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なろう的童話シリーズ

正しい神と悪魔

作者: 風木守人

あるところに悪魔がいた。

悪魔はバチ当たりにも教会にいた。

いびきをかいて寝ていた。


人間が信仰する女神像の台座に穴を掘り、その中で寝ていた。

静かな空気と冷たい手触りが気に入っていた。

だから誰かが扉を開けて入って来た時、悪魔は眉をひそめた。


「ああ神様、私の願いをお聞き届けください」

悪魔は神に祈る言葉にいたずら心を刺激された。

「なんだ、言ってみよ」


悪魔の声を神の言葉と勘違いし、祈っていた少年は驚いた。

「私の幼馴染が病に伏せっているのです。どうかお助け下さい」

悪魔は気を良くして神を演じ続ける事にした。


「ならん。死は生まれながらにして額に刻まれたるもの。変える事は許されぬ」

厳かな叱声にもめげず、少年は強い意志を感じさせる声音で言った。

「それならば私の寿命を彼女にお与えください。私は死んでもかまいません」


思わぬ提案にほくそ笑む悪魔。

上手くすればこの少年の魂を奪い取れる。

「その決心変わらぬならば、決意を見せてみよ」


悪魔は世にも恐ろしい姿で少年の前に飛びだした。

少年は驚いたものの、神の試練と思い逃げ出さない。

しかし、恐怖にまみれた魂は、悪魔の思いのままだ。


悪魔は少年の魂を食べてしまった。後には死体すら残らない。

「うぐ、なんだ、これは」

悪魔はのたうち回った。


あまりに純粋な清い魂は、悪魔にとって毒だった。

しばらくして悪魔はフラフラと立ち上がった。

その時、背後の女神像が輝いた。


「我が神域で罪を犯すそなたは何者か」

「俺は悪魔だ」

「そうか、ならば仕方なし」


女神像から神たる姿が浮かび上がった。

純白の衣と翼、絹のような髪、銀の眼差し。

悪魔はこれはたまらんと逃げて行った。


「待て。お前は我が神域で少年と約束したな」

神は厳しい口調で言う。

「かの約束を果たせ。さもなくば許さぬ。そなたのせいで死ぬべきでないものが死んだ」


「お前がやればいいだろう」

「ならぬ。我は必要以上に因果律に干渉せん」

「……わかった」


悪魔は神の霊験に押され、しぶしぶうなずいた。

少年が命がけで助けようとした幼馴染を見てみたかったというのもある。

悪魔は教会を出た。


「かの娘は町はずれの大きな木の近くに住んでおる」

神の言葉を背に受けて、悪魔は町はずれに来た。

はたして、大きな木の近くに一軒の家があった。


悪魔は小鳥の姿になって、煙突から中に入った。

部屋の中では少女が寝込んでいた。

顔は赤く汗だくで、眠ったその顔には苦悩がうかんでいた。


悪魔は少女の額に手を当てた。

少年の魂から生命力を流し込む。

少女は安らかな寝息を立て始めた。


少女の病気はたちどころに治ったのだった。

(面倒なもんだ。さあ、帰ろう)

悪魔は教会に戻って二度寝を決め込んだ。


次の日から、少女は教会に毎日来た。病気が治ったのは神のおかげだと思ったらしい。

来ては神に礼を言い、いなくなった少年を見つけてくれるように祈った。

他にも昨日会った事を少女は神に報告し続けた。


季節がひとめぐりした。

悪魔は少女の話を盗み聞くのが日課になっていた。

今日も今日とて少女はやって来る。


「……」

何も話さない少女に悪魔は首を傾げた。

やがて意を決したように、息を吸う音が静寂に響いた。


「戦争が始まるそうです」

「村の男の人たちもみんな連れて行かれました」

「神様、彼らをお守りください」


悪魔はつまらなそうにあくびをすると、すぐに寝入ってしまった。

人間の悪い部分が際立つ戦争は悪魔にとっては好都合だ。

だから、どうして自分が不機嫌になっているのか、悪魔には分からなかった。


戦争が始まった。

血で血を洗い、血で地を汚す、戦争が始まった。

戦火はまたたく間に村に押し寄せる。


ある日教会の窓が赤く染まった。

村が燃えている。

悪魔はそんな中、不機嫌そうに眠っていた。


教会の扉が唐突に開かれる。

あの少女が駆けこんで来た。

「神様、助けて下さい」


後から剣を持った男たちが入って来た。

「おい、出番じゃないのか?」

悪魔は神にそう言った。


「我は干渉せんよ」

神は顕現する事もなしに、声だけを悪魔に返した。

「人の争いは人のもの、人の命は人のもの。神が干渉するものにあらず」


悪魔は激高した。

「お前をすがって、彼女はここに来たのだぞ」

どうして怒っているのか、悪魔には分からない。


「我が干渉すれば、因果律が乱れる。人は死すべくして死するもの」

「じゃあ、神とは何だ。何のためにここにいる!?」

「神は希望の光だ。光は見えどもつかめぬ」


悪魔は問答する間も惜しいと立ち上がる。

「俺が助ける。文句はあるまい」

神は厳かに答える。


「そなたは因果律を歪める。否、歪みそのもの」

神の感情のこもらない声が降る。

「その歪みを正すのが、神である」


悪魔は遠回しな宣戦布告を無視した。

そして、少年の姿になって男たちの前に躍りでる。

「俺が相手だ」


男たちは少年の姿をした悪魔に剣を振りかざした。

しかし、剣が届くまでに男たちは服だけ残して消え去った。

悪魔に食われたのだ。


「我が神域を侵すものは誰だ」

悪魔は神のふりをして言った。

「その穢れし魂。置いて行くがよい」


男たちは剣を放り投げて逃げて行った。

悪魔は追う。

「待て」


神は顕現した。

その神々しさたるや、悪魔には直視できない。

悪魔はそのまま逃げだして、村に出た。


村は酷い有様だった。

家は焼かれ、畑は踏みにじられている。

少女の家の近くの大木は火に焼かれて既に倒れていた。


死体が転がり血のにおいが充満している。

「……」

目の前で、剣を持った男たちが村人を追いかけている。


悪魔は怒りに任せて男たちの魂を食った。

全ての敵を食い尽した。

どの魂も悪意に満ちていて胸糞悪い。


「やってくれたな」

悪魔が振り向くと神がうつろなる目でこちらを見ていた。

「そなたを許すわけにはいかぬ」


神は手で悪魔に触れた。

神の奇跡を用いれば、悪魔を殺す事など容易い。

しかし、悪魔はびくともしなかった。


「何故だ……」

「周りを見てみろよ」

悪魔はほくそ笑んで言った。


生き残った村人が、悪魔を見ていた。

命を救ってくれた、悪魔を見ていた。

まるで神を見るかのように見ていた。


「ああ……」

神は抑揚なく言った。

「お前は神になったのだな」


神であった身が、手から足からぼろぼろと崩れて行った。

信仰が神をかたどるなら、信仰をなくした神は死せるのみ。

「我は……間違っていたのか」


「正しかったよ。誰よりも」

悪魔は憐れみすら込めて言う。

「いつだって正しいお前は、いつだって正しいだけだった」


神の神たる証明が、神を滅ぼした。

その理由に神は満足だった。

悪魔はそれを見届けると教会に戻った。


その後、女神像は天使像に変わった。

台座には、とある少年の名前が彫られていた。

それが、この村の神様の名前になった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お久しぶりです風木様。通りすがりました。 実に奥が深い考えさせられる内容でした。 滑らかな執筆に下を巻きました。大木もあとからストーリーに使われるとは思いもよりませんでした。やはり風木…
[一言] とても考えさせられる内容でした。 どこからが神でどこからが悪魔のなるのか、 少年の純粋さ、少女の願い、きっとそれが悪魔の心を神にしたのだと思いました。 こんなに深く、なおかつひきこまれる…
[良い点] 物語の雰囲気がとにかく素敵でした。考えさせられる内容ですが、読んだ後の重みとほっこりした感覚がなんともいえません。 素敵なお話ありがとうございました。
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