とある騎士の話
「うん。というわけで、行ってこい」
行ってこい、と言われてすぐに傾ける人物がいたらぜひ教えてほしい。すでに無茶を言いつけられることに慣れている分、対応も的確にできるがあまりにも端的すぎる言葉に頭痛すらしてくる。
身分を示す黒いマントも、金の蔦の文様を設えた剣も、すべてこの王の対応をするための人身御供のように思えてくる。
「……王、私はどちらに、何をしに行けばよろしいんで?」
「うぬ! さすが話が早いぞ、筆頭騎士」
そりゃああんたの相手をしていたらそうなるよ、と視線だけで告げてみた。
目の前の好々爺とした男は、がははとふんぞり返って笑っている。非常に気のいい王だと知っていたが、言葉を省く癖があった。
「星獣神話は知っているな」
もちろん、子どもの頃から聞かされるおとぎ話だ。
この世界は八つの大国とさまざまな小国によって成り立っている。特に、創世の世から存在していると言われている八つの大国のうち、大多数の人々が住む国が四国。それが四洛と呼ばれる国々だった。
そして今まさにタケハヤがいる国こそが、半ば伝説上の国として語られている世界で最も巨大な火山の火口に存在している国、焔王国である。
どうして火口に国が国としてありえるかはこの際割愛する。今回の問題点はそこではない。
「まあ、わしらの国も伝説言われとるがのー」
「そうですけどね」
火口の中に国なんぞあるはずがない、というのはまっとうな認識だ。焔王国に近い町や村もあるが、どの村も国があると思ってすらいない。時折国外に出る者たちは、火口付近を通過してきた旅人として処理されているようだった。
「うむ。それでだな、伝説にある星獣がそろそろ死ぬぞ」
「……は?」
「近いうちに、四洛のうちの一角、星獣が死ぬ。どれかはわからぬが、占いにそう出ている」
「……創世神話の星獣が実在しているということ、ですか?」
「話が早いの!」
根性で読み取った。王の前だ、粗相をしてはならないと思う一心でこらえたが、本心ではとりあえず一発殴りたい。そんな軽い調子で言われて納得できるものか。
焔王国で王の占いとは、天に神意を問うものだ。その占いの結果が外れたことはないと言われている。星獣がいる、と出ればいるのだろうし、星獣に死が近づいているのであれば、遠からず死ぬのであろう。
しかし、普通伝説だと言われていたものが実在するのだ、とどうして簡単に信じると思っているのか。
増していく頭痛をこらえながら、どうにか尋ねる。
「……それで、星獣が死んだら、どうなるのですか?」
「お前―、そりゃあー、星獣神話を知っとるんじゃろ」
「……まさか」
世界の支柱と呼ばれる星獣は、創世のときより存在する八つの大国に祀られていると聞く。この焔王国には確かに赤い鳥の星獣の文様をそこかしこで見かけることができる。
その、支柱がなくなる。
「……まさか、四洛が滅びるなんて」
「そんなわけあるか」
ですよね、とほっと息を吐いた。
「世界が滅びるに決まっておるじゃろ」
「…………王」
話が大きくなった。
つまり、星獣が死にこのままでは四洛どころか四極の国々も滅びの危機にあるということか。この軽い態度と重要な機密を離しているはずなのに、どこまでも軽薄な王の態度でごまかされている気がする。
「……星獣が死ぬのは、いつごろなんです?」
「わからぬよ。これから数年……五年もかかるまい」
「死んだら、どうなるんです?」
「死んだ星獣がいた支柱のある国で災厄が起きるはずだ。それに伴ってほかの八つの大国にも異変が起きる」
「……星獣とは、ほいほい死ぬような存在なのですか」
「いや」
王はちょびひげをぽりぽりとかいた。
「わしが王になってからは一度もないの」
現国王が即位してから三百年が過ぎている。その間に一度もなかった、ということは星獣がいかに長寿かわかるというものだ。
「……つまり、星獣が死ぬのに備えて、国内で対処をする……ということでよろしいですか」
筆頭騎士という名前は飾りではない。いざというときに焔王国に属する軍隊を指揮する立場にあるのが、タケハヤである。
その災厄が訪れるとわかっていれば、対処はしやすい。
そういう意味だと受け取ったタケハヤを王は否定した。
「いや。お前には、次の星獣を探してもらいたい」
次?
星獣が死ぬ、ということは、次の星獣が出現するということか。
「……次代の星獣がどこにいるのかご存じで?」
「知るわけなかろう。この世界がどれほど広いと思っておる」
「……つまりなんの手がかりのないものを探し出せと命じているんですか」
てへ、とひげ面のおやじが笑ったところでかわいくもなんともない。むしろ苛立ちが増すだけだ。
「その間の国はどうなります? そんな雲をつかむような話では……」
「でも、もう決めちゃったもーん」
「あなたは子どもですか! もーんてなんですか、もーんて!」
国王の命令であれば、タケハヤに拒否権はない。どんなに理不尽だと思ってもいちおうは従わねばならない。
「……つまり、私はそのこの世に生まれてくるはずの星獣とやらを見つける……見つけてどうするんです?」
「そりゃ、新しく支柱にせねばならぬよ」
この世界は大きな板の上に存在しているような、非常にもろい世界なのだ、と王は告げる。そのために四方にひとつずつ、そして四極と呼ばれる地にひとつずつ星獣が世界を支える支柱として存在している。
「……王、私はあなたに仕えてまだ十年に満たない若輩者でありますが」
「うんうん。堅物なところもあるが、わしはおぬしのことを頼りにしておるぞ!」
「……時折、あなたと話していて、私の言語中枢機能がマヒしたのかと思うときがあります」
「大丈夫じゃ! ちゃんと会話は成り立っておる!」
「その、支柱とやらにするとしても、方法、場所、その他もろもろ、必要なことは判明しているのですか?」
「わからんよ! 星獣のことなんじゃもん!」
すべてこちらに丸投げということか。ぶち、っと血管が切れる音が聞こえた。いや、堪忍袋か。
「……御前失礼いたします」
「ほっほー。頭が冷えたらまた来るんじゃぞー」
ひらひらと手のひらを振る王の姿を目にして、育ての親と等しいはずの翁を前にして、本気で殺意が芽生えたのは仕方ないことだった。
***
やれやれ、とため息を吐いた。なんだかんだと順応性は高い男だ。頭を冷やして冷静に考える時間を与えれば、いくらかの混乱から抜け出すことはできるだろう。
玉座とはなんと無意味なものか、と鉱石が周囲の炎によって赤く揺らめく様を見る。他国、特に四洛に住まう人間からすれば、このような光景に目を疑うのは間違いない。
「ふふ、ずいぶん、怒っておられましたね」
人払いをしていた玉座にほど近い場所に、ふわりと突然現れた赤い髪をした女は王を気にした様子もなくそばに侍る。王はため息をつきながら答えた。
「まったくもー。わしだってあいつを手放したくないのに、あなたもずるいのう」
ずるい、と告げたが女は笑うだけで取り合いはしない。
「私たちとてずるくないとやっていけませんの」
くすくすと笑う女に、王は言葉を投げかける。
「占いの結果が当たりすぎるのも問題じゃのー。あんまり簡単に受け入れられそうになって驚いたわ」
「こういうのを人の世ではなんというのかしら。お節介? 押し売り?」
「あなたも愉快なお方じゃのー」
赤い髪の女はゆるりと脚を動かす。本来二本の脚があるはずの場所が、赤い鱗が煌めく、まるで魚のような脚に変わった。
「今代の王も愉快な人ですね。私と会話しようなんて、歴代の王は考えてもおられなかったわ」
「そりゃの。世界の危機言われて簡単に納得できる御仁がおられたらぜひ知りたい」
それもそうね、と女は告げる。
「新しい仔の守り手がこの国の者でよかったと、今では思っておりますの」
「それもまあ、地位は無駄に高かったからの。命令も下しやすい。……本当に、あやつを選ぶなぞ、今回の星獣殿は目が高いとお見受けする」
「うふふー。王はよほど手放すのが惜しいですのね」
「わしだってそろそろ休みが欲しいからの。将来有望だと思っていたものを横から取られたら悔しいじゃろうて」
そうはいっても、ダメ元で試してみた星獣の話を聞けてよかったと今では思っている。王として、国を治めるものとして、知らなかったでは済まない話だ。
それが、将来を楽しみにしていた者と引き換えになったとしても、必要であれば決断を下す。旅立つには過酷すぎる話ではあったが。
「私、楽しみなくらいですわ」
「ほう……それはそれは」
「今代の星獣の死が引き金ではない、新たな星獣の誕生は変革の兆し……。八つ柱の星獣は未だ一匹とて欠けていない……私たちもあり得ないとわかっておりますのよ」
「……この世界自体の崩壊が始まっているのですな」
星獣と対話する術など、失われて久しい。特に、未知の国として力を有している四極の国々はともかく、人の世になって久しい四洛の国々は星獣の実在を信じることはあるまい。
それが、世界の崩壊を招いていると言われて納得できるはずなど、ないのだから。
「だから一刻も早くあの仔が必要なの。この世界を支える主柱たる存在……」
それは、どれほどの旅路になるか想像もつかない。いずれ生まれてくるはずの星獣を見つけ出し、そしてしかるべき場所へと送り届ける旅。
「本当に、王なんぞ無力なもんじゃー……」
そして数日後に、再び筆頭騎士が王の前に立ち、星獣を見つけ出す旅に出ることを了承したのだった。