第五話 ペンダントに願いを 1995.11
「じいちゃん。このペンダントについて詳しく教えて」
元気よく話すのは、先日13歳になったばかりのマックスだった。相変わらず前髪をいじっている姿が可愛らしい。
「うむ、こちらに来なさい。……むかーし昔、ナウジ平原に暮らしていたある民族があった。ネールと云う民族じゃ。彼らは心が非常に穏やかで、他のどんな民族に対しても親切に優しく接していたのじゃ。そんな彼らは、その土地を治める王に選ばれた。もちろん他の民族たちによってじゃ。そこでネール公国ができたのじゃ。……しかしその民族は王になってから突然と心が変わってしまったのじゃ。人民を苦しめ、他国を奪い、そして自我のために税金を使ったのじゃ……。怒った民は怒りを爆発させ、ついには暴動が起こってしまった。王族であったその民族はみな、民の前で処刑され、王による政治から民による政治へと変わっていったのじゃ」
そう説明したのはガウゼンだった。彼は少し禿げかかっていた頭をかく。
「どうして王様は心が変わってしまったの?」
「それはわしにもわからない。もうずっと前の話じゃからな」
「ふーん。……それで、このペンダントについては?」
「そのペンダントは我々の祖先が代々受け継いできた伝統じゃよ。自分の親の名前を刻み、それを離さずずっと持っておくものじゃ。そしてそのペンダントは我が民族、ネール族の証拠じゃよ」
「えっ! 俺たちの祖先って王様だったの? スッゲー。……でもみんな殺されたはずじゃ?」
「全員が処刑されたというわけではない。他にも多くのネール族の末裔がこの世界のどこかに住んでいるかもしれん。……だからペンダントを持ち、ネール族同士がお互いをわかりあえるようにしているのじゃ。まぁわしゃこれまで他のネール族に会ったことがないからな、本当に他にもいるのかはわからんのじゃが……」
「ふーん……。じゃあ俺、もしも他のネール族に会ったなら、絶対その人についていく。もちろん、じいちゃんも一緒に」
「ホッホッホ。それまで生きられるかな」
ガウゼンは笑いながら応えた。家の庭に植えてあった植木には、5枚の葉が細い枝にしがみついていた。
そのころルークたちは部隊全体で訓練をしていた。そこにネオの姿は見当たらない。
「よし、とりあえずこのぐらいにして昼にしよう。俺はネオを呼んでくる」
ルークはそういって戦闘訓練棟をひとり走り回った。
「……それにしても、この棟も前の戦いでだいぶ傷ついたな」
ルークは壁や床を見ながらつぶやき、あの時の事を思い出した。
「ハッ、そうだネオを探さないと」
ルークは2階を見回ったあと、屋上につながる扉へ向かった。そして扉を開けるとそこにはネオの姿があった。
「……こんなところにいたのか。飯はくわないのか?」
ネオはルークに気づいた。
「何の用だ?」
「相変わらずだな。飯の時間だから呼びに来ただけだ」
「もうそんな時間か……、だが必要ない」
「? もう食ったのか?」
「……」
ルークはネオの隣にしゃがんだ。そしてネオの顔を見ながら話した。
「ずっとこんなところにいたのか? 訓練にもこないで、何を考えていたんだ?」
「応える必要がない」
「そうか……」
「……」
ルークが空を見上げると、青い空にいくつもの白い大きな雲が一定の速度で漂流する。
少しだけ時間が流れた。さっきの大きな雲はいくつにも分離しながら遠くの方に流れて行った。
再びルークがネオの方に顔を向けたとき、あることに気が付いた。
「あれ? そのペンダント初めて見たけど……」
ルークはネオの首から下げられていたペンダントを指した。それを聞いたネオは慌てて服の下に隠した。
「自分で作ったのか?」
「違う! これは母に作ってもらった」
「ふーん。プレゼントか何かか?」
「……お前にだけは話す。ただし他の誰にも言うな。……さっきネール族について少し話したが、それには続きがある。反乱で国民に殺されたのはネール族のほとんどだが生き延びたところもあった。このペンダントはその生き延びた人々が始めた伝統さ。親が子供一人一人に親の名前が刻まれたペンダントを渡し、子供はそれをずっと身につけていくというものだ。そしてその子供はまた自分の子供にペンダントを作っていく……だから、このペンダントは俺の母さんがくれた物なんだ」
そういって再びペンダントを服から取り出した。銀色に輝いたペンダントには家紋のようなものが描かれてあった。
「何のために?」
「母さんが言ってた。……もしも同じペンダントを持った人と会ったら、その人と共に行動しなさい。そのペンダントは一族の証明書のようなものだって」
ネオの声は初めての時より格段と優しく聞こえた。
「その紋章は?」
「これが王家の紋章さ」
「少し見せてくれないか?」
「別にいいけど、まさかお前も持ってるのか?」
「ハハ、持ってないよ……」
ルークは笑いながらペンダントを手に取ってじっと見つめた。するとあることに気が付いた。
「確かペンダントには親の名前を刻むはずだろ。見たところひとりしか刻まれてないけど……」
ネオはとっさにペンダントをとりかえした。
「……お母さんからくれたって事は、そこに刻まれていないのは親父さんかい?」
するとネオは突然大きな声を張り上げた。
「俺に父親はいないっ!!!」
突然の事だったのでルークはどう答えたらいいのか戸惑う。
「俺には父と呼べる親はいないんだ。……俺の親は母さん一人だけだ」
そういうとネオは顔を隠した。おそらく泣いていたのだろう。
「そうか、変なことを聞いてしまったな。……腹、空いたろ? 飯でも食いに行こうぜ」
しかしネオからの返答は返ってこない。
「なら俺も食べない」
「?」
ネオは頭をあげた。
「俺はお前が食べるまで食べない」
「……どうしてそこまでして俺にこだわるんだ?」
「どうしてだろうな? ただ、なんとなくほっとけない気がしてさ。ハハッ、なんか水クセェこと言っちまったな。さ、あと10分ぐらいで集合だから、俺は先に行ってるぞ。午後は必ず来いよ」
ルークはネオの肩をたたき、屋上にある扉へと向かっていった。
「……俺は復讐者だ。たとえどんなことがあっても“アイツ”を倒さなきゃいけない。……だがもしそれを達成できたらどうすればいい ?すべてが終われば俺は目的を失う。生きる意味がなくなる。俺はこれからどうすればいいんだ? 母さん……」
ネオは空を見上げてつぶやいた。先ほどの大きな雲は遠い東に向かっていた。
「お腹、空いたな……」
そしてネオは屋上の扉に向かった。






