に楽しい。
しかし、その平穏は気づけばすぐに終わってしまう儚いものとでも言わんばかりに、涼夜達に声がかけられた。
「あら?そこにいるのは涼夜さんではありませんの?ねえ、ネイラ」
「奇遇で不遇だね、買い物に行く途中の私達とデート中に出会うなんて」
「......黒子凛奈!!」
思わず、警戒の態度を取る。
つい先日彼女達にやられた屈辱はまだ消えてはいない。
しかし、その緊張した雰囲気をぶち壊す一言が涼夜の、隣から発せられる。
「え!!??、いやいや私達兄妹だから!デートとかそんなんじゃ無いから!」
「えーと、姉貴?多分言葉の綾だから.......」
「フフッ、かわいいお姉さんですわね」
どうしてくれようかこの雰囲気......
何故か警戒している自分がアホらしくなってくるがよくよく周りに注意してみれば、全員戦闘態勢は整っている。
どうやら姉も参戦するらしい。
涼夜が認識するのと、凛奈らが攻撃を始めるのは同時だった。
「せい!」
空気を切り裂くような鋭い回し蹴りが飛んでくる。
それをバックステップでかわしながら下がる。
前回の戦闘で彼女が蹴り技を主体としていることはわかりきっている。
このままであれば、『愛し子』である少女も参戦してきて、この前の二の舞だろう。
だが、今回は違う。
「涼夜、私があの幼女やるから」
「りょーかい」
単独で軍隊にも匹敵する実力を持つ化け物のような姉が走り出す。
普通は五人がかりであろうと『愛し子』には勝てない。
だが、姉は戦闘シミュレーションで計測してみたところ一人で『愛し子』を八人相手どれるという結果が出ている、最強クラスの人類だ。
「シッ!」
「はあ!」
姉と『愛し子』、ネイラの拳がぶつかり合う。
地面が放射状に砕け散り、お互いの拳が止まった。
拳を先に引いたのはネイラだった。
そして、懐に入り込みボディブローを放つが、スッと1歩引き、絶妙に間合いを開けた姉には届いていない。
空振りした拳を掴み、足払いをかけてネイラのことを地面に倒すと姉がその腹に掌底を叩き込んだ。
「はっ!」
「ッッッ!??」
声すら出ずにそのまま意識を失う。
姉はそんな少女を見下ろして、冷徹なこえで言った。
「弱くてよかったね、私が加減できた」
「あの方、本当に人間ですの?ネイラはかなり強いと思うんですけど」
「姉貴はおれの知る限り世界で6番目に強いからな」
軽口を交わしながら、お互いの蹴りが交差する。
「っ!」
しかし、交錯は一瞬、すぐに彼女が少し表情を崩しながら、後退した。
そんな姿を見て涼夜はため息を吐いた。
「『愛し子』無しじゃ俺には勝てねえよ。わかってんだろ?」
「まあ、ネイラ無しだと貴方に軍配があがりますわね」
やけに聞き分けがいいなと疑問に思う。だが、このまま引いてくれるならそれで良し、もし破れかぶれの特攻を仕掛けてきたとしても姉とこのまま抑えればいい、そう考えた瞬間、彼女は不敵に笑う。
「ですが、本気でやればどうにでもなりますわ」
「あん?負け惜しみかよ」
彼女の言葉を戯言だと断定し、逃げるための時間稼ぎと考えた涼夜は即座に距離を詰める。
そして、カウンターを警戒しつつ放った拳打は果たして、彼女の掌に止められた。
「なに?」
思わず疑問の声を漏らす。止められたことにでは無い、掴んだ拳を握りつぶさんばかりの彼女の握力にだ。
このままではまずいと判断し、もう片方の手で殴りかかるがそれも受け止められる。
「まだだ!」
さらに蹴りを放つが彼女はそれに対応した足を上げて、いとも容易くそれを防ぐ。
「ぐっ......」
ギリギリと嫌な音を立てながら拳にかかる圧力が強くなっていく。一体これは何だ、と考えた瞬間、彼女の後ろに迫る影がある。
そして、影は同時に声を出さずに口だけを動かした。
「涼夜を離せ」
「ッ!」
凛奈は即座に俺の手を離すと、背後からの姉の拳打を紙一重でかわし、跳躍、俺たちと距離を取った。
姉が呟く。
「不可解、なんで避けられた?声は出していなかったし、涼夜の視線も動いていない、殺気も隠してたはずなのに......」
そんな姉の疑問は離れた距離にいて、呟くほどの声量など聞こえないはずの凛奈により、解消された。
「大気の動き、ただそれだけですよ」
「おかしい、貴方はそんな芸当が出来るほど強くは無い。」
「ええ、普段はそうでしょうね、ですが......」
彼女が黒いレースの手袋を外す、白い肌と同時に露わになった左手には黒く輝く宝石のようなものが埋まっている。
「なっ.....『エルドナード』の結晶!?まさか貴方、『堕天』してるの!?」
姉が驚いたように呟く。
それも当然だろう、『堕天』とは極稀に存在する『エルドナード』の増植型、そいつらに生きたまま捕らえられた人間が何らかの方法で体内に『エルドナード』の因子を注入され、『エルドナード』へと変質してしまったことを指すからだ。
しかし、彼女は人型だし、人間としての意思も残っている。あれは『堕天』じゃない。
「『堕天』だなんて、そんなナンセンスなものじゃありませんわ、これは.....」
「『神化』だろ?『エルドナード』の因子を自らの意思で取り込んだんだ、お前は」
「あらまあ、まさか知っていましたの」
「知り合いに『エルドナード』大好きな変態科学者がいるもんでね」
『神化』、エルドナードの死後、残る黒い宝石のようなものを体に取り入れることにより、驚異的な身体能力と、稀に超能力を手に入れることが出来る成功率2パーセント以下の超危険な手術だ。
「なら、私に勝てないということはわかりますよね?」
「ぐっ......」
彼女の言っていることが事実なだけに反論が出来ない。
というのも、成功率の低さと反比例して、この手術のメリットはでかい。
まず『愛し子』よりも圧倒的に高い身体能力、さらに稀に得られる超能力は、未だ人類の科学では解明できないと言われる。
「では、大人しく死んでくださる?」
凛奈がゆっくりと歩み寄ってくる。
逃げようと背中を晒せばすぐさま殺されてしまうだろう。
涼夜の奥の手を使えばどうにかなるだろうが、保険用のとある薬がない以上、使うわけにもいかない。
万事休す、そう思った矢先、姉が涼夜の前にだった。
「姉貴、いくらあんたでも無理だ!『神化』のスペックは最低でも『愛し子』五人分はあるんだぞ!」
「涼夜、貴方も知ってるでしょ?極練流にはあれがある」
「......まさか、『扉』を?」
「3つまで開く、2分後に動けなくなるから後よろしく」
「りょーかい......死ぬなよ?」
「フラグはやめなさい......」
極練流の免許皆伝の取得条件はたった一つ、人間の限界を超えることだ。
人間の体は自己防衛本能のせいで全力を出すことが出来ない。
それを鍛錬により薄れさせていくのが、基本だが、極練流はさらにもう一つ、自己防衛本能の段階を発見した。
段階は7つあり、全て外せばたった一つ、拳を突き出すだけで死に至るとまで言われている。
そして、ここでいう『扉』とは段階のことを指している。
「『散門:赤犬』、解錠!」
今、この瞬間、たった2分間の人智を超えた戦闘が始まった。




