第十三話 もう一つの顔 1955.12
「ここは南部の大型研究所じゃないか……。どうしてこんなところに?」
研究所のゲートの前に来たルークは一緒にいるコゼットに訊いた。
「正確にはもうちょっと長い名前だがな。……まっ、中に入ったらわかるよ」
コゼットは今までのさびしそうな顔から笑顔になる。
「……すみません、身分の確認できるものはありませんか?」
ゲートの前にいた門兵がルークたちに訊ねた。
「自分はルーク・アンジール少佐であります」
「……申し訳ありません。軍のお方はあらかじめ所長か副所長に連絡を入れなければ入所の許可は下りません。……もっとも所長は現在居られませんので副所長が代理を務め――」
「だったら俺ならどうだ?」
門兵が話している途中に、ルークの後ろにいたコゼットが前に出た。
「あ! あああなたは……!」
「?」
「……も、もちろん入所を許可しますっ!」
すると門兵の一人はゲートの前にある管理ルームに行きゲートを開ける。
「お、おまえ何者だ?」
ルークの問いにコゼットは答えなかった。すると固く閉ざされた大きなゲートが右にスライドしながら開いていく。
さらに小さなゲートが開きルークとコゼットたちが建物の中に入る。長いローカと数々の部屋を彼らは歩いていると大きな研究室の扉にたどりついた。そこに行くまでに人影は確認できず、ルークはただ朝早いだけだと思っていた。
そして研究室の扉が開くと、中には研究所の研究員から整備員、警備員もが整列をしている。
「おかえりなさいませっ。第三代南部独立先端研究所所長及び初代南部独立先端研究所ガルン研究室創始者、コゼット・クロウ所長ッ!!」
その三十人を超す大人数の息の合ったあいさつにルークは恐れ入ったと同時に、これほどまで人員を統括するコゼットの姿が大きく見える。
「フフッ。こういう事さ」
コゼットはルークに言うが、彼は唖然とした顔をする。
「フォルムはいるか?」
「はい、フォルム副所長の起床時間は後二時間ほどですのでもうしばらくかかります……」
研究員の一人が応えた。
「わかった。あいつは俺が直接たたき起こすからお前らは各自仕事に戻ってもいいぞ」
「はいっ」
研究員や整備士たちはそのまま各自の持ち場に戻っていく。
「……こんな統括を我が隊でもやってみたいものですね」
ルークは驚きあきれながらコゼットに言った。
「ハハッ。それじゃあ軍よりももっと厳しくなるぞ……。ほら、俺らは副所長を起こしに行かなきゃな」
笑いながら軽く話すコゼットの言葉を聞いたルークはゴクリと唾を飲んだ。
大きな研究室をそのまま抜けると所長室とかかれた部屋の前にやってきた。中に入ると一人の眼鏡をかけた男が寝ている。
「おい! 起きやがれフォルム!」
荒々しく起こすコゼットにフォルムはいらだちで目を覚ました。
「ファーァ……クー。たくっ! 誰だぁ? 俺の睡眠を邪魔するバカも……の……は?」
フォルムは眼鏡を軽く掛けなおしながらコゼットの顔を見て冷や汗をかく。
「しょ、しょ所長っ! ど、どうしてこのような場所へ?」
「それはこっちが訊きてぇよッ! なんで所長室に副所長が爆睡されてるんでしょうか?」
コゼットの話し方にそばにいたルークまで怯えた。
「ハハハ、ただ所長になったつもりで仕事に打ち込んでるだけですよ……」
「ほぉ。なら以前頼んでおいたものはできてるのか?」
「い、以前ってもう何年前のことじゃないですかっ!」
「できていないのか?」
「い、いえいえいえいえ。……そ、そういう意味じゃなくてですねぇ。もうあれから改版改版改版といつ受け取りに来られるのか待ちわびていましたよ……ささお連れ様もこちらへ」
副所長はコゼットに怯える形のまま案内する。
案内された先は厳重なパスワードと厚さ五〇〇㎜の鋼鉄により守られたドックだった。
「ご覧ください……」
フォルムはリモコンを操りドック内の照明をつける。
そこには戦車のようでそうでもない乗り物に数々の兵器がずらりと並んでいる。ドックは五十メートルプール二つ分の体積が入るぐらいの大きな部屋だった。
「こちらが依頼されていた可変戦車とガルンを含んだ最先端の武器であります。そのほかにもジャミング防止システムを導入した通信機に――」
コゼットは副局長の説明を無視して目玉の可変戦車へと向かった。
「……この砲塔ってケーニッヒと同じ型だよな?」
「さようでございます。ケーニッヒ号とほとんど型を変えておりま――」
「なら今すぐケーニッヒ連れてきてとっ変えろ!」
「しかしそうしますとケーニッヒ号の砲塔のバージョンアップを施さないといけませんが――」
「構わない……少しでもあいつの魂を引き継ぎてぇんだ……」
「……」
その後もコゼットはそれぞれの武器の性能などを確かめ、退屈で暇になったルークは研究所内の社会見学を始めていた。
彼はそれぞれの部屋に足を踏み入れ、研究中でも使えそうな武器などを受け取っていった。
その頃の本隊では朝食の時間を迎えていた。
「遅いね。ルークとコゼット大尉……」
ミラが朝食のパンをかじりながらマーガレットたちに話した。
「どうやら研究所の方に向かわれたそうですわ。先ほどコゼット大尉の愛車ケーニッヒ号が運ばれていましたから……」
「研究所って、コゼット大尉どんな人物なんだろ? わたしだったら海んでも行きたいのに……」
「すんげぇ人だよ」
ルークが体中ススだらけになって戻ってきた。
「あ、お帰りルーク。……すんげぇ人ってどうい……っていうかその汚れどうしたの?」
「あぁ、いろいろと運んでたら汚れたみたいだね……。さてと僕も何か食べ――」
「いやいや、先にその汚れどうにかしてよ……」
ミラがパンを握りながら突っ込んだ。
――着替えタイム――
「で、さっきの続きだけどコゼット大尉ってどんな人なの?」
「うーんと、一度しか聞かなかったから詳しくは憶えてないから間違ってるかもしれないけど……確か第三代南部独立先端研究所所長及び初代南部独立先端研究所ガルン研究所創始者、ほんでブルー小隊副隊長兼戦車兵……かな?」
ルークはコゼットの役職を間違えず、噛まずにスラスラと的確に言いきった。それにはミラもマーガレットもその場にいたみんながルークの方を見る。
あれだけの言葉を一度聞いただけで憶え、そしてスラスラと言えるものなのでしょうか? 私だったら練習してもなかなか言えないわ。っとマーガレットは心の中でつぶやいた。
「驚いたわ……」
「ああ、俺も驚いたよ。あいつがそんなすごい奴だなんて……」
「いやそっちかいっ!」
ミラが突っ込みを入れた。
「え? だって研究員とかが整列してみんなあいさつするんだぜ……。俺がこの部隊でもさせてみたいなって言ったら、コゼットの奴が軍より厳しいぜって言うんだよ。さすがの俺もそれは嫌だなって……」
ルークが話すのを止めあたりを見回すと、隊員たちの顔は青ざめ、朝食で動いていた口と手が止まっていた。
「も、もちろんそんなことはしないから安心して……」
ルーク一人だけの手が動いた。
「ふぅ……またお前と一緒に乗るんだな……」
コゼットは一人残されたドックの中で、まだ砲塔を取り換える前のケーニッヒ号に向かって言った。