ひとり、ふらり。帰りは、ふたり。
【 まえがき 】
■あとがき含めてモバスペBOOKからの再掲です
こちらより先に個人サイトにも掲載しております
2013/3/1
「ありがとうございましたー」
というコンビニ店員の声を尻目に、わたしはコンビニを後にした。視界に映る空は、太陽が中央にある。要は昼間。
部屋着でコンビニに訪れたわたしの家は、格好から考えて近くだと思うだろう。実際、歩いて十分もかからない。
変わらない景色にも見飽きたので、旅に出ようと思う。唐突に。旅といっても、遠回りして帰るだけだけどさ。
ということで、右手の方向に進む。買った棒つきキャンディーを舐めながら。好きなんだよ、コレ。アップル味が特に。あとはグレープ味といちご味が同列。いちご味はいちごなのが不思議だよね。ストロベリーじゃないんだよ、このメーカーは。まぁどうでもいいか。
――あ、ここの雑居ビル壊すんだ。知らなかった。こっちはあんまり来ないし。遠回りだし。
ぼんやりと囲いに覆われたビルを眺めていれば、背後から声が掛かった。
「なにしてんだよ、こんなとこで」
声に振り返れば、そこにいたのは同じクラスの優等生くんだ。柄は悪いけど。髪の毛金色だし。けど優等生。おかしくないか、それ。
「やぁ、田中くんじゃないか」
優等生くんの名字は田中。名前は太郎じゃないよ。佑介だよ。ついでに、わたしの名前は山田柚理だよ。親譲りとかと同じように、山田譲りってからかわれるんだよね。気にしてないけど。
「なにが田中くんだ。気色悪ぃ言い方すんな」
佑介は眉根を寄せた。ありゃりゃ、怒らせちまったよ。
「めんごー」
「ったく、危ないから早く帰れ」
「危ないって、いま昼間だよ。バカ介」
「誰がバカだ。アホ譲りが」
「んだとこのやろー」
「はいはい」
バカ介からは常套句。怒ってはいないのよ、二人とも。軽いジョークだって解ってるし。
ふと、佑介の腕に視線を遣れば、アタッシュケースを持っていることに気がついた。その中にはA4サイズのキャンバスや小さいイーゼル、スケッチブックや水彩絵の具やら水彩色鉛筆が入っているのだ。
「あん? 佑介、スケッチするの?」
「このビルから見える夕日が綺麗だからな」
「ふぅん。でも、このビル取り壊すじゃん?」
「んなもん侵入だ。それに今日は工事しないみたいだし」
「犯罪じゃんそれ」
「お前が黙ってたらバレねぇよ。柚理、内緒だぞ」
内緒、と人差し指を唇に添える。その仕草はわたしをときめかせた。思わず手に持っていたキャンディーが落ちそうになる。
「ほら行くぞ。俺から離れるなよ」
「帰れっていったり腕を引っ張ったり、佑介は忙しいね」
「会ったらほっとけねぇよな、人として。アホ譲りだし」
「バカ介にそう言われるとはなぁ」
なんて。また軽口を言ってみたり。
「はいはい」
佑介は小さく笑いながら、肩を竦めた。それだけ。そうくるのか。
ずるずると引き摺られながらビルの屋上へと連れて来られた。囲いの隙間を無理矢理通るとか、無謀にも程があるぞ。バカ者。通れちゃったけどね。
薄暗いビルはひび割れやら水漏れの痕やらいっぱいあった。まぁ、解体するビルはそんなものかな。よく解らないけど。
少々埃臭かった中とは違い、屋上は明るくて風の匂いがする。でもコンクリにはひび割れがあったりするよ、当たり前のように。しかもフェンス錆びてるし。危ないってこれ。近づかないでおこうかしら。
「柚理、危ないからフェンスに近づくなよ」
「あいあいさー」
舐め終えたキャンディーの棒を袋に仕舞い、新しい棒つきキャンディーをあける。今度はグレープ味だよ。そうしてその辺に座り込んだ。立ってるの疲れるしね。
佑介は佑介でアタッシュケースからキャンバスとイーゼル、水彩色鉛筆を出している。そのキャンバスには夕日を描いているらしく、オレンジに染まっていた。
「描きかけじゃん」
「そ。今日で描き終える予定」
「コンクールに出すの?」
「いんや。サイズの規定違うし、これは部活用」
佑介は美術部に属している。金髪のくせに。いや金髪は関係ないけど。ついでにわたしは幽霊部員だったり。だってめんどくさいじゃない。絵巧くないし。美術2だし。佑介に無理矢理入れられたんだよね。
「お前も描くか?」
「描きませーん。佑介と一緒に描きたくない」
佑介は絵が巧い。画家になれると思うぐらい巧い。そしてわたしの絵は幼稚園児以下である。
「俺はお前の絵好きだよ」
「――どうも」
リップサービスなぞ要らんわ。鼻で笑ってんだろ、どうせ。幼稚園児以下の絵はどう転んでもお笑いだからさ。
キャンディーを口の中で転がしながら佑介を眺めれば、彼は立ち上がり近づいてきた。
「柚理、」
「んみゅっ!?」
両手で頬を挟まれ、思わず変な声が出た。「んみゅっ!?」ってなんだ。
「俺は、お前の絵が好きだ」
まっすぐな瞳。黒い双眸。映るわたしは変な顔をしている。
「柚理の楽しく絵を描く姿を見たい。だから部活来いよ。お前がいないと楽しくねぇんだよ」
「ゆーふけ……」
無理矢理美術部に入れられても、決めるのは自分。断ることも出来たのに、断らなかった。絵を描くことは楽しいから。それは佑介と一緒だからだ。
偏屈なわたしは、佑介の言葉を曲げることをする。
「――アホ譲り。言葉通りに受け取れや」
「バカ介の……バカっ」
言葉通りに受け取れたらどんなに楽か。人間そんな簡単なモノじゃないんだよ。
徐に離された手が頭を撫でる。瞬間、視界が滲んだ。
「泣くなよ」
「泣いてない。これは汗なんだからね」
「はいはい」
わたしの言葉に小さく笑い、指の腹で涙を拭えば、佑介は躯を起こした。
「帰るか」
「は? スケッチは?」
「しない。元々、する気はなかったし」
「どういうこと?」
問えば、佑介は片付けに戻った。ちょっと、答えを言っていきなさいな。
「柚理、お待たせ」
「答えは?」
二、三分後にアタッシュケースを手に戻ってきた佑介に詰め寄る。焦らされた分、詰め寄るぐらいしてもいいよね。
「答えなんか解りきってるだろ」
「解んないわよ。わたしは佑介じゃないもん」
「――お前なぁ。何年幼馴染みやってんだよ」
「あのねぇ、幼馴染みっていうけど、人の心は読めないんですよー」
鼻先に指を突きつければ佑介は目を瞬かせた。うん、唖然としてるね。
「まぁな。だから口があるんだろ。話す為に、な」
わたしに向けられた瞳。真摯なそれ。言いたいことは、解ってる。
――心は読めないけど、知ってるんだよね。佑介は、わたしと話したかったってさ。ありゃ、心読めてますがな。
「そうだね。話さないと解らないもんね」
佑介がわたしの絵が好きなこととか。
「柚理、お前、覚えてるか? このビルに――」
「お絵描き教室があったこと? 覚えてるさ。記憶力は普通だもの」
佑介と二人、通っていたお絵描き教室。保育園の頃かな。小学校に上がる時に辞めちゃったけど。
「普通かよ。なら――言ったことは?」
「わたしなんか言ったっけ? 覚えてないんだけど」
そう言えば佑介は「そこは覚えてないのか」と肩を落とした。
「だって普通の記憶力だもん。覚えてないことは覚えてないのさ」
可愛くウインクしてやったのに、佑介は踵を返して歩いていた。見てないのね。
「アホ譲り、さっさと帰るぞ」
少しの怒気を含んだ声。肩越しに振り返る佑介の眉間には皺がある。
「――嘘。覚えてるよ」
わたしは楽しく絵を描く佑介にこう言ったの。
『ゆうすけ、絵うまいねぇ。画家になれるよきっと! わたしゆうすけの絵好きっ』
その後から佑介はずっと美術部なのだ。わたしと一緒に。
佑介はわたしのことが好きだからさ。わたしもだけどね。両想いなんだよ、わたしたちは。
改めてそう確信し、キャンディーをにやけた口に押し込んで、後を追いかけた。
end.
【 あとがき 】
短い噺で一本書いとこうと思い書きました。青春謳歌的なモノを書こうとして失敗した感が否めない。
幼馴染み関係が萌えるので、幼馴染みです。幼馴染み関係好きすぎる。いいよね、幼馴染み。
読んで下さった全ての方に、感謝を込めて。
2011/4/14
◆ 執筆時期 ◆
執筆開始 : 2011/4/2 - 執筆終了 : 2011/4/14