闇に蠢く人の陰謀 その3
東京の中央、そこには周りを堀に囲まれた城と見間違うほどの豪邸が存在していた。
どこの王族が住んでいるのかと言わんばかりの住居の1階リビング部分。肩口を軽く擽ぐるほどに伸ばした美しい銀髪を揺らして、楽しそうに料理を作るセーラー服姿の少女がある。
美しい見た目の少女が作り出す食事は一般的な家庭料理だが、どこか気品が感じられる。
軽く鼻歌を歌って最後の盛り付けをしていると、家のドアベルが誰かが帰ってきたことを知らせた。
「涼夜達かな?それともお母さんかな」
少女がふとリビングのドアの方を見ると、ドアが元気よく開けられる。
「アリサお姉ちゃん、ただいまー!」
「ただいま、姉貴」
「お帰り。カナン、りょーやはどうしてた?」
「なんかねー、胸元のはだけたお姉さんと私くらいの子供に縛られてたよー、なんか遊んでるって言ってたの。それでね、その後はいつのまにか女の人達が消えて、私のこと抱きしめてたの!」
「........そう、後で詳しく聞かせてもらうわよ?涼夜?」
「ハイ........」
涼夜は、完全に目からハイライトが消えたアリサからゆっくりと目をそらしながら片言で答える。
恐らくカナンの話だと思うんだが、それだけじゃないような気がしてならない。
涼夜は身の危険を感じて、そうそうに話の話題を変えることにした。
「そういえば、春香さんは?まだ公務?」
「多分ね、今日は帰ってくるって言ってたんだけど、まだみたい」
「そっか」
「ねー、ご飯食べよー?」
カナンが我慢出来ないという風に訴えてくる。まだ幼い少女には、空腹状態で目の前の料理を我慢することは難しいようだ。
「そうね、お母さんも先に食べててと言ったから食べましょうか」
全員で席に座り、「いただきます」と、言う。
誰が決めたわけでもないが、なんとなく三人で食べることが当たり前となっている。
食べ始めてから5分ほどすると、ドアベルが再度鳴り響く、そして、聞こえてくる「ただいまぁー」というどこか気の抜けたような声と共に、リビングのドアが開いて、色素の薄い雪のような肌に、白い髪の毛を腰まで伸ばした女性が入ってきた。
「お帰り、お母さん」
「お帰り、春香さん」
「お帰りなさい、お母さん!」
「私も食べるからちょっとまっててー」
彼女、春香はパタパタと走って外套をクローゼットへとしまいに行く。
しばらくしてから、部屋着に着替えた彼女が戻ってきた。
「そういえば、今日は依頼やって来たんでしょ?それも『エルドナード』が出たらしいじゃない。大丈夫だった?」
「あー、とそれなんだけど、後でにしてもらってもいいか?」
「うん?.......わかったわ」
涼夜の真剣な瞳を覗き込むように見ると、春香は察してその会話を切り上げた。
あまり、カナンに聞かせるべきではないと判断してのことだ。
その後は雑談をしながらご飯を食べ、お風呂へと入る。一番風呂はカナンが入るという暗黙の了解があるため、アリサは皿洗いをして、涼夜は紅茶とコーヒー、ココアを作りだす。
春香はソファの上でぐったりしてるだけだ。
そして、カナンが風呂へと入った後、春香がポツリと呟く。
「もう8年ね......貴方達と暮らすようになってから」
「そう......だね、お母さん」
「.........」
アリサは濡れた手を拭きながら、感慨深く呟き、涼夜は何も言わずに昔を回想するかのように目を閉じる。
ここで暮らす四人は家族だが、血の繋がりは無い。
『エルドナード侵攻』の時に春香が彼らを養子として拾ったのだ。
順番はアリサ、涼夜、カナン。同い年の涼夜がアリサを姉貴と呼ぶのは先に家にいたのがアリサだったため、色々と教わっていたことがあるからだ。
「けど、まだ『エルドナード』は死んでいない」
憎しみを込めて涼夜が呟く。その声に答えるものは誰もいなかったが、全員の意見は一致していた。
不意にアリサが呟く。
「明日は涼夜、暇?」
「ん?まあ」
相澤は自分の事に巻き込んでしまったこともあり、慰謝料も込めて報酬は全て向こうに渡す事にしたため、依頼が来ない限りは暇なので、曖昧に肯定の返事を返す。
すると、アリサは楽しそうに笑って天使のような声で言った。
「じゃあ、今日は朝まで組手やろっか!」
「.......えっ.......」
この家族はカナン以外の全員が極練流を習っており、涼夜は拳闘術四段だが、アリサは拳闘術十段のさらに上、免許皆伝である。
無駄に広い豪邸内には、なぜか道場まで存在しており、板間の上では裸足の男女が向かい合って構えていた。
「ふっ!」
アリサが5歩分の間合いを一瞬で詰める。
驚くべき事に予備動作一切無しでだ。
そして、床を踏みしめライフルの弾丸が如く拳が放たれる。
「グゥッ!」
涼夜はなんとか、紙一重でその軌道上から外れて避けた。しかし、その程度で美しい姉の連撃は終わらない。
流れるように蹴りが飛んできて、涼夜の顎を捉える。
さらに空中に浮いた彼の腹に裂帛の気合いと共に、肘打ちが叩き込まれた。
「燕飛!!」
声も出ないとはまさにこの事だ。
横隔膜がおかしいくらいに痙攣して息も出来ない。
「立ちなさい」
目の前でアリサが言う。
涼夜は、自分の鳩尾辺りに指を当てて刺突。
痙攣する横隔膜を無理やり止めて、呼吸を元に戻した。
荒っぽいが、これがいつもの光景だ。
深く呼吸を吐いて、荒れた息を戻す。
「ふっ!」
ドンッ、と一際大きい音を立てて床を踏みならし、拳を姉の顔へと突くが、ゼロ距離にもかかわらず容易く躱されてしまう。
そして、姉の白い腕が蛇のように伸ばした涼夜の腕へと絡みつく。
しまったと思った時にはすでに遅く、関節を完璧に決められてしまった。
抗うべく全力を腕に込めた瞬間、腕はあっさりと解放され、音もなく放たれた姉の蹴り、竜線華が涼夜の腹へと突き刺さる。
2m近くも吹き飛ばされて、漸く一連の下りがフェイントだったと気付かされた。
姉がゆっくりと声をかけてくる。
「攻めが単調だね、それと踏み込みは大事だけど、戦闘の際は音を鳴らしてはだめ。もっと優しく、もっと速く、だよ」
ダメージのせいで声が出ない。
呻き声のようなもので返事をすると、アリサも座って涼夜の回復を待つ。
暫くして、涼夜が起き上がると同時に道場のドアがギギッと軋むような音と共にあけられる。
入ってきた人物は闇夜の中でも僅かの月明かりを反射して美しく映える女性、春香であった。
「終わった?」
「この後もう少しやる」
「え、勘弁して欲しいんだけど........」
「..........」
涼夜の呟きは完全に無視されていた。
いつも通りの事なので、春香はその事には触れずに本題を切り出す。
「じゃあ、今日のカナンの事、詳しく教えてもらうわね」
二人はわかっているとばかりにゆっくりと頷いた。




