闇に蠢く人の陰謀 その2
「ねえ、りょーや。何してるの?もしかして、その子達にいじめられてるの?」
荒れ果てて血塗れの部屋を見ても、一切の感想を漏らさず、カナンはただ涼夜だけの心配をしてくる。
まだ、10歳にも満たない子供なのにだ。
「....ッ、大丈夫だから、これはその、なんだ、遊んでるだけだから、お前は先に家に戻ってろ、なっ!」
涼夜は、鈍く痛む身体に鞭を打ち、無理やり言葉を捻り出す。
彼女に涼夜を助けようなどと、思わせてはいけないからだ。
しかし、凛奈達はそれを許さない。
「何を面白いことを言ってるの?」
「グオッ......」
曲がらない方向に腕を回される。
関節がギシギシと嫌な音を立てる気がするが、涼夜はその一切を気にせず。ニヤリと笑い。
「ヘーキ、へ....ーキ.....、だから、後30分もしたら家に帰る。先に料理を作って待っててくれ」
「だから、貴方はふざけてるの?」
「ガハッ......ぐううう.....!」
骨が折れる嫌な音が鳴り響く。
脂汗で顔を濡らしながら、顔を苦悶の表情に歪めて、ついに表情と理性が崩れた。
「察しろや!てめえらのためにわざわざ演技してやってんのに.......ヤベッ.....」
「そうなんだ.....じゃあ骨が折れたのも、貴方が苦しそうな顔をしてるのも全部ほんとだね」
カナンの涼夜の呼び方が貴方に変わった瞬間、涼夜の背筋を悪寒が走った。
ーーーーーーーダメだった......
もう、カナンじゃない........
カナンの方に視線を向けてみると、彼女の表情は、読めず、その瞳は空色に変わっている。
「イルナ......スクフル....」
「ちっ!あんたら!さっさと逃げろ!」
「ネイラ?貴方、あれに勝てるかしら?」
「........無理ね、彼女は人じゃないから」
「そう.....では、残念ですけど、ご機嫌よう涼夜さん。さよならは言いませんわ。きっと私達はまた会いますから......」
「二度と会いたく無えよ.....」
二人が窓ガラスを割ってベランダから飛び出した。地上5階からどう飛び降りるのか、まあ、彼らなら難しくは無いだろう。
今はそれより、やるべきことがある。
「レムナ.....イルファスト.....我の左手に終わりの黙示録、我の右手に始まりの創生書。
転生の時来たれり......」
「もう、いい。もういいんだ.......」
彼女の近くへと歩み寄り、小さな『天使』へと変わってしまった少女を抱きしめる。
「俺はここにいるから、お前の近くを離れたりしないから、いつものお前に、カナンに戻ってくれ.....」
「.......りょ......や......、りょーや?て、わわわっ!?どうして私を抱きしめてるの!?もしかして.......もしかしてなの!?」
「おっと、悪い。いや、別にそういう意図は無いから安心してくれ」
「じゃあ!どういうことなのさ!私の期待を返してよ!」
彼女の瞳は黒へと戻っていた。口調も先ほどのような非人間的なものではなく、暖かい、安心できるようなそれになっている。
彼女、カナンは『愛し子』だ。
それも、『天使』の中でも最上位クラスの『熾天使』、『智天使』、『座天使』が一人、『熾天使』のイスラフィールの加護を受けている。
しかし、適性が強すぎたせいで彼女自身にも制御が出来ていない。
少しでも感情が荒ぶると、力が溢れ出し、力に飲み込まれてしまう。
「さ、帰ろうか。姉貴も待ってるしな」
「お姉ちゃんのご飯ー!早く食べよー!」
二人でマンションから出る。帰り際、依頼主に確認したところ、連絡先の書かれた紙を渡された。
どうやら、相澤が残していったらしい。
くしゃくしゃの紙にのたくったミミズのような文字が書かれている。汚い。
まあ、ありがたくもらっておくことにする。後で報酬を山分けするためだ。
夕日に照らされながら、二人で舗装されたばかりの道を歩く。
涼夜の折られた右腕は、既に治っていた。
そう、彼もまたただの人間では無いのだ。




